ゆりかとのばら、幸せな日々 ~『貴女と私、嘘だらけの世界』続編~

夏目綾

第1話 ゆりか、放課後デートする

眉目秀麗、文武両道。私立桜ノ宮女学院高等部一美しい二人。

天王寺ゆりか。別名プリンセス。

今宮のばら。別名プリンス。

二人はいつも手を繋ぐ美しい関係。みんなに優しく微笑みかける素敵な二人。


だが、それは学院長が学院の広告塔に使うために二人を無理矢理組ませ、皆の憧れになるよう演じさせていただけの関係。


事実はこうだ。

天王寺ゆりか。コミュ障。ぬいぐるみが友達の根暗女。

今宮のばら。潔癖症。高慢で上から目線女。

加えて二人の仲は最悪。

全て嘘の世界を彼女たちは生きていた。


だが、二人はお互いを傷つけあって、少しずつ触れ合って本当の関係を手に入れた。二人は嘘のない本当の美しい関係になったのだ。

嘘がなくなった分、改めて他の生徒たちの前で恋人宣言もし、態度も横暴になったが。まぁ結果として学生たちは喜んでいた。


そんな彼女たちにようやく訪れた幸せな日々。

そんな二人のお話。



冬。学院の寮。

ゆりかとのばらの部屋。


「素敵・・・。」

ゆりかは少女漫画を読みながらうっとりする。

どうやら恋の物語らしい。

それをのばらはうんざりした目で見つめた。


「何?そんなもの読んでるの?馬鹿みたい。」

「ひばりちゃんに貸してもらったの。のばらも読む?」

ゆりかは漫画をのばらに差し出すと、あからさまに彼女は嫌な顔をした。

「気持ち悪い。どうしてそんなもの読まないといけないのよ。ひばりも相当、頭の沸いた子だけれど。ゆりか、貴女もね。」


ゆりかとのばらは正反対の性格であった。

ゆりかはどちらかというと少女趣味だが、のばらはそういった類に全く興味がない。

そのおかげか、ゆりかの暴走をのばらが冷静になっていつも制止していた。


「いいじゃない。私だって夢は見たいわ。今までそんなことできなかったし。」

「・・・・・・。」

ゆりかはふくれっ面をすると、その漫画を置いてシャワー室に行ってしまった。

「・・・本当に馬鹿みたい。どうかしてる。」


彼女たちは恋人になったものの、元々の性格が合わないだけにいつもこのような感じだ。

でも、ゆりかはそれで満足はしていた。


今までは、ゆりかを汚い汚いと言ってのばらは触りもしない上に、手を繋いだ演技が終わった後、執拗に手を洗う始末。

ゆりかの口にしたものを食べようものなら、洗面台に駆け込み嘔吐する。

だけど今は違う。

相変わらず他に対しては潔癖だが、ゆりかだけにはのばらは触ってくれる。キスしてくれる。抱いてくれる。

それだけでゆりかは幸せだった。

ずっと好きだったのばらと気持ちが通じ合っただけで、それだけで夢を見ているようだ。


だが・・・やはりそこまでいくと、もっともっと夢を見ていたいものがある。

ゆりかは、よしとシャワー室で意気込んでいた。



次の日。

放課後、のばらはゆりかと寮へ帰る支度をしていた。


「ゆりか、帰るわよ。」

のばらは律儀にも、嘘をついていた時のようにゆりかと一緒に帰ってくれる。

ただ、手を繋いだりするのは気まぐれではあったが。

とはいえ、今日のゆりかは決心をしているだけあって、一歩も引く気はない。

のばらに手を差し出すと彼女をじっと見た。


「な、何よ。」

「のばら、手。」

「えぇっ?」

「繋いでよ。今日は繋いで。」


あまりにものばらを見つめるものだから、のばらは唸りながら手を取る。

のばらは人を睨むのが大得意であるが、ゆりかに睨まれるのは苦手であった。


「わかったわよ。繋げばいいんでしょ?」

