第23話

 軽くシャワーを浴びて身支度を済ませた後にも関わらず、広木はそわそわしながら部屋の中を駆けずり回っていた。意図していなかった急な予定が入った時は大体こんなものだ。それも愛と時間を作るにしては、思いも寄らぬシチュエーションであることで浮足立つようだった。

 愛の体調次第では、本当に顔を見て帰るだけになるかも知れない。だが店の外で会う愛が広木にどのように接してくるのかといった新たな発展への期待であったり、プライベートで特別に時間を作ること以上こちらが望むことはないと、広木も多くを求めてはいなかった。早くお開きになるとしても30分くらいは車内か何処か適当なところで会話する時間は作れるだろう、それで十分だった。


 実家のあるI市の高速道路のインターチェンジから、山陽自動車道の下り線へ乗り、西へと車を走らせる。マサのようなパワフルなパフォーマンスを出せる大きなエンジンを積んでいる訳でも、高速道路だからと思い切りスピードを出す訳でもなく、広木は軽のワゴン車のアクセルペダルを適度なスピードが出せるところまで踏んだ。高校を卒業する際に祖父に買ってもらったこの車で、これまで何人の女の子とカーセックスをしたことだろう。天井が高く、シートがフラットに出来ることに重宝し、余りホテルを使うようなこともなかった。

 元々は国家資格を取るために、夕方のバイトまでの時間を毎日図書館で過ごしたい、そのための足として祖父が知り合いの中古車屋で新古車として展示されていたこの車を広木のために購入してくれたのだった。

 無事に資格も取れたことを抜きにしても、仲間内では「何人の女性がこの車で裸にされたのだ」と、十分元は取ったに違いないと揶揄してくるのを広木はネタとしては面白いではないかと満更でもなく流していた。愛とこの後この車で、ということは広木は特に望んでいなかった。普段であればどのように良い雰囲気に持っていこうかなどと思考を巡らせるところ、やはり体の関係以外のところで愛には心地良さを感じていたのかも知れない。


 S市を越えて、愛の勤める店のあるF市のインターチェンジで山陽自動車道を降りる。愛が済むY市は、山陽自動車道が通る海沿いからは県央へ向けて北上しなければならず、調度県を東西南北に区切るとど真ん中に位置している。一般の参道を20分ほど走らせると、開けたエリアに入る。直近の派遣の仕事を抜きにしても、何度かナンパや出会い系サイトの待ち合わせ先として訪れたことのある街だった。川沿いにイオンモールを左手に通り抜け、橋を渡ると市街地に出た。

 市内の主要な通りはこの道一本で、道沿いをスーパーやファミリーレストラン、レンタルショップなど、主要都市であればどの街でも見かける馴染みの店の店舗が並ぶ。

 市内に入ったことを知らせるメッセージを、赤信号に引っ掛かったタイミングで愛に送信すると、大型書店とカレー屋チェーンを同じ敷地に備えた場所を指定する旨の返信をまた次の赤信号に掛かるタイミングで確認した。広木が近くまで来ていることを認識し、こちらも直ぐにそこへ向かうという旨を添えたメッセージを愛も返した。車をもう少し下り方面へと走らせると、目当ての場所に到着するはずだ。


 指定された場所の駐車場へ入り、停車する場所を窺いながらそのまま車を徐行させていると、ヘッドライトでこちらへパッシングする同じく軽のワゴン車を認識した。近くへ車を寄せて空いたスペースへ停めると、広木は車を降りて愛の車の運転席の方へと向かった。

 ニコリと力なく微笑む愛が運転席の窓を降ろす。

「何か食べた?」

「ううん、食欲無くて」

「何かお腹に入れた方が良いよ。お店入る?」

「食べるのなら付き合うよ」

「いや、こちらは食事は済ませているけど、食べていないなら食べて欲しいな。付き合う」

 腑に落ちない様子の愛がエンジンを止めて車を降りる。

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