第3話 ゆりか、バレンタインに奔走する

もうすぐ女の子が胸を高鳴らせる日。

2月14日、バレンタインデーだ。

ゆりかも例外でなく、どうしよう何をしようと嬉しそうにしていた。

とはいえ相手は、あの今宮のばらである。そう上手くはいかない。


「もうすぐ2月14日じゃない。」

のばらはカレンダーを見て言う。

これは期待してくれているのだろうか、ゆりかは思い切ってどんなチョコレートが好き?と聞いてみようとした。

だが、のばら節が炸裂する。


「さいっあく!!何なのこのイベント!馬鹿みたい、笑っちゃうわ!!」

「の、のばら?」

「何がチョコレートよ、何が好きな人にあげるよ!馬鹿みたい。私ホントにこの日が嫌い。毎年寄ってたかってチョコレートなんて持って来て、全部捨ててやったわよ!」


流石にこれは酷い。

女の子の気持ちを無下にするとは。

ゆりかは、のばらがどんな人物かもわかっているがこれには肯定できない。

なぜなら、この気持ちは自分も味わってきたから。


「まさか、ゆりか・・・貴女までこの馬鹿げたイベントに便乗しようとしてないでしょうね!?」

「えっ!?えっ・・・えっ。」

「図星とか言わないでよ?頼むから、ゆりかだけは正常な心で私に接してちょうだい。私はこのイベントが嫌いだし、甘いものも嫌いだから食べたくもない。」


ゆりかは焦る。

いや、焦るというか。


「酷い!のばら!!これは好きを伝える女の子にとっての一大イベントなのよ!?」

「私だって女よ!!こういうイベントが嫌いな女もいるのよ!」

「そ、それは・・・でも!私は大事なの!私はのばらに想いを伝えたいの!!」


のばらは椅子から立ち上がると、ゆりかに近づき彼女の頬を撫でた。

のばらが頬を触ってくれる行為がゆりかはとても好きだった。だが、騙されるわけにはいかない。じっとのばらを睨んでいると、のばらはゆりかの顔に自分の顔を近づけて言う。


「ゆりかの想いは十分伝わっているから、こんなことしなくてもいいのよ。私はこの日が嫌い。悪いけど。」

「わ・・・わかった。」

「よかった。」


そこまでのばらに言われてはどうしようもない。だからといって、この日を逃したくはない。

ゆりかの夢だったから。


いつもは大勢の生徒の前で、のばらにチョコレートをあげて微笑んでいた。

のばらも「ありがとう。嬉しい。」といって受け取ってくれた。だが部屋に帰ると先ほどの言葉通りにゴミ箱に捨ててしまっていた。

汚いゆりかから貰った汚いチョコレートとして。

その頃は、ゆりか自身ものばらのことが嫌いだったが、あからさまにそうされるのは傷ついていた。


だから今年こそは本当の気持ちで渡して、のばらに本当の気持ちで受け取ってほしい。

かといって、今のままでは二の舞になる。


そんなゆりかの想いはつゆ知らず。のばらは疲れた疲れたと言って明かりをつけたまま寝てしまった。

それをゆりかは無言で見つめる。

そして二人の間にある本棚に目をやった。

一冊の不気味な本。

あやめが、くまきちの洋服と共に押し付けた本。

通称のばゆり本。

ゆりかたちの行動はこの本の通りと言っていた。

訳がわからずそっとしておいたが、これに何か書かれているかもしれない。

ゆりかは恐る恐る本を取り出して読んでみる。


しばらくして。

ゆりかは顔を真っ青にして震えた。

「何これ・・・何なの・・・大体・・・あってる・・・。」

恐ろしいことに今まで二人がたどった道のりが書かれてあって、それが・・・大体同じだった。

「何これ。本当に何これ。じゃ、じゃあ!この後のイベントのこともあるはず!!私は何をすればいいの!?」


ゆりかは慌てて、バレンタインデー編を読んでみる。


