第11話 幸せな日々

 木目調のフローリングに大きなテレビ、窓の外からは景色を一望できる、高級ホテルのような部屋。

 気付けば、そんな部屋のベッドの上で横になる若い女性の前に俺は立っていた。


 ――ああ、これは夢だな。


 胸からこみ上げてくる感情を抑えながら、冷静に今の状況を理解した。

 目の前の女性とはもう二度と会えるはずがないのだから。


「瞬くん……ごめんね」

「桜さんは気にしないでください」


 女性――桜さんの言葉に俺の口が勝手に動く。

 どうやら夢だからと自由に出来るわけではないらしい。

 

 どうせ過去の出来事を見せられているだけなら、もっと幸せだったころの過去を見せてくれたらよかったのに……。


「俺が勝手にやるだけですから」


 桜さんのベッドには、もう一人。

 小さな、まだ一メートルにも満たない子どもが眠っている。


 桜さんにぎゅっと抱き着き、離れるなんて絶対にしないという強い意思を感じさせた。


「この子、大きくなったらどんな子になるのかしらね?」

「……どんな子に育って欲しいですか?」

「そうね……色々思うけど、でも自由に笑顔を絶やさないような、元気な子で育ってくれたらいいかしら」

「わかりま――」

「あ、でも!」


 俺が頷こうとしたら、彼女が言葉を遮ってきた。

 そして先ほどまでの苦しそうな顔から一変して、とても穏やかな、優しい微笑みを浮かべる。


「もし一番にこうなって欲しいっていうならあるわ。それはね――」


 ――瞬くんみたいな、誰よりも優しくて強い子育って欲しい。


「……俺はそんなやつじゃないです」

「そんなことないわ。君はとても優しい。今もこうして私のところにきて、この子を守ろうとしてくれてるもの」

「それが俺の役目ですから」

「貴方以外はもう、みんないなくなっちゃったのに? 本当は、本家の方にも呼び出されてたんでしょ?」

「……」

「ふふふ、本当に昔から君は不器用ね。だけど私、そんな君の不器用さ、好きよ」


 桜さんの手が俺の頭を撫でる。

 昔からこの人は、俺のことを子ども扱いするし苦手だった。

 隠そうとするものを、すべて曝け出させられそうになるから……。


「俺みたいになったら、こいつ絶対苦労しますよ」

「あら? そんなことないわ。瞬くんみたいになったらきっと、女の子にもモテモテで、色んな人に頼られる凄い子になるもの」

「今の俺を見てなんでそんな風に思えるんですか? まったく……」


 中学でも友人がいない俺になんてことを言うのだこの人は。


「でも、桜さんがそう望むなら……優しくて強い子になるように育てますよ。俺みたいにはならないようにしますけどね」

「あはっ、あはははは!」


 ちょっとひねくれた言い方をしたら、彼女はおかしそうに笑う。

 彼女のこうした笑みが、俺は好きだった。


 これは恋愛感情じゃない。どちらかというと――。


「ん……まま……」

「あ、起きちゃった」

「そりゃまあ、目の前であんなに笑ったら起きますよ」


 のそのそと動き、彼女の上半身にコアラのように抱き着く。


「ままぁ……」

「あらあら、甘えん坊さんねぇ」


 カーテンの隙間から木漏れ日が入る。

 二人を照らすその光はとても温かく、窓の隙間から入る風はとても心地いい。

 優しく我が子を抱きしめる桜さんを見て、この幸せな光景がずっと続けばいいと、そう思っていた。


 

 

 トントントン、と小さな音が聞こえてくる――。


 目を覚まして身体を起こし、いつもなら光太が突撃してくるはずなのに珍しいなと思っていると、キッチンに和服姿の女性が立ち、その下から見上げる光太の姿があった。


 それは、俺がずっと見たいと思っていた光景……。


「……桜さん?」


 俺の呟きに反応するように、女性が振り返る。


「一ノ瀬さん、起きたのですね。おはようございます」

「……九条さん?」

「はい」


 さっきの夢のせいか、九条さんと桜さんをつい重ねてしまった。


「なんでここに……」


 そう言いかけて、そういえばいつ来ていいと鍵を渡したんだった。

 俺としても光太を一人にしないで行動できるし助かると思ってだったのだが、まさか昨日の今日で来るとは思わなかった。


「今日もバイトじゃなかったっけ?」

「夕方からなので、今のうちにご飯を作っておこうか」

「そっか。助かる」


 GWもすでに四日が過ぎ、彼女は毎日モデルのバイトに勤しんでいる。

 最初のころはどうなるかと思ったが、元々の器量はもちろん、彼女の知識は専門家も舌を巻くほどらしく、大変重宝されているらしい。


 彼女が隣に住んでからというものの、こうして一緒に過ごす時間は多い。

 単純に光太が懐いているというのもあるし、俺としても色々と手助けをしてもらっているので助かっているのだが……。


「この光景は、学校のやつらに見られたらヤバい」


 朝起きたら、学校で一二を争う美少女がエプロン姿で手料理を出してくれるなど、どこのギャルゲだと思うのは仕方がないだろう。


「どうされました?」

「いや、なんでもない」


 ご飯とみそ汁、そして焼き魚に卵焼き。

 和を詰め込んだような美味しそうな朝食を見て、つい先日料理は出来ないだろうと決めつけてたのを反省する。


「前にポンコツっぽいとか言ってごめん」

「なぜ今このタイミングでそれを言うのかわかりませんが?」

「いや、絶対料理とかできないと思ってたから」


 ちょっとだけ目が怖い。

 前だったらこんな風に怒ることはなかったが、俺に慣れてきた証拠かもしれない。


 食べてみると、なんというか懐かしい味がした。

 俺はあんまり和風の料理をしないので、少し新鮮だ。


「おいしー」

「ふふ。光太さん、ありがとうございます」


 嬉しそうに笑う光太を見て、そういえば元々こうした和風料理が好きだったなと思い出す。

 桜さんがいなくなってから、俺もそっちを無意識に避けてた部分もあったが……。


「今度勉強するか……ん?」


 なんか変な視線を感じて九条さんを見ると、妙に圧のある視線でこっちを見ていた。

 なんだ? と思っていると――。


「その……お口に合わなかったでしょうか?」

「え?」

「神妙なお顔をしていましたし……」

「ああいや。ちょっと色々と考えこんじゃってたけど、凄い美味しいぞ」

「良かった」


 ホッとしたように笑う仕草はとても柔らかく、まさに大和撫子と言った風だ。


「……九条さんはいいお嫁さんになるな」

「っ――⁉」


 俺がそう言った瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まる。

 そして和服の袖で目元を隠す仕草が、なんとなく子どもっぽいなと思ってつい笑ってしまうのであった。

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