第22話

 夕食の仕度を進める祖母と会話しながらも愛とのメールのやり取りは続いた。出勤の準備をしながら返信をしているのだろうという間を空けながら、いつもだと途切れてもおかしくないようなところでも会話が途切れず続き、こちらの夕食時というところで一旦出勤を見送るようなていでやり取りを止めていた。

 祖父母の家から自宅へ戻ると食卓には夕食が並び、弟のリョウが先に箸をつけていた。この時間まで予定が入っていなければ、特に皆が集まって外へ出ようということもないだろうと、ゆっくり食事を取ろうとした広木であったが、愛とのやり取りが気がかりであったこともあり、なかなか箸を進められずにいた。


 マサが誘いに乗って来なかったとしても、元気付けに自腹で一人で店に足を運ぶことも考えた。自腹か一人かということよりもシンガポールへの渡航を週末に控えていた広木は、渡航までに何処かで一度愛とゆっくりと時間を取れないかと模索していてもいた。店でしか時間が作れないならそれでも構わなかった。こうして冷静に考えてみるとやはり特定の恋人を作っていたならば、その彼女と渡航までの日々を大事に過ごしていたに違いないと思った。例え数カ月先で直ぐに帰国してくるにしても、その後は直ぐに上京という人生のビッグイベントが待ち構えている。限られた時間を大事に過ごす相手を決めあぐねたという言い方も出来るかも知れない。

 実際に広木はナンパで知り合ったとしても、そうして出会った相手を彼女にすることもあるだろうと思っていたし、いつかはそうした女性と出会えることだろうと思っていた。だが、ふとした時に「腹が減った」といったタメ息のように漏らす一言が「誰でも良いからSEXさせてくれないかな」といった具合いでは、相手にチャラついた印象を根強く残すことしか出来ず、周囲に残る女性のほとんどはそうしたノリでも付き合える限られた者だけであった。

 体の関係を持った数人と常に連絡を取りながら、時間が合えばその内のだれかと体を交える。どちらかが本気になるとすれ違いいずれフェードアウトしていくのだが、ライフワークのようにナンパをし続けていると、似たような距離感に落ち着くことの出来る相手がまたいつの間にか現れる。その繰り返しだった。その内の誰かと限られた時間をそれまで以上に濃く過ごすという発想には当然至らなかった。女性には困らなかったのは事実だがふとした時に虚しさが込み上げてくる。


 その後の予定を考えながら夕食を軽めに済ませ部屋に戻った広木は、店へ顔を出すかも知れないと愛の様子を窺うことにした。渡航前に会おうと思えば何処かで動くしかない。通常これくらいの時間であれば愛は出勤に向けて移動している頃だろう。メッセージを入れておけば店に着いてからにでも予約の状況などを返してくれるはずだ。

「ずっと元気ないの心配だしさ、今日一人でも顔見に行ってみようかなと思ったんだけど、予約埋まってるかな?」

 返信までは少し待つことになるだろうと思っていたが、思いの外早い反応が愛から返って来る。

「今日お店休んじゃった」

「え、大丈夫?そんなに体調悪いの?」

「ううん、本当気分が浮かないだけだから大丈夫」

「休むほど調子良くないってことでしょ。心配だな」

「うん。この仕事こういう気分の時に出来ることじゃないから。ただそれだけだよ」

「なるほど。分かる気はする」

「心配しないで」

「家にずっといるの?」

「そのつもりだよ。横になっていようと思って」

「せっかくだしメールでもしてよっか」

「相手してくれるなら嬉しいな」

「気が晴れるならいくらでも相手になるよ」

「ありがとう」

「そうだ。迷惑じゃなければ、なんだけど…」

「うん」

「ドライブがてらそっち行っちゃだめ?」

「でも私起きて何も準備してないよ?」

「構わないよ。どうせ顔見に店にでも行こうとしていたわけだし、この後はたまたま時間がある。迷惑じゃなければ」

「迷惑ではないよ。むしろそう言ってくれてありがとう」

「顔見て帰るだけでも構わないし、軽くその辺りをドライブしながら話するとかでも良いし」

「何時くらいになるかな?1時間後くらい?」

「飛ばせばそれくらい、ゆっくり出ても2時間かからないくらいかな」

「じゃぁ軽く準備するから、ゆっくり来てもらえる?くれぐれも事故には気を付けて」

「分かった。Y市だよね、どの辺まで行こうか。大通り沿いの何処かスーパーかディスカウントショップか何かの駐車場で待ち合わせようか」

「道分かる?」

「派遣の仕事で少し前にその辺行ったばかりだから意外と土地勘はあるよ」

「そっか。じゃぁ気を付けてね。ありがとう」

「いや、こちらこそ。誘いに同意してくれて嬉しい」

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