第32話:日々の暮らし
エクレアは第二アフターバーナーを吹かしたまま、目の前に充満するタドポールの雲の中に飛び込んで行った。
『エクレア大尉、お付き合いします』
トピアの操縦するテュールたちがエクレア機の周りに寄り添う。
「トピア、わたしを撃たないでね」
いつの間にか、エクレアは極限状態でも軽口を叩けるようになっていた。
『了解です。ちゃんと避けるようにしますね』
すぐにエクレアは大混乱に巻き込まれた。周囲に充満するタドポールをテュールが迎撃し、撃ち漏らしてこちらに流れてくるものをアルバトロスIIのレーザーガンが狙撃する。
エクレアはタドポールの迎撃をトピアに任せると、自分はイントルーダー2の追撃に集中した。
ガトリング砲の残弾は20%、噴射時間は約一分。
イントルーダーの装甲は厚い。これを回避しつつうまく隙をついてキックバックを撃ち込まなければならない。しかもガトリング砲を発射するためには機体を後ろ向きにする必要がある。
勝負は一瞬。イントルーダーの巡航速度はマッハ2程度だ。対してこちらはマッハ8を超えている。
エクレアは大回りしてイントルーダー2の背後に占位すると再びエアブレーキを解放した。そのまま一気にイントルーダーの頭上を飛び越える。
「レディ・キックバック2」
「キックバック2、スタンディングバイ」
続けざま、イントルーダーの前方でリバースのコブラ機動。
イントルーダー2の両腕が動き、砲口がこちらを向く。
秒単位の戦い。
機体が下を向いたため、大気の抵抗が一気に襲いかかってくる。機体背面で大気を受けながら急減速。エクレアはイントルーダーの目の前でコンパクトな宙返りを仕掛けた。
「クウッ」
背後からルビアの悲鳴がする。
後ろ向きの背面飛行。機体がさらに回転し、ターゲットディスプレイの中にイントルーダーが現れる。
ヴー、ヴ、ヴ……
こちらを向いたイントルーダー2の両腕にガトリング砲を噴射、その腕を左右に弾き上げる。
「キックバック発射」
即座にアルバトロスIIのウェポン・ベイが開き、開放されたままのタドポール・キャリアにキックバック・ミサイルが吸い込まれる。
『ナイスショット!』
トピアが歓声を上げる。
エクレア機はイントルーダー2もろともサイドキック・ミサイルの火球に飲み込まれた。
だが、機体下面が火球に向いているため被害は軽微だ。
『おーい、エクレア、生きてるか?』
イントルーダー2の周りを周回していたバレンタインからエクレアを気遣う通信が入る。
「大丈夫です。支障はありません」
そうは言ってもiPSタンク行きは免れない。エクレアはナイフエッジで火球から逃れるとイントルーダー2から距離を取った。
『バレンタイン隊長、キックバックがもう一発必要です。イントルーダー2、活動を停止していません』
『了解、トピア。エクレア、ちょっと下がってろ』
バレンタインは十分な安全マージンを取った上でイントルーダー2にキックバックを撃ち込んだ。一発。さらにもう一発。
合計三発の
+ + +
イントルーダー2は核融合爆発を起こして消滅した。
その様子を見届けた後、バレンタインと共にコーストガード2基地に帰投する。
今回の戦いで一つ判ったことがある。
どうやらタドポール達は母艦としているイントルーダーが沈むとその運命を共にするらしい。
従って、タドポールを掻きわけて本体であるイントルーダーを沈めてしまえば残されたタドポールはさしたる脅威にはならない可能性がある。
数日後。
コーストガード2基地のiPSタンクに収容された時から、エクレアとルビアはアルテミスにいるトピアと連絡を取り続けていた。
『そういう訳でテュールの運用には見直しが必要です』
モニターの中でトピアが言う。
「そう。でもどうするつもりなの?」
『ひょっとしてテュールの体当たり作戦を標準運用とするつもりですか〜?』
エクレアは別室に収容されているルビアと同じ画像を見つめながらトピアに訊ねた。
トピアは今回のテュール運用の功績を認められて作戦立案に深く関わるようになっていた。人工知性体の作戦参謀のようなものだ。
『いえ、体当たりも確かに一つの戦術なのですが、それよりも今は大口径レールガンをテュールに装備することを議論中です』
砲撃機能付きの無人機。それはいかにも恐ろしい事になりそうだ。
『それにしてもバレンタイン隊長はやけに早くアルテミスに帰っちゃったよね〜』
バレンタインは放射線障害もなかったことからHLLVにアルバトロスIIを背負わせ、とっととアルテミスに帰ってしまっていた。
「まあ、チーフなりの労いなんでしょ? しばらくはここにいてもいいって言ってたし」
エクレアは肩を竦めた。
『バレンタイン隊長はずいぶんとエクレア大尉のことを気にかけておられましたよ』
モニターの中でトピアが微笑む。
こうしていると本当に人間のようだ。
『エクレア大尉たちも存分に地上の生活をエンジョイなさると良いと思いますわ』
+ + +
交戦から二週間ののち。
エクレアとルビアはその日の夕方、ターボ・ヘリでヘムロック教会孤児院に帰ってきた。
ルビアをセシル院長のところに行かせ、一人でアンの姿を探す。
もう夕方なだけあって、園庭で遊んでいる子供はほとんどいない。
(もう宿舎に帰っちゃったのかな?)
つとエクレアは園庭の片隅でしゃがみ込んでいる子供の姿を認めた。
立木の下で何やら熱心にいたずら書きをしている。
「……アン?」
不意に胸が詰まる。
その声に気づいたのか、アンが顔を上げた。
「エクレア……先生?」
「アン、ただいま」
「エクレア先生!」
アンは勢いよく立ち上がると、まっすぐエクレアの方へと走ってきた。そのままエクレアの足にしがみつく。
「エクレア先生! エクレア先生!」
エクレアの腿に顔を埋め、何度もエクレアの名前を繰り返す。
「ごめんね、寂しかったよね」
「うー」
しばらくして上を向いたアンの頬には大粒の涙が伝った跡があった。
「どこに行ってたの?」
「ちょっとお仕事だったの」
「踊り、踊れなくて困ったんだよ」
「ごめんね」
エクレアはアンと目線の高さが一緒になるように跪いた。
「晩ご飯もずっと寂しかった」
「うん」
「寝るときに手を繋いでくれる人がいないの」
「うん」
「それに朝、髪を梳かしてくれる人もいなかったの」
「うん」
「髪も洗って貰えなかったの」
「そう、そうだね」
エクレアはアンの小さな身体を抱きしめた。
「アンはね、とってもとっても寂しかった。エクレア先生、これからずっと一緒にいてくれる?」
「それは……」
エクレアは思わず口ごもった。
この休暇もあと一週間で終わる。そうしたらアルテミスに帰らなければならない。だが……
「……そうね。セシル先生に相談してみるわ」
半ばエクレアの気持ちは決まっていた。アルテミスに帰るくらいならここでアンの世話をしていた方がいい。
「踊り、踊ろ? 運動会の続き」
不意にアンはエクレアに話しかけた。
「いいわよ。ワルツでいいの?」
「うん」
「音楽ないけど大丈夫?」
「大丈夫」
「じゃあ、最初からね」
エクレアは立ち上がるとアンの小さな背中に片手を添えた。
「じゃあ行くわよ。1、2、3……」
夕暮れの光の中、それからエクレアはアンといつまでも踊り続けた。
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