第24話
勧めておきながら本当にこの時間から食事を摂るのかと半信半疑のまま広木は愛とカレー屋チェーンの入口に足を踏み入れると、当然のように店内に通されてテーブル席に着いた。
長めの袖からはみ出した両手で水の入ったグラスを大事そうに抱えながら、愛は手持ち無沙汰にこちらを見つめていた。来てくれてありがとうという表情と外で会うとなんだが照れくさい、そういう表情が一緒になって何処か居心地の悪さを感じているのかも知れない。あるいは、わざわざ本当にここまで来るとは、という戸惑いの気持ちも何割かは込められているのかも知れなかったが、広木は時間を取って会えさえすれば細かいことはどうだって良かった。実際に愛も店で会う時と同様に好意的な表情をこちらに示している。
「何か食べようか。夕食は済ませたとは言ったけど、今日はいつもより軽めにしていたんだった」
「じゃぁ頼んだのを少し頂戴?」
「何それ。めっちゃカップルみたいじゃん。良いよ」
「だって2人分注文しても私残しちゃうと思うから、お店に悪いよ」
「じゃぁ、カキフライ食べられる?」
「うん、普通に食べられるよ」
「カキフライか牛すじのカレーにしよう」
具体的なメニューの話をしていると、それまで任せるとこちらに委ねようとしていた愛が気の無い様子でもう一つのメニューに手を出した。
「やっぱり私も食べておこうかな。話してたらお腹空いて来ちゃった」
「いいね、そうした方が良いよ。残しそうなら軽めにでも」
「私チキンカツカレーにする」
「良いね、ガッツリ行こう」
広木と愛はそれぞれ牛すじカレーとチキンカツカレーをオーダーし、少し沈黙を挟みながら初めて店を訪れた際に目にした、走り書きされたメモ用紙が頭に浮かんだ。
「そういえば、お店で中に通される時に「萌ちゃん チキンカツ弁当」って紙がエレベータホールのところに貼られていた!」
「あ、豚カツよりもチキンカツの方が好きなの。たまに仕事前にお弁当頼んでもらってて。恥ずかしい(笑)」
「注文する時に何かデジャブったと思ったらこれか。納得!」
「ちゃんと食べられると良いんだけど」
「こうして外で会うと不思議だな。照れくさいとかは無いけど」
「私は恥ずかしいよ。いつもよりお化粧していないから余り顔みないでね」
そう言いながら愛は、顔と体の前で手を交差てガードでもするような仕草をしてみせた。余り見ないでと言われるように、丈の長いニットのカーディガンを上着に羽織ってはいるものの、中はキャミソールか薄手の部屋着のような、前に屈めば胸元が見えてしまいそうな恰好でフロントを深く閉じるようにしながら体を丸めている。紫色のブラの肩紐が覗くのを、広木はいじって良いものか分からず触れないようにした。店での関わり方のように性的な温度感が乗っけからすっ飛んでいる時のテンションを是としてしまうことにはやはり失礼な気がするし、広木自身が外で会うからといって愛とそのような交わりを期待している訳ではなかった。
「遠かったでしょ。来てくれてありがとう。でも意外と早かったね」
「この時間だし、ぶっ飛ばしているトラックとたまに遭遇するくらいで空いていたよ」
「今月いつもよりお店出られていないんだよね」
「今日みたいに予定外に欠勤してしまうこともあった?」
「実はそのまま起きられずみたいなことはたまにあるの。そういう日はずっと一人で塞ぎこんでしまうけど、今日は誘ってくれたから少し気晴らし出来て良かった。ありがとう」
「無理をしないように。食べて少ししたら引き上げるから」
「えぇ、来てもらってそれは悪いよ」
「じゃあドライブでもする?余りこの辺の道分からないけど」
「明日は休まず出勤しないと、というくらいで夜までは予定ないから時間はあるよ」
「じゃぁ少しゆっくり出来るかな。こちらも明日は夕方ツレと何処かへ出掛けるかもというくらいで、今晩早く帰えっておかなければという感じでもないしな」
そう返しながら、広木は愛の考えていることを掴みあぐねていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます