第2話 のばら、嫉妬する

ゆりかとのばらの部屋。

ゆりかは、少し薄汚れている白いくまのぬいぐるみと会話する。


「くまきち、私、昨日新しい服を買ったのよ!」

そして、一人声色を変えてこう言う。

「いいなぁ、ゆりかちゃん。僕も欲しいなぁ。」

それをのばらは口を開けて見ている。

だが、ゆりかの会話は続く。

「そうよね、くまきち。外は寒いものね。くまきちに・・・。」

「あのさ、ゆりか。その馬鹿みたいな事するのいい加減にやめて。」

ゆりかはその声にハッとしたものの、怒って反論し出した。


「馬鹿みたいって酷いわ、のばら!くまきちは私の友達なのよ!お話しして何が悪いのよ!!」

「そういうのが馬鹿みたいなのよ。コミュ障女。そんなことしているからいつまで経っても治らないのよ。薄汚いぬいぐるみなんて捨てなさいよ。」

それを聞いたゆりかは黙っていられず、のばらの元へ睨みながら歩み寄ると、彼女の消毒液を指差した。

「のばらだって、ずっと消毒してるじゃない!潔癖症女。そんなこととしているからいつまで経っても治らないのよ。そんな消毒液なんて捨てたら?」

「何ですって!?」

「何よ!!」


二人はしばらく睨み合う。

すると、のばらはあることに気づき高圧的な笑いをしてこう言った。

くまきちを指差しながら。

「やだ、その薄汚いぬいぐるみ、お腹破れてるわよ。これが本当のはらわたってやつかしら?」

「ぎゃっ!!くまきち!!」

くまきちを見ると確かに腹が破れて・・・まさに、はらわたが出ている。

ゆりかは慌てて、くまきちを抱き上げて震えている。


「馬鹿みたい、笑っちゃう。」

「のばら!のばら!!」

「は?」

「くまきちが死んじゃう!!どうしよう!!くまきちが死んじゃう!!」

「え・・・え?」


あまりにも馬鹿らしいことに必死になって、ゆりかが泣き出すものだから先ほどまで笑っていたのばらも焦りだす。

「どうしよぉ、のばらぁ!!」

「ちょ、ちょっと・・・落ち着きなさいよ。手芸部の子にでも縫ってもらいなさいよ!」

「!?」

「ゆ、ゆりか・・・?」

「私行ってくる!!」

「え・・・、どこに?」

「そんなこと決まっているわ!!くまきちを助けに行くの!!」


ゆりかはそう意気込むと、くまきちを抱きしめて思い切り部屋を飛び出した。あんなに意気込んだゆりかは見たことがない。この前の放課後デートの際ですらこのような意気込みではなかった。


「待って・・・わ、私より・・・その薄汚いぬいぐるみの方が・・・大事なわけ?」


のばらは、プリンスと呼ばれもてはやされてきた。嫌だと言いながらも優越感は多少なりともあった。容姿にも自信があった。プリンセスと呼ばれているゆりかもこんなに自分を愛してくれている。潔癖症だった自分を助けてくれて。

しかしのばらは、完全にぬいぐるみに負けている。

こんなに馬鹿げていることがあるものか。

いやむしろ、ぬいぐるみにそこまでするゆりかが馬鹿げている。

嫉妬もできないほど馬鹿げている。

しかしのばらはこの後、本当の嫉妬という感情を覚えることになるのだった。



ゆりかは廊下をひた走る。

走ったからといって、行く先が分からない。どこへ行けば、手芸部の子に出会えるのだ。

目に涙をためながら走る。

こんなことは、のばら関係以来だ。


「わっ!?」

「きゃっ!!」


そんな折、ゆりかはある少女とぶつかってしまう。

豪快に尻もちをついて、座り込んでしまった。無論、相手も同じ。


「いたたた。ごめんなさい!」

ゆりかは立ち上がり少女に手を差し伸べると、その少女は慌てふためく。

「プ、プリンセス様!?わ、私はなんて失礼なことを!!」


いくら本当の美しい二人を皆にさらけ出しても、ゆりかはプリンセス様、のばらはプリンス様と慕われていたし、未だにその人気は健在だ。

とはいえ、もうゆりかは嘘などつきたくない。だから彼女にもう一度手を差し出す。ただのゆりかとして。


「私はただの天王寺ゆりかよ。そして、貴女は何も悪くない。だからそんなこと言わないで。」

「プリンセス様・・・。」

「それもやめて、名前で呼んで。お願い。」


少女はしばらく黙り込んだあと、顔を赤らめながら口を開く。


「・・・ありがとう・・・ございます。天王寺先輩。」

ゆりかはにこりと微笑む。

その笑顔はやはり美しく、プリンセスという名に相応しい。少女はさらに恥ずかしそうな顔をした。

が、少女はふとゆりかの後ろに投げ出されていた熊のぬいぐるみに気がついた。


「先輩、このぬいぐるみは・・・?」

「きゃっ!くまきち!!」


慌てて、くまきちを拾い上げると何回も謝りながらゆりかは抱きしめる。

しかし少女の目線に気づいて思わず、くまきちを背後に隠してしまった。

さすがに一般人の前ではやめておきたい。


「くまきちさんというのですね。お腹が破れているみたいですが・・・あの・・・私でよろしければ縫いましょうか?」

「え!?」


すると少女は微笑みながら鞄から、かえるのぬいぐるみを出してきた。


「けろちゃんです。私もぬいぐるみ、大好きなのです。手芸部でたくさん作っているのです。」

「貴女!くまきちを助けてくれるのね!!ありがとう!!」

ゆりかは嬉しくて思わず、少女を抱きしめてしまう。

「え!?あ・・・。」

あの美しい天王寺ゆりかに抱きしめられて少女は困惑するばかり。

だが、その反面とても嬉しい。

「あ、あの。とりあえず、私のお部屋に行きます?」

「行くわ!」

ゆりかは極上の微笑みを返した。


「ゆ、ゆりか・・・?」

それを陰から見ていたのは、のばら。

気になって後を追ってきたものの。

ゆりかが微笑みながら、訳の分からない少女に抱きついている。

ゆりかが何をしようが、知ったことではないし好きにすればいいと思っている。

だが、これは。

「馬鹿みたい!!」



「これで、怪我は治りました!」

「ありがとう、福島さん!!」

くまきちの命の恩人の少女の名前は、福島あやめという。高等部一年生。

ふわふわの髪を二つにくくっており、小動物のような瞳でとても愛らしい少女だ。


ゆりかは、あやめの部屋のある一角を見た。

そこにはぬいぐるみ用と思われる可愛い洋服が並んでいた。

「ねぇ、福島さん。あれはけろちゃんたちのお洋服なの?」

「あ!そうです。私が作りました。」

「え!?すごい!!福島さんが作ったの?」

あの天王寺ゆりかに褒められて、あやめは恥ずかしいやら嬉しいやらでスカートを握ってチラチラとゆりかを見る。

「もし・・・よかったら、くまきちさんのお洋服も作りましょうか?」

「ほ!本当に!?」

「はい!生地を用意しておきますので、明日の放課後・・・見ていただけましたら。」

「行くわ!帰りに福島さんの部屋に行くから待っていて!」


「遅い・・・遅い、遅い。何しているのよ、ゆりか!」

のばらは腕組みをしながら苛立っている。

するとそこに丁度、ゆりかが部屋に帰ってきた。

どこに行っていたのか、何をしていたのか、あの子と。

聞きたいことは山ほどある。だがそれを聞けないのが、のばらである。


「薄汚いくまはどうしたの?燃えるゴミに捨ててきたの?」

「も、燃えるゴミですって!?」

「手を洗って、消毒して。そんな汚い手のゆりかは触りたくない。」

「酷い!!」


何も言えない自分に対してか、何も言ってくれないゆりかに対してなのか、のばらの苛立ちは最高潮である。

その結果、のばらは無理矢理ゆりかの唇を奪おうとする。

何故そうなるのか自分でも意味がわからなかった。

しかしのばらはあっさりと拒絶された。


「やめて!!」


パァンっと音がして、のばらはゆりかに頬を叩かれたのである。


しばらく、のばらは呆然として何も言えない。ゆりかも自分がしたことの酷さがわかり気まずくなる。


「ご、ごめんなさい。でも、私のこういう性格は否定しないで欲しい。特にのばらには。」

「私のこと否定したくせに。気分が悪い。」

「のばら・・・。」


完全な険悪な二人に戻ってしまった。

あの時の二人の構図そのものだ。


とはいえ、のばらとて彼女を否定したいわけではないし、また自分に触って欲しい。

次の日の放課後。のばら史上最大に譲歩してゆりかに手を繋いで帰ろうと自ら申し出た。

だが、ゆりかといえば苦笑いをするばかり。


「ごめん、のばら。今日は少し寄るところがあるから。先に帰っていて。」

「え?」

「また後でね!」


のばらが嫌だと喚くことはあったが、今までゆりかに拒否されたことはない。

これは、本当に嫌われたのかもしれない。

別にそれでもいい。自分は非常に面倒な女だとは重々承知している。ただ、それが他の女の子に取られたのだとしたら話は別だ。

自分以外の女の子に夢中なゆりかには苛立ちを覚える。


「勝手にしなさいよ!!」


一方、あやめの部屋。

可愛らしい生地をたくさん並べられてゆりかは手を叩いて喜ぶ。

元々、こういった可愛いものにゆりかは弱い。

「どれにします?」

「迷うけど。これにする!」

ゆりかはリバティの生地を選んであやめに差し出した。

「あ!これ可愛いですよね。天王寺先輩に気に入っていただけで嬉しいです!」


このような会話。

のばらとは決してすることができない類のものなので、ゆりかは嬉しかった。

のばらと話すのは勿論嬉しい。

でも時にはこういう自分の好みが一緒の人と話がしたい。

ただ少し、のばらには悪いことをしてしまったのかもしれない。

若干の罪悪感を持ちながらもゆりかは生地とデザイン選びを楽しんだ。


「ただいま、のばら。」

「・・・どこに行っていたの?」

「福島さんの部屋。」

「福島さん・・・?」


のばらは眉間に皺を寄せてゆりかを見る。


「そう。福島さんは手芸部でね、色々な可愛いもの作ってくれるって。」

「へー、よかったわね。」

「うん。楽しかった。」

「さぞかし色々なものを一緒に触ったことでしょうね。」

「・・・?そうね。一緒に、沢山の生地を触ってみたわよ。」

「よかったわね。」

「のばら?」

「別に。」


さぞかし一緒に色々なものを触ったことだろう。

それは、決して自分とはできないことだ。

汚いと言っては嫌がって消毒する自分とは違って普通の生活を楽しめることだろう。

きっと楽しく普通の日々を過ごせることだろう。


だがそれを思うと悲しくなるし、何よりイライラする。


そして次の日もゆりかは福島さんの部屋に行くと言って先に帰ってしまった。

馬鹿みたい、笑っちゃうことにのばらはその後を追って行った。

自分以外の女の子と嬉しそうに、自分にはできないことを一緒にしているなんて、腹立たしいことこの上ない。


部屋の前に行くと、中から楽しそうな声が聞こえる。

帰ろう。

そうは思ったが、やはり苛立つ。

こんなにも人に対して苛立つのは初めてだ。

今までもたくさんの人に苛立って怒鳴り散らしてきた。

だが、それとは別の苛立ち。

いつもの、こっちを見るな!ではなく、こっちを見ろ!といったところだろうか。

そう思っていると、勝手に部屋のドアを開けていた。


「の、のばら!?」

「きゃっ!ぷ、プリンス様!?」


あまりの驚きに、あやめはゆりかの腕に抱きつく。

それをジロリとのばらは見た。


「福島さん・・・!?」


のばらが見たところ、あやめはどう見てもどう考えても巨乳である。

それがゆりかの腕に食い込んで、心なしがゆりかも恥ずかしそうである。

のばらは自分の胸を見てみる。

