第19話

 5月の連休前に早々に東京都内の企業への就職内定を決め、それから限られた時間を地元でどのように過ごそうかという状況の中、広木はバイト先を派遣へと切替え自ら都合をつけては月に何度かコンスタントに小遣い稼ぎに勤しんだ。それまで何年もお世話になったレンタルビデオ屋からも、暇があればいつでもシフトに空きがあるからと声を掛けてもらっていたが、就職活動を本格化させるの機に派遣の仕事への登録を進め、自分の都合で気兼ねなく働ける環境を選んだ。

 レンタルビデオ屋での仕事は休日の返却業務を担うものがいるだけでも日中のバタつきが幾らか抑えられる。高校を中退してから就職活動までの長い期間在籍していたこともあり、ジャンルごとの返却棚や新作や準新作のコーナーの移動などが把握出来ていれば、立ち仕事であることを抜きにすれば日の浅い社員よりも楽に熟すことが出来た。そういった環境は広木にとっても都合は良かったのだが、何度か派遣の仕事で現場を転々としていると、人間関係や職場環境を都度新たに出来るということの方が変化があって刺激的だった。

 上京までの限られた期間はこのように流動的な期間があっても良いのではないか、そのように考えながら、スーパーや家電量販店でブースを設けては、光回線のモデムの入った紙袋を手に提げて行き交う人に声を掛けた。県外に出張するなどの予定を組めば新幹線代が支給されるところを、自ら車を出して派遣先まで足を伸ばせばその分実入りも増え、それまで週末などで曜日固定での出勤と比較すると効率が良いという点も大きかった。


 そんな状況が続き世間では夏休み期間に入ろうとする頃、一度目のシンガポールへの渡航を控えていた広木は、広島市内の薬研堀のとあるファッションヘルスへと、これもまたジローとマサを連ねて訪れていた。エンジェルナースという名の店で指名して出て来たユカという女の子は、「よくニューハーフと間違えられる(笑)」と自虐的に言いながら、その目鼻立ちのハッキリとした小顔のナース姿でサービスをしてくれ、そこでも広木は意気投合して個人的にユカとは店の外で会ったり、指名して通うようになっていた。

 店に予約を入れるの名前を偽名で構わないと言われ、「ミスターサタンでお願いします」と告げると、入店する度に待合室に他の客がいようと「お待ちしておりました、サタン様!」と出迎えられたが、刺さるような視線を堂々とした佇まいで跳ね返した。調度その頃は仲間内で、他人に名を名乗る際にはミスターサタンだと返すのが何故か流行っていた。

 ユカの時のように愛に対しても、ストリートでのナンパで知り合った女の子と遊ぶ時のかってとは違ったとしても、暫くはそのために多少の金銭が発生してでも時を重ねそうなそんな気がした。


 マサとのやり取りを終えた広木は、愛にも早速連絡を入れた。

「今日は別の用事が出来たらしい!」

「それは残念。でもきっとまたお店に来てね」

「今日行けなくなったことも半分くらい不本意に思っていそうだったから、来週くらいには確実に行くと思うよ。早ければ今週末とかかも知れない(笑)」

「その人面白すぎでしょ。会ってみたいなぁ」

「オレが指名するのやめてそいつに指名させようか?」

「それは嫌(笑)」

「オレ抜きで店に行くことがあったらきっとそいつ指名すると思うな」

「でも答え合わせ出来ないよね」

「後で本人からそう聞いたら教えるよ。でも後になってからだとそれはそれで印象や記憶も曖昧か」

「こういうやり取りしてたり、印象的じゃないと覚えていられないかも。でもリピートしてくれる人はもちろん覚えてしまうけどね」

 自分以外の要因で連絡が取れることも調度良かったのか、広木はその後も適度な距離感で愛とは他愛もないメールのやり取りを続けた。

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