ゆりかは毎年のばらが大量に貰ってきたチョコレートを一人食べていた。のばらのいない部屋で、ゆりかが処理しろと言われたから。

だが、今年は違う。

のばらは言う。

「今年は、実は期待していたの。」

のばらは皆からもらったチョコレートを一つづつ開けてゆりかの口に入れる。

そしてこう言う。

「みんなの愛はいらない。貴女が全部食べてしまって無くして。貴女の愛の証のチョコレートだけ私は食べるから。」

「のばら・・・。」


そこまで読んで、ゆりかは思い切り本を閉じた。


「違う!!それは間違っている!!毎年のばらはチョコレートを捨てていたし今年もそう!食べると私が言ったところでのばらは汚いから駄目だと捨てるわ。そもそもそんな汚いっていうものに触るはずもない!!私のチョコレートだけを食べるって言ったって絶対食べない!!のばらがそんな愛とか言って不気味なことするはずが!ない!!」


「五月蝿い!!何が不気味なの!?さっきから何言っているのよ!!」


ゆりかは、のばらに怒られた。

怒りたいのはこっちだ。


ゆりかもベッドに入って悶々と考える。


のばらはチョコレートが嫌い。

こうなったらチョコレート以外に、のばらの好きなものをあげるしかない。


のばらが好きなもの。

のばらが好きなもの。

のばらが好きなもの。


「どうしよう・・・私、のばらが好きなものが思いつかない。」


いや、正確には少しだけ思いつく。


消毒液、ウエットティッシュ、石鹸、消毒液。


「そんなものあげてどうするのよ。」


今まで、のばらが嫌いなものは散々聞いてきた。

気持ち悪い、汚い、最悪だ。

だから、ゆりかは大体のばらが嫌いなものは分かる。

しかしよく考えてみると、彼女が好きだと言うものは聞いたことがない。

強いて言うなら、ゆりかが好きと言うくらいだ。


「違う!!そうじゃない!!」

「五月蝿い!!」


次の日。

ゆりかは自分達と同じ境遇にされた、つぐみとひばりの部屋を訪ねる。

彼女たちも広告塔のためコンビを組まされたのである。ただ彼女たちの仲は最初から良好であったが。


「つぐみ!!助けて!!」

「は?」


「・・・つまり、ゆりかはチョコレート嫌いなのばらに何かしらあげて愛を伝えたいのね。」

「そう。」

「私のこと、何でも相談室だと思ってない?」

「思っている。だから助けてほしいの。」


つぐみはうーんと唸る。


「本当にのばらの好きなものを思いつかないの?」

「思いつかない。」

「貴女たち、本当に付き合っているの?」

「付き合ってる。でも相手は、今宮のばら。」

「そうね、そうだったわ。」


すると、横でひばりがにこにことして言った。


「それではお二人の思い出のものを差し上げたらいかがでしょうか?」

「思い出・・・。」


だが、二人の思い出は言うほどない。

険悪だった方が長かったので、なにも思い出を共有していない。


「私たちが言えるのはここまでよ。あとはゆりか自身が何とかしなさい。」


つぐみにそう言われてゆりかは追い出されてしまった。

そして一人考える。


「のばらとの思い出なんて、嫌なことが大半ね。それ以上の幸せは今あるけれど。でも、思い出のものなんて。」


ゆりかは考えてみる。昔のことを。

学院長に呼び出されて、訳の分からないことを言われて。

無理矢理、美しい関係を結ばれて。

訳の分からない誓いまでされて。


「確か、初めて二人で部屋に入った時に約束したっけ。二人の外での関係は嘘。本当はこの部屋の中だけ。部屋の中ではお互い干渉しあわないって。思うと、最初の約束は本当のものだったのね。馬鹿みたいだわ。あの学院長に変な誓いをたてさせられた・・・ん?んん?」


ゆりかは、ハッとする。

出会い?誓い?


