最終話 ゆりかとのばら、卒業旅行をする【後編】

「ゆりか!?ゆりか・・・!?」


のばらは人ごみをすり抜けながら、ゆりかを探し続ける。


あぁ、汚い。

さっきあの男の手が私の手に当たった。

私の頬に誰かの肩が当たった。

汚い、汚い、汚い。


「どこに行ったのよ、ゆりか。貴女は私がいないといけない。私は、貴女が必要。」


世界は、たぶんきっと汚い。

きっと、ゆりかがいないと汚い。


「あ、のばら。」

「ゆりか!!」


清水寺の仁王門の近く。

ゆりかはそこにいた。


「ゆりか!!こんなところにいたの!?探したわよ!!」

「あ・・・ごめん。この子が迷子になったっていうから、お母さまを一緒に探していたの。」


ゆりかをよくよく見ると、小さな女の子と手を繋いでいる。その横にはその子の母親らしき人物。


「迷子・・・?それは、貴女じゃなくて?」

「違うよ、失礼ね。」


その二人のやり取りを見て母親は頭を下げる。


「すみません、ご迷惑をおかけしたみたいで。お友達に悪いことをしてしまったわ・・・。」

母親が頭を下げると、ゆりかは首を振って微笑む。


「いえ、大丈夫です。無事に会えてよかったです。それと・・・私たちは友達ではありません。」

「ゆりか?」

「のばらは、恋人なんです。」


すると母親は少し驚いた顔をしたが、すぐににこっとしてこう言った。


「王子様とお姫様みたいね。とても幸せそう。」


それを聞いて二人は顔を見合わせた。

そして、母親は頭を下げながら女の子と帰っていったのだった。


「どこに行っても同じことを言われるわ。ていうか、ゆりか。あんなこと知らない人に言うものじゃないわよ。私たちは・・・。」

「恋人同士じゃないの?本当のことを言っただけよ。」


そう言われてのばらは口ごもる。

だが、すぐに笑って言った。


「そうね。嘘をつくものじゃないわね。」

「でしょ?」

「ゆりか、貴女、人と会話するのが嫌いなくせによくそんなことできたわね。」

「私だって成長したいわ。のばらがいつも励ましてくれたから。」

「誤解しないで。励ましたつもりはないわよ。思ったことを言っていただけ。それより、勝手いなくならないでよ。世界がまた汚くなってしまうかと思った。」

「ていうか、のばら。スマホ使って呼んでよ。そんな原始的な探し方しないでさ。」


のばらはそれを聞いて、一瞬きょとんとして目線を上にする。


「嫌だ、馬鹿みたい。笑っちゃうわね、私。」

「のばら、汚いものも見ると理性と知性を失うのは知っていたけど。私に対してもそうなのね。」

「そりゃ、そうでしょ。どちらも私の命にかかわることだもの。」


のばらは何も気づかずにそう言っているようなので、ゆりかは何も追求しなかった。

だが、そんなことを自然に想っていてくれて嬉しくてたまらない。

我慢しようと思うものの、顔がにやけてしまう。


「何よ?」

「別に!!早く行こ、のばら!!」


清水寺の舞台の上。

風が吹いてきて少し肌寒くなってきたが、のばらにとってはそれがちょうどいいくらいだった。


「疲れた。」

「大丈夫?のばら。」

「どうせ、この後もうろうろするのでしょ?その前にここで休憩させて。」


そんなのばらを見て、ゆりから今更ながら少し申し訳ない気持ちになってきた。


「ごめんね、のばら。いつも無理矢理引っ張ってきて。こういうところ苦手なの知っているのに。」


するとのばらは、ゆりかをじっと見つめた後に彼女の頭を撫でる。


「そういう時は、ありがとうって言って。もう慣れているし、ゆりかといれば苦手もそのうちなくなると思う。多分だけどね。」

「ありがとう、のばら。」


のばらは舞台から広がる京都の街を眺める。


「綺麗ね。そのうち全部そう思えるといいのだけれど。」

「思えるよ。多分ね。」

「そうね。そう願っておくわ。」


それから、京都のベタな観光地をあれやこれやと連れ回され、すっかり辺りは暗くなってきた。

二人は市内の路地に入った泊まることになる小さな旅館へと着いた。


「ゆりか、京都って意外とホテルが多いと思うの。どうしてわざわざこんな小汚い旅館なのよ。」

「失礼よ。のばら。こっちの方が風情があるでしょ?大体、ホテルなんかに泊まったらいつもと同じで・・・そう、どうせベッドの上でしかのばらは楽しまないでしょ?」

「ゆりか、最近私に対して何を思っているのか知らないけど、私をどこでもラブホみたいな言い方しないで。」


それはこっちのセリフだと、ゆりかは思った。

最近、自分に対してのばらはいつもどんな目で見ているのだと聞いてみたい。それを問うたところで怒られるだけだろうから、ゆりかは黙っていたが。