悔しいが、これは完全に負けていた。

例え、のばらが頭がおかしくなってゆりかの腕に抱きついたところで、気持ちよくも何ともないはずだ。


「どうせ、私はまな板よ!!」

「は?のばら?」

「五月蝿い!!」


あやめはどうしていいか分からず、ただおろおろとしている。


「プリンス様、私・・・。」

「いいよ、福島さんも今宮のばらって言って。もう私たちは・・・。」

「今宮のばらって言うな!プリンス様と呼びなさいよ!!」

「え?のばら?どうしたのよ、急に怖いわよ!」

「私が怖いのは元からよ!」


のばらは早足で、ゆりかに近づくとこれまた勢いよく彼女に口付けた。

「ん?んんんんんっ!!」

「・・・っはぁ。」

深い口付けをしばらく続けてようやく、のばらは離した。

あやめは口を手で押さえて赤面して、だがしっかりと二人を見ていた。


「今宮のばらと呼んでいいのはゆりかだけなのよ!分かった!?」


あやめは無言で何度も頷く。

ゆりかは公開処刑されたような気がして恥ずかしくなり、のばらに詰め寄った。


「どういうことなのよ!?のばら!急にこんなこと!!福島さんの前で!!」

「だって、私・・・。」


打ち震えるのばらを見て、ゆりかはぎょっとして固まった。

のばらが泣いている。

見間違いか?

いや、大粒の涙をポロポロと流して悔しそうに泣いている。


「どうせ、私は潔癖症よ!どうせ私といたって人並みの楽しい日々は過ごせないわよ。どうせ私はいつも怒鳴り散らすから、いい気分なんてするはずはないわよ。どうせ、私なんて!!」

「の、のばら・・・もしかして・・・妬いてるの?」

「五月蝿い!!何が悪いのよ!!」

「い、いや・・・むしろ嬉しいけど。」


ゆりかはのばらに近寄ると、のばらを抱きしめて彼女の背中を撫でてあげる。

これではいつもと逆である。


「・・・素敵。」


思わずその声を聞いてゆりかとのばらは、あやめの方を振り返る。

そして我に返り、自分達の馬鹿な惚気行動を初めて恥じた。

だが、あやめはうっとりとしてずっと二人を見つめている。


「福島・・・さん?」

「何よ、この女。」

「のばゆり・・・。」

「は?」


のばらの顔が引き攣る。

すると、あやめは本棚から小説らしきものを取り出してきた。

そしてそれを二人に見せる。


「文芸部の方達から頂いたのです。のばゆり。今のお二人そのもののお話でした・・・私、すごく嬉しいです。」

「のば・・・ゆり・・・?」

「よく分からないけど、人を見せ物にするんじゃないわよ!!」


そして二人の手を取り、あやめは目を輝かせて言う。


「私、お二人を応援してます!!頑張ってください!!」

「あ、え、えぇ。ありがとう。福島さん。」

「あ・・・よく分からないけど、頑張るわ・・・ねぇ、私は何を頑張ればいいわけ?」



「何なの・・・あの子。何なの・・・あの本。」

「さ、さぁ?」

「だから私は何を頑張ればいいわけ?」


ゆりかとのばらの部屋。

二人はあの奇怪なあやめと本を未だによく分かっていない。

だが。


「たぶん、二人仲良くすることが一番ってことじゃないのかな?」

「・・・・・・。」

「確かに、のばらとは普通と違う関係だと思う。普通のことはあまりできないのかもしれない。でも、私は幸せだよ?だってそんなのばらが好きなのだもの。」

ゆりかに微笑まれ、のばらは柄にもなく恥ずかしくなって目線を逸らす。


「でも嬉しかった!」

「何がよ。」

「のばらも嫉妬するんだね。何だか嬉しい!」

「五月蝿い!!」


そう言うとのばらはゆりかを押し倒した。

そして、頬に首筋に何度もキスをする。

喉元を舐め上げて、ゆりかの制服に手を伸ばした。


「の、のばら?」

「私を辱めたこと後悔させてあげる。」

「ちょっと!急に何するの!?」

「よくは分からないし理解したくないけど、私の方が名前は先にあったから、多分こういうことよ。」


ゆりかは反論しようとしたが、のばらに口を塞がれ何もいえなくなってしまった。そして、ゆりかものばらを受け入れるように彼女の首に腕を回した。


「のばら、私、幸せ。」

「奇遇ね、私もよ。」


嫉妬したりされたり。

ゆりかとのばら、幸せな日々。

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