「うん。」


二人は手を繋いで歩き出す。

それを他の生徒はうっとりと見つめている。以前なら二人して「ごきげんよう。」と微笑んで言うところであるが、もう嘘はこりごりだ。

のばらは大得意の睨みをきかせて一喝した。


「こっちを見るな、馬鹿どもが!!」



「・・・あのさ、のばら。嘘はつかなくていいけど、あそこまで言わなくていいと思う。」

寮へ帰る道で、ゆりかはのばらに言う。

「ゆりかだってあの時、同じこと言ったじゃない。」

「それはそうだけど。毎回はちょっと酷いと思う。」

「何が酷いものですか。勝手に私たちの関係を妄想していた方がよっぽど酷いわよ・・・って、ゆりか?どこいくの?」

いつもは寮に帰るためにここで右に曲がる。

だが、ゆりかはのばらの手を引っ張って、校門へと向かう。


「デートする。」

「なんですって?正気?それとも私の耳がおかしくなったの?」

「のばらの耳はおかしくなってないし、私は正気。決めたの。のばらと放課後デートする。」

「はぁっ!?」


どういうことだ、なぜ今からなのだ、早く寮に帰りたい。

のばらはわめき続けたが、ゆりかはのばらを引っ張り続ける。


「そんなにデートがしたいなら、休日いくらでも付き合うわよ。だからどうして今なのよ。」

「休日じゃ駄目。放課後がいいの。」

「どうしてなのよ。」

「だって、漫画であったから。恋人同士、幸せそうに放課後デートしてたから。」

のばらは、うんざりした目で見つめる。

「ゆりか・・・何を言っているのよ。そんなこと・・・。」

「馬鹿みたい、笑っちゃうって言うんでしょ。私は馬鹿でもないし笑えない。すると言ったらするの。」


ゆりかの意気込みにのばらは何も言えなくなってしまう。

あまりこういうのは得意ではないが。

そこまで彼女がしたいというなら、別に怒る理由はない。

ゆりかが、したいというなら。

だが素直になれないのばらは、依然とイライラしながらこう付け加えようとした。


「でも、私はこんなことになると思わなかったから・・・。」

「大丈夫、心配しないで。重たいのに大きめの消毒液も持ってきたし、ウエットティッシュもたくさん準備しているから。」

「でも、私は・・・。」

「大丈夫、心配しないで。極力、のばらには変なものは触らせないし、変なものは食べさせない。」

全てを先にゆりかに言われてしまい、何も言うことができない。そこまで、ゆりかの決意は並々ならないものがあった。

今まで、自分の意志なんてあまり言わなかったゆりかなのに。


「わ、わかったわよ。だけど・・・。」

「大丈夫、心配しないで。ちゃんとやりたいことは決めてるし、寄りたいところも決めている。」

「・・・もういいわよ!!好きにしなさいよ!!」

ゆりかはのばら見てほほ笑む。

こう言ってはいるが、それほどは嫌ではないのだろう。今ならなんとなくわかる。


それからゆりかは、のばらを引っ張り続けてある店の前に立つ。

「アクセサリー・・・ですって?」

「そう、女子高生の間で人気のお店なの。」

「どうして私が、女子高生に人気の店に行かないといけないのよ。」

「だって、私ものばらも女子高生だから。」

「・・・・・・。」


もはや言葉が出てこなくなったのばらは、乗り気はしないが店へと入った。

店の中には、いかにも女子が好きそうな可愛くて綺麗なアクセサリーであふれ返っている。勿論、女子高生たちもあふれかえっている。


「駄目。私、窒息死しそう。空気がよどんでいる。みんなそのアクセサリーを触っている。私、死にそう。倒れそう。死にそう。」

「のばら、大丈夫よ。私が全部触るから。空気もドアが開いてるから大丈夫。」