いざ旅館へと入ると、外見を裏切らない内観である。

のばらは眉をひそめながらずっと歩いている。

女将さんに悪いので、ゆりかはのばらを肘で突いたが、あまり効果はないようだ。

こういうのは汚いというより風情と考えてほしいのだが、おそらくのばらには無理だろう。潔癖というか彼女の性格上、風情とか夢とかは通じないのだと思ってゆりかは諦めた。


部屋に通されるとこじんまりとした畳の部屋。のばらの眉間のシワは益々増える。


「ゆりか、これでも貴女は・・・。」

「風情があると思っているし、もうのばらに共感は求めていない。でも、私は満足しているからのばらも我慢して。」

「あのね、ゆりか・・・。」

「のばら、ご飯まで時間あるからお風呂入りに行こ?小さいけど大浴場が・・・。」

「断る。これだけは言わせて。断る。」


会話に飲まれて頷くと思ったが、そこはのばら。固い意志を持っている。

とはいえ、ここまではゆりかにとって想定内だ。


「そう言うと思って、家族風呂が一つあるみたいだったから借りた。」

「ゆりか、貴女は馬鹿なの?大きさの問題じゃないの。私は他人と訳の分からない辺境の風呂に入りたくないの。」

「ここは辺境じゃないし、ちゃんと綺麗に洗っているよ。あと、のばら。私と入るのも汚いって言うの?やっぱり私は汚いって言うの?」


ゆりかは最近それを奥の手にしているところがあると、のばらは思っていたがこればかりは否定したくないのも事実。

ここは頷くしかなかった。


「ありがとう、のばら。大好き。」

「勝手にして。」


と、言ったものの。

のばらは小さく小汚い脱衣所で爪先立ちしながら服を脱ぐ。

その姿がやはりゆりかにとって滑稽なものであったが、笑うと怒られるのでただじっと見ていた。

じっと見ていると、自然に裸ののばらが目に映るわけで。

ゆりかは、こうして向き合ってのばらの裸を見るのも初めてかもしれない。

やはりのばらの何も纏わない姿は綺麗だと見惚れていると、のばらに睨まれた。


「何よ・・・何が言いたいのよ。まさか、ゆりか・・・。」

「思い出していない。のばらの自慰行為なんて一切思い出していない。口にも出していない。」

「よかった。」


最近、のばらは少し馬鹿になった気がするとゆりかは思っていたが、これも黙っていようと心に決めていた。


「本当に綺麗なんでしょうね?」

「大丈夫よ、のばら。ちゃんと綺麗に洗ってるよ。あ、のばらも洗ってあげようか?」

「やめて。色々嫌だからやめて。」

「つまんない。」


どこまで何が嫌なのか分からなかったが、そこはまだゆりかであろうと気を許していない。

少し寂しくもあり悲しくもあるけれど、これはもっと少しお互いを知り合ってからかなとゆりかは思うようにした。


「どうしてこんな狭くて小汚い湯船にゆりかと一緒に入らないといけないのよ。」

「やっぱり嫌だった?」

「嫌かそうでないかと言われたら嫌よ。でも、我慢する。ゆりかが満足ならそれでいい。」

「うーん、なんだか複雑だわ。」


のばらは落ち着かないのか、風呂のお湯をバシャバシャと手で叩く。

これに関しては滑稽というよりは、可愛らしいものがあったので、思わずゆりかはそれを口にした。


「のばら、子供みたい。可愛い。」

「はぁっ!?やめてよ。そんな馬鹿みたいなこと言わないで。私の形容詞は可愛いじゃないでしょ?」

「そうなの?」

「当たり前よ。私は今まで生きててそんなこと言われたことがない。そういう形容詞はゆりかの方でしょ?」

「のばらも私のこと可愛いって思ってくれてるの?」

「それは・・・。」


のばらは素直ではないので、面と向かって言われるといつも困っていた。

それを試すのが最近のゆりかの小さな楽しみでもある。

だが、やはりのばらはゆりかの予想外のことを返してくるので、ゆりかは結局最後は自分が戸惑う羽目になるのであった。


「じゃあ、それはキスで答えてあげる。」


お湯のせいかのばらのせいか。

今にものぼせそうな顔でゆりかが見つめると、のばらは唇に触れる寸前のところでやめた。


「ここではやめておく。本当にどこでもラブホになっちゃう。あと、こんな辺境の風呂でしたくない。」


少し不機嫌そうに、のばらは湯船から出る。


そこはどこでもラブホでいいのに。

そんなことを思いながらゆりかも不機嫌そうに湯船から出たのだった。


「なんだか、こんなところで食事したら、食べた気にもあまりならないわ。」


食事の後もブツブツのばらが文句をいうものだから、ゆりかは少しむすっとして彼女に抱きついた。


「もう、いい加減に機嫌直してよ。せっかくの旅行なんだから。」

