第20話

 その後、マサとは抜け駆けをすることもなくジローやリョウ、その他メンツを入れ替えながらその店には何度か足を運んだ。出来るだけ事前に予定を伝え合いながら愛と予定を合わせ、広木は毎回愛を指名した。他のメンツはそれぞれが進める女の子を指名しては事後の感想を言い合うことも事後の一つの楽しみになっていたようだが、広木の楽しみは専らその店に行けば愛と直接会話が出来ることであった。

 実際にプレイに至りはするのだが、外でそういう相手がいない訳ではない広木にとっては、相手が愛だからといってこれ見よがしにがっつく訳でもなく、単純に愛のルックスが好みであることと、会話のテンポに心地良さを覚えていた。

 愛にとっても広木のスタンスがゴリゴリに押してくる訳では無い点には、適度な意思表示を時には自らして出る必要がある、そういう微妙な駆け引きに繋がっていたことも、距離感のバランスのとり方としては調度良かったのかも知れない。仕事で相手にサービスをするからといって、好きになられたり一方的に想い入れされても重たく感じてしまわざるを得ない。そんな相手が金を出してまで自分に会いに来続けてくれるというのも、いくら仕事であるからといっても、時間を重ねる度に微妙にバランスが崩れてしまう。人間である以上そういった感情のぶつけ合いは難しい。


 一方でその店に一緒に通う仲間内の間では、広木が決まって指名する愛について、そんなに入れ込むとはどんな女の子なのだと言い出す者が当然出て来た。それに対して広木が、自分のお気に入りなのだからそっとしておいてくれ、と恋人でもかくまうようにそれとなく躱している内に、次第に仲間内でも邪魔をするのはやはり憚られるといった風潮が根付いた。

 愛とはそれぞれが起きて活動している時間が昼と夜とでズレていることもあり、返事が返ってきやすい時間帯でのメールのやり取りのみに落ち着きつつあった。思い付きで用があれば他愛もないことでも問い掛けをし、手持ち無沙汰な際に夜は出勤予定なのかといった、それ以上に特に発展しようもないやり取りの中に、各々の近況や愚痴を織り交ぜながら、店で会うかメールかといった距離感に定着しつつあった。

 広木としても愛とはこの距離感のまま自分は上京してしまうのだろうと、時間とともに自ずとフェードアウトを辞さないといった、残念ではあるが仕方ないといった様子で、こういうことも含めて人と人との相性なのだと考えていた。

 ただそんな中で、愛が時折り見せる弱音に対しては、広木は新味になって話を聞くということを怠らなかった。たまに連絡を入れると気分が落ち込んでいたり、出勤しようとしていたが家を出ることが出来なかったということが、月に何度かのスパンでやってくるようだった。電話を掛けて会話をするまでではないが、そういう時に限ってメールのラリーは長く続き、返信もいつも以上に早かった。愛にとってもそういった時に誰かと連絡を取り合えるというのは心の拠り所にもなっていたのだろう。身近な親友よりも広木のようなふと表れて素性が余り分からないが気が合う、といった適度な距離感も調度良かったのかも知れない。広木にとってもそういう時に聞き相手として頼られるのは悪い気はしなかった。


 そんな距離感を愛とは継続しながら、広木は就職に向けても着々と準備を進めていた。情報工学を学ぶ広木にとっては、情報処理試験の国家資格を学生のうちに1つくらいは取得しておこうと、春と夏の試験前には過去問を解き続けるという対策をそれとなくしながらも、合格には少し至らないというのを何度か繰り返していた。就職が決まって身軽になったこともあってか、在籍時最後の秋期に無難なレベルの試験に合格することも適い、それをキッカケに海外での3カ月のインターンへ学校側が地元企業と話をつけてくれた。広木にとっては単身で海外に渡るという響きに惹かれ、いずれ上京時には地元の仲間とも離れることだし早いか遅いかの違いだろうと、上京までの限られた期間を、地元から離れて渡航先のシンガポールで生活することを選んだ。

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