支離滅裂

あきかん

 

 朝、目が覚めると雪が積もっていた。

 窓を開けて外を見ると、しんしんと降る雪の中で、尻にネギを刺した近藤さんが裸で踊っていて、そんなことをしていても体調は良くなりませんよ、と声をかけてはみたもののこちらに興味を懐かれても困るので、俺は急いで窓を閉めた。

 朝から嫌なものを見たものだ。お湯を沸かしてお茶をたてよう。小鉢の中の木炭がパチパチと音をたてる。肌寒い朝には身に染みる暖かさだ。

 バタン!とドアが開く。

「誰だ!」

 と、声を掛けると

「玉を寄越せ!!!」

 と、包丁を振り上げた女が立っていた。

 玉。玉とは金玉のことか。カッパなら尻子玉だがこの女は何を狙っているのか。俺が持っているたまなぞ、やはり金玉しかない。

「人の玉をとっても男にはなれんぞ」

 一応諭してみるも、女は聴く耳をもたない。そもそもこいつの目的がわからない。

「去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよ去勢せよキョセイセヨキョセイセヨキョセイセヨキョセイセヨきょせいせよキョセイセヨ去勢せよきよ勢去せいキョセイきょせい……」

 と、呟きながら襲って来た。振り上げられた包丁が真っ直ぐ下りてくる。

 起き上がる時間はない。横へ転がりなんとか躱す。包丁は床を切りつけた。

 その空きに俺は立ち上がる。女はそれに合わせて包丁を刺してきた。

 剣道三倍段とはよく言ったものだ。このまま殺されるしかない。ならば、一撃。最後の抵抗。喰らうがよい、我が拳!

 女に向かって真っ直ぐ拳を突き出した。包丁とほぼ同時に決まる。頬骨を砕く感触と腹に包丁が刺さる感触が同時に訪れた。

 これで良しとしよう。精一杯、俺はやった。

「嗚呼!!殴られた。ドメスティックバイオレンス!ミソジニー!!女性差別よ!!死ね!!このクソ男が!!」

 ぽーぽーと薬缶から湯気が上がる。それはもくもくと辺りを白く霞めて霧散していく。俺の視界も徐々に白くなってきた。これで終わりか。諸行無常、南無三。











 と、思ったのだが再び目が覚めた。目の前には白いローブを着た爺が立っていた。

「なんですか、あなたは。」

 と、私は尋ねた。

「お主は死んだ。しかし、あの死に方は余りにも理不尽だと思ってな。蘇らせてあげようかと考えている。何か希望の世界はあるか。」

「尻にネギを刺して踊る男や意味不明な言葉を叫んで殺しに来るような女がいない世界なら、何処でも。」

「ならば、お主にあった世界に蘇らせてあげよう。ちょっと思考を読ませてもらう。」

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 えらく沈黙が長くないか。まぁいいか。そんなことよりメス男子について考える。未だにわからない問題があるのだ。

 メス男子と女の子が付き合った場合、それは百合なのかそうではないのか。我が師はそれは百合であるといった。つまり、メス男子は本質としてメスであると。しかし、おちんちんを如何に評価するべきか。メスには童貞は捨てられない。童貞をメス男子が捨てた時点でオスとなってしまうのではないか。その疑問にも師は答えた。何もメス男子はセックスで童貞を捨てるとは限らない。処女を喪失するだけで終わることもある。なるほどそうかも知れぬ。ならば、メス男子が男と付き合ったのならそれはBLなのかと。師は答えた、BLであると。おちんちんを持っているのならばそれはオスである。謎は深まるばかりであった。

 メス男子という物質は見る者によって性質を変える。そしてまた、関係性においてもその性質を変えるのだ。はたしてこのような性質の物体をなんと呼べば良いのだろうか。量子的な存在は観測することでその性質が決まるという。しかし、メス男子はその限りではないということだ。常に変化する。

 メス男子の観測者問題と仮に名付けておこう。この問題に未だ答えが見いだせない。観測するたびにメス度が変化するメス男子であるが、本質としてメス男子であることに変わりない。と、するのならば根源的な問題は観測者自身にあるのではないのか。それは心理学の観測者問題と類似した問題意識でもある。

 メス男子は変わらない。しかし、観測者のバイアスによってその見え方が変わるのだ。ならば問題は男女二元論に捕らわれた自分にこそある。メス男子の多様な生態をオスだメスだといった雑把な枠組みにハメることはできないのだろう。

「愚かなり。余りにも愚かな思考だ。」

 爺が突然喋りだした。待て、今漸くメス男子の深淵が見え始めたところなのだ。

「お主はいつもそんなことを考えているのか?」

「いや、日に15時間程度だ。夢にまでは出てこない。」

「お主はメス男子に成りたいのか?それともメス男子に好かれたいのか?」

「どちらでもない。ただメス男子の存在そのものが気になって仕方ないのだ。」

「お主に付き合っていると儂のほうが狂いそうだ。すぐに転生できる世界へと送ってやるわい。」

 爺の声を聞くとまた視界が白く塗りつぶされていく。私はまた意識を失った。


 再び目が覚めると、ロボットに成っていた。アンドロイドではない。ターミネーターのように人間と見分けがつかないわけではなく、こてこてのロボットの外見をしている。

 駆動部を覆う厚い装甲と丸みを帯びたシルエットをした身体はロボット娘と呼んで相違ないだろう。

 脚を見た。スラッと真っ直ぐ伸びたニ本脚にぼくは、深い絶望の淵に立たされた気分だった。

 何故何故何で逆関節ではないのか。いや、そもそもロボットであるにも関わらず真っ直ぐ脚が伸びていなければならないのか。

 嗚呼、神よ。どうしてお前はここまで愚かなのか。ロボット娘といえばチキンレッグだろう。なのにどうしてこうも醜い脚を付けたのか。

 賢明な読者諸君はご存知だろう。チキンレッグあるいは鳥脚と呼ばれる脚部の分類を。

 当初の逆関節型脚部は、その名の通り脚の関節を逆にしただけの味気ないものであった。膝が後ろに突き出された歪な形は醜く不安感を抱く品物であった。

 しかし、革命が起こる。チキンレッグの登場だ。構造自体は単純だ。ほとんどの獣にみられるような爪先立ちをした脚部の事を俗にチキンレッグという。わかりやすく言えば、S字を描いた脚部の事だ。この脚部の素晴らしい点は、膝が前に来るということだ。それは次の事を意味している。臀部が現れるのだ。

 逆関節であって臀部を獲得したロボットを見て人々は歓喜した。また、太ももの存在感とか細い足の非対称性すらチキンレッグは持っていた。これをエロい意外の言葉で表現する語彙をぼくは持ち得ない。

「やぁ彼女。そこのスタンドで一杯どうだい?」

 突然、男に声をかけられた。ぼくは即座に自分の武装を検索し、最速でそいつを仕留める攻撃を選択した。

 右手が槍へと変わる。それを男の胴体に突き刺した。

 バスン!とエアが抜ける音が辺りに響いた。パイルバンカーという武器を使用したのだ。

 男は無惨に床に伏した。ぼくはチキンレッグを手に入れる旅を歩みだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

支離滅裂 あきかん @Gomibako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る