「そうね。そうする。」


のばらはゆりかの手を取ると、そのまま彼女に口付ける。


「機嫌直すには、ゆりかが手伝うべき。」

「のばら。今度こそ、どこでもラブホなの?」

「期待してたんでしょ?」

「期待というか、待機はしてた。」

「でも、こんなところで布団を滅茶苦茶にするのは忍びないわね。上だけで我慢する。」


そう言うと、のばらはゆりかの浴衣の襟をゆっくり引っ張ってはだけさす。


「初めて旅館もいいものだと思ったわ。」


そんなところで風情を感じないで。

そうゆりかが言う前に口を塞がれた。


のばらは少し冷たい指で、ゆりかの頬から顎にかけて輪郭をなぞる。

あまりにもそれが優しいものだから、それだけで感じてしまいそうになる。


のばらは、首筋に噛み付くようにキスしたり浴衣を脱がせながら、そこらかしこに舌を這わせた。

あれだけ何かを触ったり舐めたりすることを嫌がるのばらにそんなことをされては、優越感に似た快感を覚えてしまう。


浴衣を捲り上げてゆりかの太腿を撫でたところでのばらは、そうだったわねと気がついてやめた。その代わりに、ゆりかの胸を舐めてキスをする。


「ん・・・。」


もっと何かするのかと思ったが、のばらはそれ以上は何もせずに、ゆりかに抱きついたまま彼女を押し倒した。そしてゆりかの胸に顔を埋めたまま、話し出す。


「ごめんなさい。ゆりか。」

「のばら?」

「私、今までずっと、ゆりかを傷つけてきたのよね。なんであんなに酷いこと言っていたのだろう。貴女、私のせいでどれだけ泣いていたの?ごめんなさい。」


のばらの思いもよらない告白に驚いたが、ゆりかは微笑んで彼女を撫でた。

辛い思いはもちろん沢山したし、全てを忘れることはできない気がする。

だけど、そのせいでのばらが辛い思いをするのはもっと嫌だし、そんな関係は嫌だ。


「のばら、そういう時はありがとうって思ってよ。私、のばらにね、こんな私を好きになってくれてありがとうって思ってるの。だから、のばらもそう思おうよ。謝ると辛くなるから。そういう気持ちになるのやめよう?」


のばらは顔を上げると、涙目になりながらも微笑む。


「そうね・・・。鈍臭いゆりかに教えられるって、私馬鹿みたい、笑っちゃうわ。」

「好きなだけ笑ってよ。のばらはただでさえ怖い顔なんだから。」


のばらは、ゆりかの頬を撫でると、もう一度キスをした。


「私、ゆりかに指輪をあげた時は結婚とかそんな重いこと考えながら渡したのじゃないし、ゆりかもそんな重いことなんて望んでないって考えてた。でも、私、ゆりかとずっと一緒にいたいから。結婚してもいいかなって思う。ていうか、したい。」

「のばら・・・それってプロポーズなの?」

「馬鹿なこと言わないで。それはもっと、ゆりかが好きそうな場所で好きそうなセリフを言うわ。これは予告。ちゃんと考えておくからせいぜい楽しみにしてなさいよ。」

「うん、楽しみに待ってるね。のばらだから、きっと私を今以上に喜ばせてくれるって信じてる。」

「ハードル上げるのやめてくれない?」

「上げたくもなるよ。だって・・・。」

「何よ。」


ゆりかはにこっと笑うと、今度はのばらを押し倒して抱きついた。


「私、もっともっと。今以上にのばらと幸せになりたいもの。幸せな日々を過ごしたいの!」

「ゆりか・・・奇遇ね、私もよ。」

「よかった!じゃあ、これからもずっと手を繋いでいてね。嘘はつかないでね。好きってずっと言ってね。あと・・・。」

「五月蝿いわね。全部言わなくても分かってるわよ。あと、結論は結局一つなのよ。もっとシンプルになりなさいよ。」

「え?」

「私とゆりかは一緒なら何しても幸せ。ずっとね。」

「ごめんなさい。そうよね。」

「謝るのやめたら?馬鹿みたい。」

「笑っちゃうよね!」


二人は顔を見合わせて笑い合った。

のばらにしては珍しく声をあげて笑う。

そんなのばらの姿が嬉しくて、ゆりかも声を上げて笑ってしまった。


「幸せ、のばら。」

「私も幸せ、ゆりか。」


そう言うと二人は指輪同士を触れ合わせると、また微笑んだのだった。


ゆりかとのばら幸せな日々。

きっと、これからも続いていく。

大学になっても変わらない。その先も。


馬鹿みたい、笑っちゃうことにそれは本当の話。

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ゆりかとのばら、幸せな日々 ~『貴女と私、嘘だらけの世界』続編~ 夏目綾 @bestia_0305

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