「・・・・・・私が死んだら、ゆりかのせいだからね。」

「それでいいから、早く!ちゃんと選んで!!」


ゆりかは三年間のばらと一緒に同室でいたし、一年弱彼女と触れ合ってきたので、扱いには慣れている。


「・・・選ぶって何を。」

「ピアス。」


ピアス。

二人は、想いが通じ合ってからの初めてのクリスマスにお互いピアスを開け合った。

お揃いにしたかったから。同じ日に同じ時間に二人のお揃いを作りたかったという、ゆりかたっての願いだった。


「これしかないでしょ?だから、のばらともっとお揃いが欲しい。」

「・・・好きにしなさいよ。」


こればかりは、のばらも反対はできない。お揃いを増やすことはまんざら嫌でもない。

口では喚いているが、のばらはゆりかが好きだから。


「ねぇ、これは?」

ゆりかが指さしたのは、エメラルド色に光るピアス。小柄だが、きらきらと輝いている。

五月の誕生石、エメラルド。

そう値札の所に書いてある。イミテーションだが、ゆりかはそれでよかった。


「五月・・・?誕生石?」

「のばら、誕生日五月でしょ?」

「どうして知っているのよ。気持ち悪いわね。」

「それくらい知ってるわよ。私はのばらが好きなのだもの。」

「・・・でも、どうしてこれをお揃いにしたいわけ?五月は私の誕生日であって、ゆりかは三月でしょ?」

「のばら、どうして知ってるのよ。」

「・・・五月蠅い。」


これ以上追及するとのばらは怒鳴り散らすので言わなかったが。

ゆりかは嬉しくてたまらなかった。ゆりかに全く興味を抱かなかったのばらが自分の誕生日を覚えてくれている。これほど嬉しくてくすぐったいものはない。


「いいの。私、のばらの誕生日を一緒に感じたいから。いいのよ。」

「・・・好きにしなさいよ。」

「よかった。じゃあ、これにするから、私買ってくるね。」

それを聞いてのばらは制止した。

「いい、私が買ってくる。」

「え・・・?いいよ、のばら。私が無理矢理誘ったのだし。」

「私がそんなに貧乏に見えるの?私だってそれくらいは持ってる。」

憎まれ口をたたいているが、これものばらなりの愛情表現なのだろう。

ゆりかは、にこにことのばらを見つめている。

それが恥ずかしかったのか、のばらはピアスを指さして言った。


「私が買うけれど、それは・・・。」

「大丈夫、心配しないで。私がレジまでもっていくし、帰ったらちゃんと消毒する。」

「そうしてくれる?」

そう言うと、のばらは少しだけ微笑んだ。

その顔を見てゆりかも思わず同じ表情になった。


と、その時だ。

ゆりかの動きが止まる。


「どうしたの?」

「なんだか・・・目線を感じる。私、何か悪いことしたのかな?何か悪口でも言われてるのかな・・・。」


ゆりかの悪い癖。これは、のばらの潔癖と同じでなかなか直らない。

常に周りを気にしてはマイナス思考に走る。

以前までは一人で悩んでいたが、今は違う。


「馬鹿ね、よく聞きなさいよ。よく見なさいよ。ゆりかなんて誰も見てないわよ。」

「え・・・でも。」

「みんなどうせ、私を見ているんでしょ。女の子って私みたいなのが好きなんでしょ?」

のばらは背も高く、ショートカットで美人。

男の人よりかっこよくて、やはり何より美人。確かにこういう容姿は女子には受けるのだろう。


「のばら・・・ごめんなさい。」

「まぁ、ゆりかもそこそこ綺麗だから、見ているのかもしれないけれど。学院の生徒と同じで勝手に憧れているのよ。馬鹿みたい、笑っちゃう。そんなやつら放っておけば?そんなに気になるなら、さっきみたいに一喝してあげるわよ。」

