第10話 家族

「へぇ。お姉ちゃん、結構元気そうだねぇ」

「っ――⁉」


 九条さんの顔が強張っている。

 おそらく今一番会いたくなかった二人だから当然だろう。


 九条夏姫の言葉は姉を心配しているものではなく、どこか侮蔑的な雰囲気。

 噂では社交性に優れて誰に対しても明るい女子だと聞いていたが、とてもそうは見えなかった。


「冬華、家を飛び出したと聞いて心配したけど、元気そうでなによりだよ」


 それに対して八王子は、九条さんのことを本気で心配している感じがする。

 ただ、こいつが言ってる内容と九条さんの話は食い違っていた。


 ――まあ、どっちが本当のことを言ってるとか、どうでもいいけど。


「光太、おねえちゃんと一緒に買い物行ってきてくれるか?」

「……うん! いこお姉ちゃん!」

「ぁ……」


 光太に腕を引っ張られ、九条さんはただ言われるがままに足を動かしていく。


「あ!」

「……」

 

 その様子に二人がなにかを言いたげに手を伸ばそうとするが、俺がその間に入ったせいでその手を止める。


「ふぅん……」


 妹の方の九条が俺を興味深そうに見てきた。


「なんだよ」

「べつにー。ただお姉ちゃんとどういう関係なのかなぁって」

「ただのクラスメイトだよ」

「そっかそっかー。くふふふふ」


 なんというか、悪魔めいた笑い方をする女だ。

 誰だこいつを明るくて誰に対しても優しい女子だとか評価したやつ。


「まあお前らみたいな有名人からしたら、俺なんて知らないだろけどな」

「知ってるさ。一ノ瀬瞬、だろ?」

「あ?」


 自慢じゃないが、他クラスに名前が広がるようなことはしてないはずだ。 

 なのになんで一度も一緒のクラスになってないのに、俺の名前を知ってるんだこいつ?


「それで一ノ瀬、今のはどういうことかな?」


 八王子の声にはどこか棘がある。まるで俺の行動を咎めるような雰囲気で……。


 ――そういえば名家のやつらって、こういうやつらだったな。


 こいつらは己を天上人とでも思っているのだ。そして他の人を自分と対等とは思っていない。

 だから自分のやることは全部正しくて、間違いを指摘すればすべて相手が悪い。

 

「どういうもこういうもねぇだろ。お前が一方的に九条さんを振ったのは、まあいい。代わりの相手がそこの九条なのも、妹ってのはどうかと思うがそれもまあいい。だがな――」


 俺は少し威嚇するように二人を睨む。


「わざわざ傷付けた相手に対して、当たり前みたいに近づくのはどうかと思うぜ」 

「へぇー……」


 少し楽し気に目を細めながら感心した声を上げる九条とは対照的に、八王子は感情を消した瞳でこちらを見る。

 共通しているのは、俺という存在を見定めるような、そんな視線。


「なんだよ?」

「べっつにぃ……ただ一ノ瀬くんは、お姉ちゃんのことを――」

「夏姫、もういいよ」

「おっと……」


 口を押えてからからを笑う姿はこちらを馬鹿にしているようにしか見えない。


「とりあえず冬華は今、一ノ瀬と一緒にいるってことでいいんだね?」

「さあな。答える義理はないし、お得意の金を使って調べればいいんじゃねえの?」

「いや、そこまでしなくてもいいよ。ただ君といると知れたら、それで充分だ」

「あ? どういう意味――」


 俺が聞き返すよりも早く、八王子は背を向けて歩き出す。

 

