第5話
杏子が意図していることを広木はまったく掴めずにいるが、構わず杏子が続ける。
「ウチのお母さんね、昔から凄く世話好きなの。多分広木くんのことも大歓迎だと思うの」
「ほぉ…」
「それにね、男性であっても身寄りのないところで独り暮らしって心元無いじゃない?」
「それはそうだけど、故郷を出た人って皆そんな境遇に一度は身を置くんじゃないかな。家を出るって程度はあれど、少なくとも僕のような田舎の方から出て来て東京で働いている身の人は多いでしょ」
「風邪ひくかもよ?」
「ひく時はひくよ…」
「自分でご飯作んなきゃだよ?」
「普段から作ってないし、そういう時こそ絶対作んないなぁ…」
「家賃分毎月貯金出来るよ。ラッキーじゃない?」
「それはそうだけど、お世話になるという道理がコチラにも必要だよ…」
「そりゃそっか(笑)」
杏子の言っていることは理にかなっているのだが、口にもしたように広木がその提案に甘えるようにも広木自身にも動機付けが必要だった。確かに身寄りのないところでの独り暮らしでの孤独を回避しようと話に乗る人もいるかも知れないし、杏子にとってみても誰彼構わずウチへ住めと言っている訳ではないだろう。
しかしながら広木はろくな時間の使い方をしないにしてみても、独りの時間は生活の中に必要だった。これまでも高校を留年した際に一つ下の学年と共に授業を受けた際も、その後退学に追いやられてニート同然の生活をしていた時も、同じ境遇の人は身の回りに非常に限られていたし、日中のアルバイトではパートの主婦達の輪に混ざっては、同世代のそれとは少し逸脱した不思議な交友関係を築きながら不思議なリズムの生活を送っていた。そういった環境の中で自分をしっかり持ち続けるためにも、独りの時間に身の回りに起きていることや自分を取り巻く環境について、そんな中での自分の立場や日頃の振る舞いについて回想や考察を重ねたりと、自己を分析する時間は非常に有意義で大切だった。長距離におよぶ長い通学時間の道中、缶コーヒーを車窓脇に添えながら窓の外を眺めながら思いにふけっていた日々の記憶が甦る。
とはいえ、せっかくのレアな打診について、そうなった場合のことを少し頭に思い浮かべても良いかも知れない。
「部屋はあるの?」
「もちろん。提案しておいて屋根裏やリビングの隅っこという訳にはいかないでしょう」
「お風呂は別?」
「浴室はもちろん兼用だよ」
「いや、杏子さんとたまには一緒に…(笑)」
「何言ってるの?彼氏にしか裸は見せません」
「やっぱ僕には無理だな。杏子さんのようなスタイルの良い女性と共同生活なんて一週間で何かやらかして追い出されてしまうよ」
「やらかすってどんなことを?」
「覗き。夜這い。何なら洗濯ものの下着が気になると思う!」
「お母さんにしっかり見張っといてもらうから大丈夫だよ(笑)」
「年頃の男性にとっては生き地獄だな…。誘惑に触れながら理性を保てたことがないよ」
「毎晩こうやってお話出来るよ?」
「それは楽しそうだけどな」
「お母さんも広木くんみたいな人好きだと思うんだよね」
「まさかお母さんも美魔女的な感じだったりするの?」
「いや、普通だと思う(笑)」
「良かった。いや、僕男兄弟二人の長男だから、そんなラブコメみたいな環境に身を置くとかまったく想像出来ないよ」
「まぁ、ウチはいつでも大丈夫だから、その気になったら言ってね。お母さんにも話しておくよ」
「そんな時がくるかな…」
少し現実的に考えてみたが、適当な理由をつけて杏子の床に潜り込み、その出るところのしっかりでた体に手を振れて発狂されている未来を、広木には容易に想像出来た。
「ところでさ、占いとか手相とかの類い信じる方?」
「いや、モノゴトはある程度理屈で成り立っているというか、なるべくしてコトの成り立ちを経ていると考えちゃう方だから、余り興味を持ったこと無いかな。杏子さんそういうの好きなの?まさか自分が出来ちゃう側?」
「出来ないよ(笑)」
「良かった。杏子さん、僕にとっては得体が知れないんだよね。女友達は沢山いる方だと思っているけど」
「どういう風に見えているの」
「職業アナウンサーって人なんて余り身近にいないじゃん。そういうのも含めて」
「そこ?単純だなぁ…」
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