「私、返さなきゃ。これをのばらにあげないと駄目だわ。」


ゆりかは慌てて部屋に帰った。

あれを渡さなければ、返さなければならない。

自分達の思い出。全ての嘘を。



ゆりかが奔走してから、ようやく迎えたバレンタインデー当日。


「あー、やだやだ。こんな量のチョコレートどう処理するの。」

のばらが両手におびただしいほどの紙袋を抱えて帰ってきた。

「大体、今の私にまだ幻想を抱いているの?あいつらとことん馬鹿でマゾヒストね。」


ブツブツ文句を言いながら部屋の中を見ると、ゆりかが待ち構えていたように立っていた。


「ゆりか?どうしたのよ。まさか、私に何か嫌なもの渡そうとしてない?」

「捉えようによっては嫌なものかもしれないけど、のばらに渡すものがある。」

「何よ?」


ゆりかは、スッとあるものを差し出した。


「あげるというか、返す。私たちの一番大事だったもの。」


ゆりかの手の中にあったのは、ブローチ。綺麗に光る小さな薔薇の。


「もしかして・・・。」

「そう、もしかして。どうせ、のばらは私のこと嫌いだったからすぐ捨てちゃったと思うけど。チョコレートと同じで。でもずっと私は持っていたの。」

「これ・・・ゆりかと会った時に、私があげたものよね。約束をする証として。」

「そうよ。覚えててくれてよかった。」


小さな薔薇のブローチ。

これは二人が初めて出会った時、二人で交換したもの。

これから外ではお互いに嘘の美しい関係を貫こうと。二人は何をしても完璧な嘘でいようと。

お互いの約束。決意の証。

のばらは、薔薇の。

ゆりかは、百合の。

二人は強く脆い誓いを立てた。


「返す。今まで私たちが大切だったもの。のばらに返す。私たちの今までの思い出。これを返して、あの日のことは無しにしよう?これを返してこれからのことを約束しよう?だからこれは今も大切なもの。」


のばらはゆっくりとそれを受け取る。


「のばらはそんな約束ずっとしたままのつもりだっただろうから、すぐに捨てたと思うけど。私からあげたものなんて汚いだろうから。」

「待って、勝手に決めないで。」


のばらはそう言うと、机の引き出しの奥を探してあるものを出してきた。

光る小さな百合のブローチ。


「それじゃあ、私も返す。」

「のばら?どうして持っていたの?捨てたと思ってた。」


のばらはしばらく黙り込んだのち、恥ずかしそうに口を開いた。


「持ってた。私、ゆりかが嫌いだった。だって、汚いから。でも、捨てたら駄目な気がした。捨てたら、私は本当に終わっちゃう気がして。誰もいなくなっちゃう気がして。これを持っていたら誰かを約束で繋ぎ止めれる気がして。あんなに一人が良かったのにね。あんなにゆりかが嫌いだったのにね。本当に馬鹿みたい、笑っちゃう。」

「・・・笑わない。」


ゆりかはのばらに抱きついた。

ぎゅっと力を入れて抱きつく。


「私史上最大に厄介なバレンタインだったわ。そんなこと思い出すなんて。」

「嫌だった?」

「まぁ、いつかは返さないといけないと思っていたし。ゆりかからは、そのきっかけを貰ったわ。」

「のばら・・・。」

「あと、ついでに言うなら。私、元々この沸いたイベントが嫌いだから、それにゆりかも便乗して欲しくなかった。ゆりかの愛って便乗するように軽いものにしたくなかったから。でも、結果として困らせてしまったみたい。反省はしているわ。」

「のばら!」

「何よ。」

「今度から、のばらの好きなものもっと教えてよ。私、のばらの嫌なものじゃなくて好きなものたくさん知りたいし。それに、知っていたらこんなに苦労しないし。」


のばらは、ため息をつく。


「好きなもの。そうね。ゆりかとのセックス。今のところそれしかわかんない。嘘じゃないってこれから試してみる?」


そして、ゆりかを押し倒したのだった。

結局、周りまわってのばらが好きなのはゆりかではないか。それなら、最初に思いついていた。

ゆりかはつまらなさそうにしたが、すぐに笑って言った。


「結局、のばらが好きなものって私関係なのね。」

「そうかしら・・・やだ、そうかもしれない。」


バレンタインに奔走したりされたり。

好きなものが分からなかったり分かったり。


ゆりかとのばら、幸せな日々。

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