第13話 姉妹

「答えになってねぇな。大切だったら、それこそ結婚でもして守ってやれば良かっただろうが」


 こいつは八王子家の長男。

 いずれはその家すべてを担い、日本で起きる大抵のことから守ることが出来る立場の人間だ。


「だって、冬華は俺を望んでいなかったから」

「……じゃあ、妹の方は?」

「夏姫は本気で俺のことを想ってくれてるよ。だからあの言葉は全部本心なんだ。今時政略結婚なんかで縛られるなんて、馬鹿らしい」

「……お前ら、面倒だな」

「仕方ないよ。『そういう家』に生まれたんだからさ」


 結局のところ、こいつはこいつで自分の望みのために動いたってことだろう。

 その結果、九条さんは屋上で泣いたが、それが将来のためになるからだと思って……。


「俺は、お前みたいなやり方は好きじゃない」

「そっか……でも僕は、君みたいな人間は嫌いじゃないよ。特に、約束は死んでも守るその姿勢がね」

「……お前」

「なにを、とは言わないけどね」


 八王子家は昔からの名家。

 当然俺のことも調べているということだろう。


 それはつまり、あの屋上で俺がいつも昼寝をしていることも……。


「俺はただ、冬華に幸せになってもらいたいだけだよ。そのうえで、最善を尽くしただけさ」

「俺が九条さんを見捨ててたらどうするつもりだったんだよ」

「そうならないと思ったから、君を中心に色々と動いたんだ」

「……本当に面倒なやつだな」


 俺の性格も過去も全部知ってるということだろう。

 そのうえで、見捨てないと判断しての行動。


 こうなると、九条さんが勘当されたってのも案外この腹黒男が間に入ってる可能性もある。


「いちおう言っておくと、ここまで上手く行くとは俺も思ってなかったんだ。ただ少しでも彼女があの家から離れられれば、それでいいと思っていた」

「……」

「君の性格が、情報通りで良かったよ」

「俺はただ、切っ掛けを与えただけだ」

「その切っ掛けのおかげで九条家はもう二度と冬華に手出しが出来なくなった」


 それはきっと、あの大家さんのことを言っているのだろう。

 俺が一之宮の家から逃げ出したときも、あの人は助けてくれた。


 桜さんの古くからの友人だってことで頼ったら、本当に日本で一番の名家である一之宮が手を出せなくなったのだ。


 いったい何者なのかわからない。だがそれを深く聞く必要はないと思っていた。

 ただ俺と光太の恩人であると、その認識でよかった。


「あとはまあ、冬華次第だ。もう家に縛られることもなく、ただ自由に生きればいい」

「それを俺に言ってどうするんだよ」 

「どうもしないよ。ただ、少しでも彼女のことを想ってるなら、手助けをしてあげて欲しいって思ってるくらいだ」


 ――もう俺と夏姫は、あの子を助けてあげられないから。


 八王子は自嘲気味に、どこか後悔しているような顔でそう言う。


「来週から学校も始まるけど、冬華のことよろしくね」

「……一つだけ」

「ん?」

「学校じゃ、お前が浮気をして九条さんに振られたことにしろ」


 ――それが、お前に出来る最後の手助けだ。


 そう暗に込めて言うと、俺の言いたいことを理解したのか八王子はおかしそうに笑う。


「いいよ。ほとんど事実だからね」

 

 そうして八王子は俺から背を向けた。


「それじゃあ一ノ瀬、また来週学校で」

「俺はお前と学校でなれ合う気はないぞ」

「それでも、同級生だからなにかしらで関わるさ」


 そうして公園から出ていく八王子を見送り、俺は視線を横に向ける。


「で、いつまでお前はそこにいる気だ?」

「あれ? もしかしてバレてた?」

「最初からな」


 木の影から出てきたのは、九条さんの妹の夏姫だった。

 どうやら八王子は気付いていなかったらしいが、俺の位置からだと結構分かりやすくてすぐ気付けた。


「お前らの考えはわかった。で、いいのか?」

「んー、なにがかなぁ?」

「姉と喧嘩別れをしたままでってことだよ」


 俺の言葉に一瞬きょとんとした顔をした後、九条は思い切り笑い出す。


「あははー。いいよいいよー。私たち姉妹って、昔からそうだったんだから今更だって」

「ふぅん」

「お姉ちゃんのもの、全部私が持って行っちゃってさ。もちろん悪気なんてなかったんだけど……でも仕方ないよね」


 ――姉の物って、欲しくなるのが妹ってものでしょ?


 そう小悪魔的に笑う姿はどこか煽情的で、おそらく大多数の男はこの彼女に堕とされることだろう。

 ただ俺はどちらかというと、九条さんの方が好みなのであまり興味を持てなかった。


「だから私にお姉ちゃんが怒るのは仕方ないし、きっとこれは一生ものだからいいんだよー」


 そういえば、屋上でもなんか訳ありっぽい二人だったな。

 とはいえ、そこまで俺が踏み込んでやる必要はないだろう。


「まあいいけど……いつか大人になったら話し合えよ。血の繋がってる姉妹なんだったらさ」

「くふふ。そうね、いつかそんな機会があったらそうしてみようかなぁー」


 楽しそうに俺を値踏みするのは、どういうつもりだこいつ?


「うーん、いつもならお姉ちゃんのものは欲しくなるんだけど、何でだろ?」

「なにがだよ」

「一ノ瀬くんは、いらないかなぁって」

「あっそ。俺も別にお前に貰われたいとは思わないから別にいいがな」


 俺は元々、こんなギャルっぽいやつより桜さんみたいな大和撫子の方が好きなんだ。

 だから九条さんならともなく、こいつを選ぶことはない。


「むぅ、そう言われるとちょっとショックかも。まあいいけどさぁ」

「というか、いつまでここにいるつもりだよ」


 スマホを見ればもう十時を回っていた。

 思っていた以上に八王子やこいつと話してしまっていたらしい。


「もうこんな時間かぁ。あの家には帰りたくないんだけどなぁ」

「だったら八王子の家にでも転がり込めよ」

「そこは俺の家に来いよ、っていうところだよ?」

「俺とお前は赤の他人だろうが」


 うーん、と何かを考える九条は、ふとなにかを思いついたようにニヤニヤ笑う。


「もしかしたら義理の妹になるかもしれないじゃん」

「俺と九条さんはそういう仲じゃない」

「えぇー! でもお隣に住んで、色々と世話とかもしあってるんでしょ? それに、あの日一緒に買ったのって下着だよねぇ。お姉ちゃん、無意識みたいだけど結構エッチな――」


 俺は途中で耳に当てて聞かないようにする。

 ただでさえ最近ちょっと意識してしまってることなのだ。

 これ以上はまた夢に出るかもしれない。


「ふふふー、いいねぇ。良い感じの反応だよ一ノ瀬くん」

「お前うるさすぎ。九条さん呼んでグーパンチさせるぞ」

「それはそれで面白そうだけど、今は遠慮しておこうかなぁ……」


 そうして俺から離れ、そのまま駆け足で公園の外に出る。

 そして軽く振り返ると――。


「お姉ちゃんのこと、泣かしたら教えてねー」


 それだけ言って去ってしまった。


「そこは普通、泣かしたら許さない、だろうが……」


 まったく、変な奴らだ。

 結局のところ、あいつら二人とも九条さんのことを想っての行動だったのだろうが……。


「やり方が不器用すぎるんだよ」


 とりあえず、なんか疲れたと思い、なでしこ荘に戻る。

 

 すると、入り口には意味深に立っている大家さんがいた。

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