第12話 思惑
光太と九条さんが一緒に公園で遊んでいる間、俺は大家さんのところにやってきていた。
「で、最近はどうなの瞬くん?」
「どう、ってなにがですか?」
「それはもちろん、冬華ちゃんとの関係よぉ。若い男女が毎日一緒にいたら、なにかしら進展もあるでしょ?」
くねくねと身体を揺らしながらニヤニヤ笑う姿は、率直に言って結構エグい。
だがエグいというとまたショックを受けるので、とりあえず今回は自重しようと思う。
「別に、九条さんとはなんにもありませんよ」
「えぇぇ? あ、もしかして瞬くんも男がいい派? だったら私が――」
「それ以上言ったらぶっ殺しますよ?」
「こわっ」
ちょっとガチトーンで怯えられるが、正直先ほどの発言の方がよほど怖い。
だって大家さん、俺『も』とか言いやがったし。
「まあそれは冗談として、実際あれから色々動いてるみたいね」
「……九条さんの周りをですか?」
「ええ。このなでしこ荘にも怪しいのがうろちょろしてるし……まあ全員捕まえてお仕置きしたけどねぇん」
だからこの人、最近肌の艶がいいのか。
まあ九条家の命令だろうけど、実際に掴まった人たちはご愁傷様だ。
「というか、なんで勘当したのに色々動いてるんですか?」
「それがどうも、内部で結構派閥があるみたいでね。冬華ちゃんを勘当したのは本家の人間だけど、内部で結構揉めてるらしいの」
「派閥、ねぇ……」
その本家の人間は屑だとしても、どうせ敵対派閥の方も碌でもないに決まってる。
「ってことは、九条さんにはまだ色々と使い道があるとか、そんな風に考えてるわけか……」
「ねえ瞬くん。あんまりひねくれた考えばっかり持ってると、将来大変よぉ?」
「じゃあ違うんです?」
「違わないんだけどね」
ほれ見たことか。
名家の人間、特に古くからいるやつらの考え方なんてそんなものだ。
「おおかた、九条さんをまた別のところに婚約させるとか、そんなつもりだったんですよね?」
「だからそんな考えばっかりしたら駄目よぉ。まあ、その通りなんだけど」
あまりに予想通りすぎて呆れてしまう。
なんにせよ、やはり九条家はややこしい家らしい。
「ところで、動いてるのは九条家だけですか?」
「あら? どうしてそう思ったのかしら?」
「いや、なんとなく……」
――ただ君といると知れたら、それで充分だ。
以前ショッピングモールでの、八王子の少し言葉が気になっただけだ。
その日の夜、俺のライムに一件のメッセージがやってきた。
「……」
「にいちゃ?」
俺が険しい目で見ていたからか、光太が不安そうに見上げてくる。
「なあ光太。ちょっと急にバイト行かないといけなくなったから、九条さんのところで待っててくれるか?」
「……うん」
俺の言葉になにかを感じ取ったのだろう。
普段はあまり俺から離れたがらない光太だが、素直に頷いてくれた。
部屋を出て、九条さん部屋のチャイムを鳴らす。
出てきた彼女はお風呂上がりだったらしく、先日買ったパジャマ姿だ。
「どうしたのですか一ノ瀬さん?」
「悪い、ちょっと急なバイトで出る必要があるから、光太預かっててくれないか?」
「え? それはもちろん構いませんが……」
いきなりの話で困惑している。
当然だろう、時刻はすでに八時を回っているし、高校生がしているバイトでこの時間から呼び出されるなど普通はない。
だが俺が急いでいる様子だったからか、あまり深く考えずに光太を家に入れてくれた。
「さて……」
そのまま俺は一人でなでしこ荘を出て歩く。
目的地は、九条さんを見つけた公園だ。
俺が辿り着いたとき、公園の街灯の下には一人の男が待っていた。
「やあ……」
「おう……」
学校一のモテ男であり、九条さんの元婚約者である男は、いつもの柔和な笑みとは違うどこか真剣な表情をしていた。
先ほどのライム、それはこの男からのものだったのだ。
「なんでお前が俺のライム知ってるんだよ」
「八王子家の力を使ったからね」
「ったく、お前ら金持ちにはプライバシーを守るってもんがないのかよ」
まあ、ないのだということは知っていたが。
「悪いね。どうしても君に話しておきたいことがあったんだ」
「……こっちはねぇんだけど」
「冬華のことで」
人の話を全く聞こうとしない。
だが、九条さんのことと言われて、俺も少し反応をしてしまった。
それを目敏く気付いた八王子は、少し笑みを深くする。
「どうやら聞いてくれるみたいだね」
「こっちはまだ小さな弟を置いてきてるんだ。手短にしろよ」
「ああ……一之宮の家の――」
「その話、いるか?」
「おっとすまない。そうだね、今日は冬華のことを話そうと思っていたんだ」
俺が睨んだからか、八王子は両手を上げて降参のポーズをとる。
普通のやつがやったらアホみたいだが、こいつくらい顔が整っているとドラマに出る俳優のようにも見えるからムカつくところだ。
「さて、冬華の件だが、君も不思議に思ったことは結構あるんじゃないか?」
「あの屋上の、三文芝居みたいな婚約破棄も含めてか?」
「……気付いていたんだ」
「後からだけどな」
そもそも、あんな場所で婚約破棄をすること自体がおかしいのだ。
だって学校の、それも昼休みだぞ?
普通そんな場面で家のこととか、色々と重要な出来事に繋がる婚約を破棄するなんてあり得ないだろう。
「で、お前らの言動とか色々思い出してたら、違和感ありまくりだった」
俺はあの日の言葉を思い出す。
『冬華、もういいんだ……俺たちは昔から結婚することを決められてたけど、お互いただ義務だけで傍にいただけだった』
『これで九条家と八王子家の繋がりは盤石だし、君がこれ以上苦しむ必要もないんだ』
『もう家のことは私たちに任せて、お姉ちゃんは自由に生きたらいいからねー』
どれもこれも、婚約破棄をしたという事実がなければ、九条さんのことを心配しているような内容ばかり。
つまりこいつは――。
「九条家から九条さんを引き離そうとしたんだろ?」
「その通り。あの家は、本当にもう腐りきってるから」
「……なんであんな回りくどいことをした?」
こいつと、妹の九条は恐らく共犯者。
だとしたら、最初から二人揃って九条さんに事情を説明すればいい。
「俺も、夏姫も、冬華が大切だからだよ」
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