第4話

 杏子の職業がアナウンサーだと知った広木は何処か合点していた。着ているものや雰囲気の漂わせるオーラのようなものが確かに杏子にはあった。飛び切り美人という訳ではないが全体の雰囲気が一般の人とはどことなく違い、街行く人の目を惹いてしまう、そんな異色な様相を出会ったその日は単純に夜の職業の人のように印象付けてしまっていたのだ。

 実際のところ顔の好みがどうかというのは主観的な話で真正面であったり、少なくとも横顔でも視界に入らなければその判断はつかない。それも本人が意図しているかは曖昧な先天性な要素も大きい。対して、着ているものやヘアスタイルで後ろ姿や全体感で人目を惹いてしまえるというのは、自分に合ったものを身に付けることやものを選ぶセンスのような、後天的なものが不可欠だ。そう考えると広木は出会った当初よりも杏子に女性として関心が高まった。異性に対して意識するというより、目の肥えた大人のさじ加減のような差配がそこにはふんだんに盛り込まれているように見てとれた。


「広木くんがこの間話してくれた職場の人の話さ、やっぱり私も現場によって関わる人が変わるとは言ったけど、その分新しい人と出会う場面も多いから変わった人はその都度目の当たりにするというのはあるかな。特定の誰とは行かないけれど」

「そういう時はどうしているの?」

「どうもしない。あぁ、この人はそういう感じの人なんだなって、必要な会話以外はしないようにしているかな。距離を取るというほどでもないけれど」

「それで何とかなるもの?」

「まぁ、相手が距離を詰めて来る時って相手も何かしら関心を持っているという表れだしね。その逆も然りでこちらがそこまで気にしていなければ、相手にとってこちらもその他大勢の中の一部だよ」

「なるほど。やっぱ杏子さんは大人だなぁ。僕はきっと意に反することがあれば相手をどうにかしてやりたいとかそういう発想が上回ってしまうんだな…」

「分かるよ。こういう言い方をすると嫌がられちゃうかも知れないけれど、若い時は少なからずそういう感情もあったと思うし」

「年齢を重ねて変わって行くものなのかな?」

「変わるよ。不思議なことに成長というのとはまた違う気もする。自分でコントロール出来ることとそうでないことを見極められるようになるというか、そういうコントロール不能なものに気を焼いても仕方ないと思えるようになるというか」

「やっぱ僕はまだガキだ。分かるような気はするけどそこに至るまでの大分手前に居る気がするよ」

「私の環境と広木くんの毎日同じメンツとの関わりの中での話という違いはもちろんあるだろうけど、程度の問題で同じ人間関係の話で通ずるものはあると思うな」

「かっこいいなぁ、杏子さん。いや、最初は近所のセクシーなお姉さんと仲良くなれたらドキドキするだろうなって不純な動機はあったんだけど、僕はこうして真面目な話が出来る相手との時間は好きだから、大事にしたいと思った。近所の頼れる不思議で綺麗なお姉さんって感じ」

「大分歳言ってるけど(笑)」

「このいくつ離れているか分からないけど頼ってしまう、みたいなの今までの交友関係で無いから新鮮だな」

「そう、それなら秘密にしておくね。むしろ年増が年齢を言いたがらないみたいに映ってないかしら(笑)」

「大丈夫、そういう風には捉えていないよ」


 杏子との意外な距離感に落ち着きそうな感じが、広木にとっては新鮮であり現実離れして不思議に思えた。あの晩声を掛けて良かったと率直に思った。今まで女性に声を掛けるときはその後の不純な関係をやはり何処かに期待してばかりだった分、意外に冷静さを保てている自分も新鮮に思える。

「広木くんさ、近所とは言っていたけど家は何処なの?最寄りのコンビニは?」

「駅前の大学裏のファミリーマートだよ」

「新幹線通っている側かな、なるほど」

「どうして?」

「家賃もったいなくない?」

「生活していくのにここは欠かせないでしょう」

「そりゃそっか」

「実家だと要らない出費だったけど」

「唐突なんだけど、ウチ住んじゃえば良くない?」

「杏子さんち?実家でしょう(笑)」

「だから言ってるんだよ。2人きりで同棲するという間柄ではないでしょう(笑)」

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