第16話
「こういう時くらいは」と、広木は萌に体を預けようと思う。女性との距離は一定に保とうと努めているとはいえ、20代前半の広木にとってはまだまだ生活や価値観の大半は性欲に支配された状態には違いない。そうでなければ、駅前に毎晩のようにナンパをしに繰り出すような気力も維持出来ない。普段であればその場をリードする意図も含めて、広木が覆い被さる様に愛撫を開始するに違いないのだが、会話から流れるように萌の方からこちらへそのようなアプローチを寄越したので、その流れに応じるようにその場に横たわっていた。
首筋から耳元へ掛けて匂いを嗅がれるように顔を摺り寄せられ、唇が広木のそれを覆うように舌先を捩じ込まれる。無味無臭の萌はまるで人形の様で、その感触はまるで夢見心地だ。そうすることに合わせながら、萌が膝を立てて広木の体を跨ぐ体制へと体重を移動させる。無意識に反応するように、広木の腕もついついジャケットの中に潜り込んで背中の方へ回っていた。ブラのホックを指先で認識すると、親指を人差し指と中指で弾くようにタッチする。
「ブラ外すの慣れ過ぎじゃない?」
「中学の時めっちゃ練習してた(笑)」
「どういう状況(笑)」
「クラスで手当たり次第女子のブラを外して遊ぶのが流行ってたんだよ」
「何その流行!」
「女子達もブラし始めたりって時期だったからか、満更でもなさそうには鬼ごっこみたいになってたよ」
「確かにクラスに依ってはそういう雰囲気あったかも」
広木は会話をしながらまた無意識に腕を萌の胸元に戻して、ホックが外れて萌の体に吊られた状態の黒いブラの下から片方の乳房を指先で摘まんだ。それに煽られるように萌が広木に体を預けるように体重をのせ、先ほどよりも舌先を尖らせながらまた広木の唇を覆った。
一通りの行為を済ませた時には未だ10分程度時間を残していた。着乱れた服を気持ちほど戻した状態で2人でマットの上で並んで座っていた。萌はジャケットを脱いだブラだけの姿で、広木はデニムだけをまだ穿いていないといった状態で、寛ぐように前方に足を投げるように伸びをしながら切り出した。
「電話番号教えてよ」
「良いよ」
「また来る時は指名する。ここに来る時以外も適当にメールとかでやり取りすることは可能?」
「全然大丈夫だよ。メール頂戴(笑)」
「今の住まいもS市?」
「いや、反対側のY市だよ。ちょっと今一時的にだけど」
「外で遊ぶには少し遠いな」
「そうだね、でも仕事休みの時は私も全然動けるよ?」
「週何日入っているの?」
「5日かな(笑)」
「忙しいな、ほぼ毎日じゃん。それは休日の約束もしばらく先まで埋まっているパターン」
「よく分かってるね(笑)」
「そうやって連絡先だけ交換して、その後何も発展しないパターンの多いコト」
「ナンパだとそういう感じでしょう。でも私は予定入れていない日も多いよ。その日の気分で動きたいというのもあるから」
「まぁでも、ツレが今日満足してたならまた近々来ようって言い出すはずだから、次もその時お店でってのが一番確度が高いかもな!」
「そうだね、私が休みの日じゃない時に来てね」
「そうだ、そういう確認を事前にメールでするようにしよう」
そんな会話をしながら広木と萌はこなれた様子で交換した連絡先をその場で登録し合った。交換した連絡先はその後の扱いに依ってはそのまま没になることも多々ある。その場ではコールや着信をし合い、電話番号と名前を聞いておくのみに留めて事後に登録しておこうという時に限って、似たようなノリで連絡先を量産するようなケースに見舞われ、後になるとどの番号が誰のものか分からないといった状況に陥る。個別にわざわざ電話で確認するのも、その様な状況を自ら露呈してしまうようで気が乗らない。出来るだけ連絡先を交換する際に、どういった都合で連絡を取り合いたいか、相手にそれに応じる意思が有りそうか、それとなく生活のサイクルを確認するくらいのことはやっておくほうが無難なのだ。
終わりの時間が迫って来るにしたがって冷静になりつつある広木は、その頃になってようやく萌と卑猥に弄り合いたい衝動に駆られた。仕切りの中から送られるところでもう一度萌のブラを外し、両乳房を寄せて舌を立てると萌が吐息のような声を漏らした。
店の入った雑居ビルを出て駐車場に向かおうとすると、先に店を出ていたマサとリョウが通りの脇で煙草を吹かしていた。
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