「そ、それはやめた方がいいと思う。」

「残念。」


今はのばらがついているし、助けてくれる。

こんなにも今は心強くて、こんなにも今は幸せだ。


それから、のばらは勘定を済ませると、腰に手を当てた。

「で、次はどこに行くの?どうせ、まだあと一か所くらいは行くのでしょう?」

「そうなの!のばら!!行きたいところがあるの!!」

「・・・好きにしなさいよ。」


だが、そうは言ったものの。

のばらは口を開けたまま唖然とする。


「ゆ、ゆりか・・・。」

「何?」

「貴女、私に変なものは食べさせないって言ったわよね。」

「言ったよ。でも、これは変なものじゃないもの。」


のばらの目の前にはテイクアウトのクレープ屋があった。

いかにも女子高生の好きそうな。


「それ、私に食べろって言うんじゃないでしょうね。」

「食べようって言うつもり。」

「私、外で買い食いはしないの。」

「そんな小学生の規則みたいなこと言わないでよ。」

「私の規則なのよ!私は、食べない。買わない。一切、触らない!!これだけは譲れない。」

「・・・・・・。」


以前、夏祭りに行ったときはしてくれたのに。

でもよく思えば、あれは嘘をついていたのばらか。

ゆりかは、うーんと考えたが、こういう時のばらは絶対譲らない。

それなら、こうする。

ゆりかは、いったん折れたように見せかけることにした。


「じゃあいいよ、私が一人で食べるから。」

「そうして。私を殺さないで。頼むから。」


のばらはこういう時、理性と知性を失う。

あんなにいつもは冷静な判断をする癖に、急に馬鹿みたいな思考と言動をする。


「買ってきた。」

「美味しいかは聞かない。どうせ、沸いたような答えが返ってくるのだろうから。」


どこまでも雰囲気を作らないのばらである。

でも、それならば作るしかない。

ゆりかは苺のクレープを一口食べると、のばらに差し出した。


「な、何よ。」

「食べて。のばらも食べて。一緒に食べようよ。」

「なぜ?私がそんな汚いものを・・・。」

「私は食べてるものは汚くないし、私の食べた後のものってそんなに汚いの?また、私のこと汚いって言うの?」

「そ、それは・・・。」


以前なら迷うことなくそうだと言い切っていたのばらだが、彼女も今は違う。

ゆりかのことは信じたいし、彼女の触ったものを汚いとも言いたくはない。

それに、どういうわけか彼女を通したものには何とも思わない。

もう、ゆりかを傷つけたくはない。


「・・・少しだけよ。」

「うん、美味しいよ。」


不機嫌そうにのばらは言うと、髪を耳にかけながらそれを口にした。

これは昔からゆりかは思っていたが、のばらが何かを食べる様は色っぽい。

のばらが舌を出して食べる姿が、なんとも・・・好きだった。


「美味しい?のばら?」

「うーん。甘い。」

「もっと食べる?」

「いらない。」

「つまらない。」


そんな淡白な会話をしていると、のばらはゆりかの顔をじっと見つめた。

「どうしたの?のばら。」

「ゆりか、口元にクリームついてる。馬鹿みたい。」

「えぇ!?」


驚いて口元を拭こうとすると、その前にのばらが顔を近づけてそれを舐めた。


「の、のばら!?」

「みんな、こういうの好きなんでしょ?ゆりかの読んでた頭の沸いた漫画に描いてたから。」

「読んだの!?」

「一般教養的に知っておこうと思って。ゆりかが読んでるなら。」

「のばら!!」

「だけど結構辛かったから、もう読まない。」

のばらは不機嫌そうな表情だったが、ゆりかの表情は緩んだままだ。

にこにことのばらを見る。

「何よ。」

「ううん。そういうのばらが、私、好きだなって思って。」

「・・・勝手に思っておきなさいよ。」

そう言うと、二人は手を繋いで歩き出したのだった。

なんだかんだで二人は上手くいっている。


寮への帰り道。

ゆりかは不意にくしゃみをした。


「寒いね、今日は。」

「ゆりかが軽装すぎるのよ。マフラーくらい巻いてきなさいよ。」

そう言って、のばらは自分のマフラーをゆりかに巻いてあげた。

今はそんな優しさが、ゆりかはひとつひとつ嬉しい。

昔の二人では想像できただろうか。


「何?まだ寒いの?」

「急には暖まらないよ。」

「じゃ、もう少し暖めてあげる。」


のばらはゆりかの頬に触れると、そのまま彼女に口づけた。

のばらの手は冷たいが、唇は暖かい。彼女の吐息も暖かい。

そして、急にそんなことをされたら。

ゆりかの熱も上がる。


「暖かくなった?」

「え・・・。あ・・・う、うん。」


のばらは時々こういう不意打ちをする。

その度に、ゆりかはずるいと思っていた。

どんなに怒鳴り散らされようが全て帳消しにされる。


「のばら!」

「何?」


ゆりかは、のばらの手ではなく腕を抱きしめて歩き出した。


「これだったら、もっと暖かい。」

「馬鹿みたい。だけど、まぁ・・・そうね。」


二人、微笑みながら帰りだす。

昔もそうやって微笑みながら嘘をついてきた。

でも、今は全部本当の気持ち。

それが今、お互い幸せでたまらなかった。


ゆりかとのばら、幸せな日々。

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