最終話:アンとの新たな生活
この一週間は忙しかった。
エクレアは数日考えたのち、セシル院長へアンを引き取りたいというお願いを伝えに行った。
「でもあなた、軌道空母勤務なんでしょう?」
「はい」
エクレアが頷く。
「でも、それでもわたしはアンを引き取りたいんです」
「そう……」
セシル院長がしばらく考え込む。
「いいわ、とりあえずはアンの気持ちを聞いてみましょう」
その翌日の昼過ぎにセシル院長はアンを呼び出した。
呼び出した先はセシル院長の居室。いつもなら子供達が寄りつかない部屋だ。
「セシル院長……」
「アン、いらっしゃい?」
シスターの一人に連れられてアンがおずおずと部屋に入ってきた。
だが中にエクレアがいることに気がつくと途端に表情が明るくなる。
「エクレア先生!」
エクレアはアンに小さく手を振った。
「アン、まあそこにおかけなさいな」
セシル院長に促され、アンはエクレアの隣にぽすんと座った。ソファが大人サイズのため、アンの両足が宙に浮く。
「アン、エクレア先生がね、どうしてもアンを引き取りたいって仰ってるの。でも、アンはどうしたいのかしら?」
柔和な笑みを浮かべ、セシル院長がアンに訊ねる。
「引き取りたいって?」
意味が通じなかったのか、アンが困ったような表情を浮かべる。
「わたしはねアン、あなたと家族になりたいと思っているの」
その様子を見てエクレアは言葉を継いだ。
「ずーっと一緒にね。わたしはアンと暮らしたいの」
最初何を言われているのか判らない様子のアンだったが、話が飲み込めるにつれどんどん表情が明るくなっていった。
「エクレア先生が……アンと暮らす、の?」
「そうよ。これからはずっと一緒」
エクレアは頷いた。
「これからも、ずっと一緒?」
「そうよ。ずっと一緒」
不意にアンが大粒の涙を流し始めた。
「うん! アンもね、エクレア先生と暮らしたい!」
+ + +
それからの話は早かった。
エクレアは自分が軌道空母に乗務していること、ときおり緊急での出撃があることを説明した。
それにアンをアルテミスに乗せることはできない。
そこでエクレアはアンを引き続きヘムロック教会孤児院に預かってもらうことをセシル院長にお願いした。
「もちろん、非番の時にはコーストガード2に降りるようにします。コーストガード2基地からここまでは数時間の距離なので、すぐにここに来れると思います」
先ほど差し出された紅茶を一口啜る。
「それは構わなくてよ。それにあと十年もすればアンも一人で面倒が見られるようになるでしょう。まあ、それよりも早く大尉には地上勤務に移って欲しいけど」
「そうですね……できる限り早く異動を申請するつもりです」
エクレアには目論見があった。アルバトロスIIは今回コーストガード2基地に配備されていた。地上からの発進でもちゃんと戦えることは今回の件で証明されている。今はアルテミス乗務だが、いずれ地上勤務に移動することも不可能ではないはずだ。
(今度クリステル艦長に相談してみよう)
よほど嬉しかったのか、アンはさっきからずうっとエクレアの手を握っている。
ときおり上目遣いにエクレアの顔を見るアンが可愛らしい。
「ああ、そういえばこれを渡しておくわね」
エクレアはそれまで横に置いていたタブレットをアンに手渡した。国連監察宇宙軍謹製の軍用タブレットだ。なぜか部屋に二つあったので一つ持ってきた。
「これを使えばいつでもわたしとお話しできるわ。使い方は後で教えてあげる」
「わかったッ!」
アンは早速タブレットを両手に持つと、器用に電源を投入した。
黒い画面に大きく『OSV56 ARTEMIS』という白い文字。
「これでエクレア先生といつでもお話しできるんだよねッ!」
「そうよ。しばらくはバラバラだけど、できる限り早くアンのところに行くようにするから」
「うんッ! わかったッ」
その後セシル院長が差し出した書類にサインする。
「はい、これで手続きは終了です。アンはまだしばらくは孤児院で過ごすことになるから、転居その他の手続きはアンとエクレア大尉が一緒に住めるようになった時にしましょう」
「はい。ありがとうございました」
「アンは平気だよ、エクレア先生!」
アンが満面の笑みを浮かべる。
ふとセシル院長が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「アン? あなたのお隣にいる人はもうエクレア先生じゃなくってよ?」
「?」
アンが不思議そうな顔をする。
「もうエクレア先生はアンのママになったんじゃない。アンはアン・パレンティシス、エクレア先生はエクレア・ママよ」
「エクレア・ママ!」
アンは顔中に笑顔を浮かべると、飛びつくようにエクレアの首に抱きついた。
「嬉しい!」
それからもエクレアはずっとアンの頭を撫で続けた。
インターセプターズ──紫色の悪魔──:完
インターセプターズ 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo
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