第18話
翌日。広木は授業の傍ら手元で携帯電話の電話帳を辿った。萌の本名である愛という名のメモリのメールアドレス欄からエディタを開き、せっかく交換したのであればと、手元の雑務を捌きながら問い掛けるネタをそれとなく頭の中で整理しながら連絡を入れておくことにした。ネタとしてはマサが今日も見せに行こうとしているなどで十分だろう。特段用件やネタもないのに気の無いメールのラリーを続けるほど相手を苛立たせてしまうことは無い。
「おはよう。昨日はありがとう!何時くらいまで仕事してたの?」
昼前のあいさつに「おはよう」というのが適しているかは怪しいと感じたが、夜の仕事をしている愛にとっては起きたその時間にメッセージを確認するだろうと、その様に最初のメッセージを送信した。
昼休みに仲間と食事を取っているとメッセージを受信していることに気付く。
「おはよう!昨日は来てくれてありがとう。仕事終わって家に帰ったのは2時くらいかな。まだ眠いよー」
「それはそれはお疲れ様。今日も仕事入っているの?」
「今日も21時くらいから入っているよ」
「それまではゆっくりした方が良いよ」
「でも仕事前に用事を入れちゃってて車出さないとなの」
「なるほど。今日もハードだな」
広木の身の回りをみても夜の仕事をしている人は男女問わずに活動がアクティブだ。ただでさえ仕事がハードなのにも関わらず、プライベートの予定もまめに熟している印象が強かった。その分睡眠時間を割いているには違いないが、愛についても同様の印象を受けた。
もしかしたらこれまで他でもそうであったように、プライベートでの約束にこじつけるまでは適わず、直接店に出向くことでもしない限りは、予定を窺う程度のメールが不毛に続いてしまうだけかも知れない。その辺りを考えても、やはり日中に仕事や学業を熟して夕食時の時間に暇をしているストリートで遭遇出来るタイプの女性が相手の方が、ライフスタイルとしてもこちらに適しているのだろう。
それはその通りなのかも知れない。だが、関係を築けさえすれば別の傾向も見えて来るかも知れないと、自然なコミュニケーションさえもこちらから投げ出すような道理もなかった。一定の傾向はあれど、相手が変われば話は全然変わって来ることは大いにある。
「そういえばさ、昨日帰りに一緒に行ったツレと色々話してたんだけど。今日もお店行こうとしてたやついたよ(笑)」
「何それ!凄くない?(笑)」
「オレも笑っちゃったんだけど、良かったらしい!」
「喜んでもらえて良かったなー。じゃぁ今日も一緒に来ちゃえば?(笑)」
「帰ってまた話してみるよ。奢りながらまたついて行こうかな(笑)」
「そこ大事だよね。でも来てくれたら本当嬉しいかも」
「そこは学生らしくね」
「また予定決まったら教えてもらえる?もしかしたら予約で埋まるということもあるから、そうなれば事前に伝えないとと思って」
「分かった、ありがとう」
口実は何でも良いが、夕方また愛に連絡を入れる用事が作れたと思う。マサが今晩どのように過ごすのかを確認する必要があった。マサに「結局今晩も行く?」と連絡を入れて返事を待ちながら、放課後帰宅途中にでも具体的な予定を考えられればと思った。
マサからは学校を出る前には連絡が返っていた。どうやらジローが別の女性グループを段取り、今晩はそちらへ出向いてはどうかと、昨晩のメンツで盛り上がっているらしかった。その場合はもちろん広木が便乗しても問題無いように、相手の人数も確認済みだという。
「どうしようか。オレは店の方に行きたいんだけど、別で約束が出来ているなら車もそっちに出さなきゃならないし、今日はそっちに行こうか」
「予定があるならそうした方が良いんじゃないかな。だって店行くとそれだけで金飛ぶじゃん」
「それはある」
「店に行くのは何も予定が無い時に行こうぜ。無理に予定を蹴ることはないって」
「だよな、そうしよう」
「オレは奢りならいつでもつきあうよ(笑)」
「そういう言い方するなって、まぁ何とかするから」
「お前が全員の奢るっていうから大変な話になるんだよ。もう少し人数絞るとかやり方や動き方あるだろ(笑)」
「確かに!」
「その気になったらいつでも声掛けてみて。オレも相手の子の都合の確認は事前にしたいから」
「広木は固定ならオレは他の女の子を開拓することにしよう」
マサも満更でもなさそうで安心したのと同時に、今日店に行けない反動のように近々必ずマサの方から誘いがあると確信した。
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