第15話

 そのまま中へと通されるのかと思いきや、雑居ビルの非常階段の踊り場とエレベーター手前のスペースを兼ねたような場所で、スキンヘッドのボーイに足を止められた。女の子達の中の準備状況と客を通すタイミングとを見計らうように、襟元のマイクで内部と会話をしている様子で、そう待たせはしないからと、ジローと広木に目配せをした。この場所が彼の所定の位置といったところか、壁には多数のメモ書きが張り付けられており、その日出勤してかつ希望する者の夕食の注文も彼がしたような形跡が見受けられた。広木が指定した萌という女の子の名前の横にはチキンカツ弁当と記されていた。


 壁際にはパイプ椅子が添えられていたが、そこへ腰を下ろすような間もなく、そのスキンヘッドのボーイに中へと促され薄暗い部屋へと通される。部屋の中ではまた別のボーイがジローと広木をそれぞれの仕切りの中へと案内した。

 膝上ほどの高さのマットの上に腰を掛けていると、仕切りのカーテンが揺れた。萌が「アテンションプリーズ…」と気の無い様子で、仕切りの入口のカーテンの裏から現れる。

「これ言えっていわれたの。お兄さんがCAさんの衣装をリクエストするから(笑)」

「そういえば無料のオプションだと言われて選んだ気がするな」

 広木はそう返しながら、受付で指名する際に見せられた顔にぼかしが入った写真と、実物の萌とのギャップを頭の中で咀嚼するように間を置いた。顔にぼかしを入れていたのは個人的な事情があるのだろうが、ぼかしを入れなければ人気が出るであろう、少なくとも広木は好みをストレートで突いて来られたようで、そんな意外な展開に少し気後れするような感覚を覚える。


「何だ、コイツかって顔してる」

「いやいやいや、全然そんなことない。寧ろ驚いたよ」

 広木は正直に伝えた。世間的にどのように見られているかは別にして、広木はその萌の大塚愛がアルバムジャケットからそのまま飛び出してきたようなビジュアルが好みだった。大塚愛のルックスが好きという訳では無い。彼女のジャケットワークとしてそこに写る姿が単に好みであった。

「ふーん、こういうところよく来るの?」

「余り来ないよ。普段は駅前でナンパとかして遊んでいる側かな(笑)」

「今日は何か特別?」

「今日はツレが皆に奢ってでもこの店に行きたいって言い出して、それでついて来た感じかな」

「指名してくれてありがとう(笑)」

「顔にぼかし入れていなかったら多分他のツレが指名していたな、きっと」

「別にぼかし入れなくても良いんだけどね、皆がしていないから意味もなくなんだけど」

「そうなんだ。てっきりここが地元とかで訳アリでって感じかと思った」

「何?訳アリって。問題児みたい(笑)」

「いや、ごめん。変な意味じゃなく一般的にそういう理由なのかなって。でも今日ラッキーだわ。ついて来て良かった。奢りだし(笑)」

「私達からしてもお兄さん達のように同世代の人の方がお客さんの時の方が良いよ。おじさんは苦手。思い切りたのしんじゃおっか!」

「どっちでも良いよ、こうしてずっと喋っているとかでも。ほんとついて来ただけだし(笑)」

 実際に広木は萌のビジュアルに意表を突かれただけで既に満足だった。普段からナンパをしては女性の知り合いを増やすことを習慣にしているので、特定の個人に想い入れるわけでも、必ずプレイに至りたいというほどでもない。元々は恋愛のようなモードに入るとその相手に入れ込んでしまう性格ではあったが、タイミングや相手の状況など不確定要素でこちらの都合通りに上手く行くことばかりではないのだと年齢を重ねながら思い知らされては、女性との向き合い方には一定の距離を保ちながら、次第にそのスタンスを無意識に貫くような習性が身についていた。

 萌についてはビジュアルが好みだったという何てことはない入り方だったとしても、こうした場所でサービスを受ける関係というよりは、気が合うなどしてそのようにことが運ぶのであれば、外で気軽に遊べるような関係に落ち着けないかと思えた。プレイを楽しむよりもそういった会話に発展させても面白いのではないか。


「何もしないのは悪いよ。それでは私の納得がいかないかな」

「プロ精神!」

「お金貰っているからね」

「じゃぁ喋りながら適当にで良いよ。本当休憩がてらくらい気楽にで良い」

「では、そこはお言葉に甘えてしまおうかな(笑)」

 CAのコスチュームの萌が広木の体を倒しながらその横に添い寝した。ジャケットの中には見えても良さそうな装飾の少ない黒いブラジャーのみなのだとそこで認識する。最初に感じた違和感はジャケットの下がブラウスではないことであったらしいと合点する。胸元が広木の腕に触れる。シュッとした萌の体のラインは胸元や尻周りの肉付きが良く、細身なのに出るところが出てむっちりとしていた。


「お兄さん歳いくつ?」

「22歳」

「やっぱり。同じくらいだと思った。同い年だよ」

「地元はこの辺り?」

「まさか!地元でこんな仕事しないよ(笑)」

「そりゃそっか。だから本当は顔のぼかしもどっちでもいいと」

「私はS市」

「そうなの?高校は?」

「S高!」

「共通の知人いそうだな。ツレにもS高行ってたやつ何人かいるし」

「わぁ、誰だろう!」

「大丈夫、内緒にしておくから」

 そう言いながら、広木はツレの何人かの名前を順に萌に告げると、萌も感嘆したようにその内の一人は3年生の頃に同じクラスだったと返し、伏せるつもりは毛頭なかったが広木も自ら地元を晒す恰好となった。年齢や知人と共通の話題が出来たというありがちな和み方が、萌にとっては警戒を強めるというよりは、オープンに向かうように作用したようだ。萌がそっと顔を近付けて首元に吐息を漏らしながら、より体を密着させる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る