第14話

 フローの喋る英語に比べると、広木もユラもそれほど流暢に英語を喋ることは出来なかった。だが最低限の意思疎通を交わしながらの共同生活は悪くなかった。

 東南アジアの蒸し暑い気候をユラはしばしばトロピカルなのだと感嘆するように燥いでいた。そういった気候のおかげもあってか、広木も2月の日本で着込んで過ごすことを思えば開放的な気分で過ごせていたことは確かだった。しかし東南アジアは年中問わずに蒸し暑くてやっていられないと言ったのは誰だろうか。ここ最近の日本の夏の気候に比べれば、例え雨季であろうとシンガポールの気候の方が幾分も過ごしやすいと広木は感じていた。


 夏に教員や希望する学生の20人程度の団体で海外研修としてこの国を訪れていた広木は、2週間程度現地の学生と交流する中で、常識のレベルや価値観が違う洗礼されている様に非常に魅せられたような感覚を抱いた。帰国してからも地元の馴染みと夜の街に出向こうという気になれない日々が続き、例年であれば夜更かしで明け暮れている夏の夜を、シンガポールの学生達とHotmailのメッセンジャーでのやり取りに時間を費やしたり、書店に出向いては自分でも読みやすそうな活字をと、小説を手に取ってはエアコンの効いた自宅の部屋で籠るように過ごした。

 就職後を意識してか、これまでかけ離れていた社会性というものに触れておこうとしてか、落ち着いた習慣の生活をただただ送ることは広木にとってはとても新鮮だった。


 そんなある日、普段であれば駅前でナンパでもしないかと誘いを切り出してくるジローと、親の金にものを言わせて無職であるにも関わらず高級車を乗り回す足役のマサが、自宅で過ごしている広木達兄弟に声を掛けて来た。弟のリョウは3学年下で、車の免許を取ったくらいからは年齢を関係無しに、広木とリョウの同学年同士で連なっては街へ繰り出し、ナンパをするといった遊びを繰り広げていた。それくらいに広木とリョウは兄弟でありながら、間に共通の知人を交えることでオープンな関係であった。

 ジローとマサが広木の自宅の部屋に上がり込んでは、普段と違ったトーンで切り出す。

「少し遠出になるんだけど、その街の駅前の店で可愛い女の子ばかりを揃えた店が出来たらしい。本当に全員可愛いらしい!」

「全員見てないだろうが」

「それはそうだけど、何人かでその店に行って、付いた子が全員当たりだったって」

「たまたまそういうことはあるんじゃ?」

「まぁそれもそうなんだけど。マサがすっかりその気で、全員分奢るから一緒に行こうって誘いに来たわけ(笑)」

「マジか。奢りならそりゃ行くわ!」


 そうと決まればと、サッと広木の部屋を出てマサの所有する高級セダンに乗り込んだ。普段の駅前に繰り出す時よりは、何処かへ改まって出掛けるようなそんな落ち着きとも浮足立つとも言えない雰囲気が漂ったが、元々このメンツで風俗店くらいで物怖じするような柄ではない。マサはナンパに出掛ける時も、この後女の子と遊ぶことが出来るという日は、張り切っていつもより強めにアクセルを踏んだ。異常にスピードを出すのだが、マサは太っている割に非常に運動神経が良く、車のハンドルを握らせてもその安定感は抜群であった。

 少し遠くへ足を運ぶともなれば、そのように高速道路を駆け抜けるように、あっという間に最寄りのインターチェンジを抜けていた。遊ぶ金も高速料金も燃料代も全てマサ持ちの日は少なくない。そうしてでもマサも皆と遊んでいたいのだった。


 パーキングに高級セダンを停め、店に入ると数人のグループが待合室のボックス席仕様に仕切られたパイプ椅子に腰を下ろしている様子が窺えた。受付けを済ませて相手の女の子を選んでいると、そこは財布を持ったマサを先へと皆が持ち上げるように促した。広木はこういう時は欲を出さないに限ると、全員が指名相手を選んだあとに敢えて一人だけ顔の部分にぼかしが入った写真の女の子を指名した。在籍者が全員可愛いのであれば、顔にぼかしが入った女の子も可愛いのだろう。そうでなければやはり全員と言うのは大袈裟だったと、帰りの車内での話のネタにも調度良いのではないかと、特に意気込むわけでもなかった。

 15分、20分と時間が経過すると、前に並んでいたグループは既に部屋の中へと通され、自分たちの番を待った。マサにリョウが先に中へと通されて、ジローと広木もそう待たされることなく、後に続いた。

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