「あ! ちょっと翔くん、待ってよー」

「お、おい!」


 別に引き留める理由はない。ないのだが、なんとも不気味な態度をとる二人に俺はつい声をかけてしまう。


 八王子はまるで聞こえていないようにそのまま歩いて行くが、九条は足を止めて振り返る。

 そして――。


「一ノ瀬くんって、噂通り結構いいね」

「は?」

「まあでも、やっぱり私は翔くんの方がいいかなぁ」


 それだけ言うと、再び背を向けて八王子に向かって走り出した。


「……なんだあいつら?」


 なんとなく腑に落ちない部分は多かったが、これ以上追及しても仕方ないだろう。

 とりあえず九条さんと光太と合流しようと思ってスマホを取り出し――。


「……そういえば九条さんと連絡先も交換してなかったな」


 光太にはまだ持たせてないし、九条さんもそもそも持ってない可能性がある。


「これは、今後のことも考えて買うことも検討しないとなぁ」


 彼女だって今後、バイトや学校でスマホを使う機会があるだろう。

 現代でスマホがないのは致命的なのだ。


「とりあえず二人がどこにいるかはわからないが、探しにいかないと……」


 なんて思っていると、意外とすぐに見つかった。

 というのも、エスカレーターを登ってすぐのところにいたからだ。


 ただし、見知らぬ男に絡まれている状態で。


「いやまあ、うん……美人だからな」


 ナンパなのは少し離れたところからでもわかる。

 わかるのだが、足元には光太がいるし、そんな状況でナンパをするとか相手の神経を疑ってしまう。


 ――それ以前に、着物姿の女子をナンパするとか中々凄いな。


 などと感心して見てしまうが、九条さんも困っているしいい加減助けないと。


「九条さん」

「あ、一ノ瀬さん!」

「にいちゃ!」


 とりあえず声をかけると、二人は嬉しそうに近寄って来る。

 

 男連れだとわかったからか、ナンパをしていた男は去っていくのだが、俺を見てどこかへ行くなら光太がいる時点で諦めろと言いたい。


「……ありがとうございます」

「なにもしてないけどな」


 なんにせよ、ただ買い物をしに来ただけなのに色々と大変な目に合う子だと思った。


「とりあえず買い物の続きするか」

「にいちゃ! お菓子買ってもいい?」

「お姉ちゃんの買い物が終わってからな」

「やったぁぁぁぁ!」

 

 声が大きい。

 周りの人たちもクスクス笑ってるだろうが。

 

「……ふふ」


 暗い顔をしていた九条さんだが、光太の姿を見て笑う。

 その姿を見て、本来の彼女はもっと明るい性格をしているのだと思った。


「まあなんだ。多分色々あるんだろうけど……さっきも言ったように九条さんはもう自由だからさ」


 先ほどの出来事を思い出しながら、俺はなんと言えばいいか色々考えた結果――。


「今度あいつらと会ったら、拳を握って殴り飛ばしてやったらいいと思うぞ」

「……」

 

 九条さんは俺のセリフに、ポカンと目を丸くしている。

 わかってる。俺も言う言葉を間違えたことくらい、分かってる。


 だけどなんか反応してくれ。じゃないと滅茶苦茶恥ずかしいし。


「……ふ、ふふふ」


 なんて思っていると、九条さんが突然笑い出した。

 

「あはははは! そうですね。今度会ったら、今度こそ殴ってやります!」


 なにがツボに入ったのか、九条さんは瞳に涙を浮かべながら声を上げて笑う。

 その姿は、彼女と出会ってから一度も見たことないくらい明るい笑みだ。


「あはははは! あはははははは!」


 周りも何事かと言う風にこちらを見ているが、九条さんはまるで気にした様子を見せずに笑い続けていた。


 さすがに止めるか、と一瞬迷ったが、こうして楽しそうにしている彼女を見ると止める気も失せてしまう。


「……にいちゃ! お姉ちゃん! 早く行こぉよぉ!」


 それを止めたのは、光太の催促の声。

 ようやく冷静になったのか、九条さんは顔を赤らめて光太と手を繋ぐ。


「……ええ、光太さん。行きましょうか」

「にいちゃも!」


 九条さんと繋いだ手とは反対側の手を俺に伸ばすので、俺はその手を握った。


「行くか」

「うん!」

「はい……」


 三人で手を繋いで歩くと、まるで家族みたいだと思った。


 ――まあ、そんなこと恥ずかしいから言わないが。


 とりあえず、色々あったが無事に買い物も済んだ。


 あれ以降トラブルもなかったことにホッとしつつ、九条さんが買った下着を見てしまったので、また変な夢を見なければいいとは思う俺だった。

 

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