第31話:限界の戦闘

 原野の中、青い爆炎を長く引きながら紫色のアルバトロスIIが疾駆する。

 現在の速度はマッハ7。空戦のせいで思ったよりも多くの機体速度を損失した。

 無論、確実にイントルーダーを落とした手応えはある。

 だがこれにはアルテミスのICIからの確認が必要だ。何しろイントルーダーはレーダーに映らない。『蒸発したと思われる』との一次報告が早期警戒管制機A E W & Cによってなされているが、最終的な判断はアルテミスのICIの確認を待つしかない。

(早く……)

 過去には撃墜したと思っていたイントルーダーが突如として蘇生し、再び襲いかかってきたこともある。そのため、早期警戒管制機A E W & Cたちからの確認が取れるまでエクレアはわざとスロットルをアフターバーナーレンジには入れないでいた。

 と、アルテミスから入電。

「エクレア、来ました。撃墜確認ですって。これで撃墜マークがまた増えますね〜」

「了解」

 エクレアはようやく胸の支えが取れる感じがした。

 これで全速で追撃できる。

 半ば反射的にスロットルをアフターバーナーレンジへ。

 すぐにアルバトロスが前に出る。

 だが……

 このままマウンテン・ビュー市に入られてしまうと少し、いや、かなり厄介な事になると言うことにエクレアは気づいていた。

 セシル院長によればヘムロック教会孤児院の避難シェルターの深さは十メートルくらいらしい。万が一近くで核爆発が起きたとしたら、最悪避難している人たちが全員丸焼きになってしまう。

(これは、まずい)

 でも、どうすれば……

(えーい、ままよ)

 エクレアは上空で同じくイントルーダー2を追撃中のバレンタインとの通信チャンネルを開いた。

「チーフ、今のままだとまずいです」

『何がだ?』

 落ち着いた様子でバレンタインが答える。

「イントルーダー2は今マウンテン・ビュー市に向かっています。ですがこの高度だとキックバック戦術核ミサイルが使えません」

『理由は?』

「マウンテン・ビュー市のシェルターの深度が足りないんです。万が一市街地でキックバックを使った場合、最悪市民が全員丸焼けになります」

 そう話している間にもマウンテン・ビュー市の市街地が迫ってくる。保護色に守られ、イントルーダーの姿はまだ見えない。

『なんだエクレア、らしくないじゃないか』

 左モニターの中のバレンタインがニヤリと笑う。

『お前、そんなことを気にしていたのか? 気にせず撃っちまえよ』

 あまりと言えばあまりの言葉に頭に血が昇る。

「チーフ、それは無理……」

 ふと、モニターの中のバレンタインがどこか愛しむかのような表情を見せた。

 おおらかな、エクレアを包み込むような温かい笑顔。

『でも、それだとお前の大切なものを守れないんだよな?』

「は、はい。被害は出せません」

『判った。アルテミスICIと相談してみる。お前の大切な子供達には指一本触れさせねえ』

 バレンタインはそう言ってモニターの中で親指を立てて見せた。

『……エクレア、変わったな』


+ + +


 エクレアとの通信を切ると、バレンタインは急いでアルテミスの戦闘ブリッジI C Iを呼び出した。戦闘ブリッジを経由し、インターフェースチェアに収まっているトピアも同時に呼び出す。

「艦長、トピア、緊急事態です。このままではマウンテン・ビュー市が火の海になる」

 時間がない。

『どういうこと?』

 クリステル艦長がカメラを覗き込む。

「現在イントルーダー2が地表スレスレでマウンテン・ビュー市めがけて侵攻中。マウンテン・ビュー市がローストになるのを避けるためには至急イントルーダーを地表から引き剥がして違う進路に向かわせる必要があります」

「そうは言っても、下から撃ち上げたところでイントルーダーが地表から剥がれるとは限りませんよ」

 それまで後席で戦術ナビゲーションを行っていたスミスが言葉を添える。

「確かにな……トピア、名案を考えてくれ」

『はい』

 イントルーダー2は一直線にマウンテン・ビュー市を指向している。飛行高度は千二百メートル。このまま放っておいたらおそらくはマウンテン・ビュー市の中心付近で核融合爆発を起こす。

 モニターの中でトピアはしばらくその垂れ目気味の瞳を瞑ってどこかと通信している様子だったが、やがて目を開いた。

『テュールを使います。今シミュレーションを回してみました。おそらくうまく行きます』

 トピアが言うにはイントルーダー2を下から上に押し上げるよりは横から攻撃し続けて軸線を逸らす方が確実だという。

『これは最初から想定しておくべきでしたね。申し訳ありません』

 いつもであればアルバトロスが攻撃を繰り返すことでイントルーダーの進路を逸らす。ところが今回は侵入したイントルーダーが二機だったために手筈が狂った。

「イントルーダーがマウンテン・ビュー市に到達するまで残り六十秒足らずだ。急げ!」


+ + +


『……という手筈でイントルーダーの進路を北へ逸らす。俺たちはテュールの後ろからついて行ってイントルーダーの進路を確実に北に向けるんだ。テュールの操縦はトピアに任せておけばいい。戦闘指示は届いているな?』

「はい、届いてまーす」

 エクレアの後ろからルビアが答える。

 ふと気配を感じてエクレアは隣を見た。

 いつの間にかにバレンタイン機が合流してきたらしい。左舷にバレンタインの黒いアルバトロス、013号機が並んでいる。

『よし、行くぞエクレア』

「ウィ、チーフ」

 エクレアはアフターバーナーレンジに入っていたスロットルをさらに第二アフターバーナーレンジへと押し込んだ。

 猛烈な加速。一気に機体速度がマッハ8を超える。

『エクレア、ほどほどにしろよ』

 後ろの方からバレンタインが声をかける。

「大丈夫です」

 スティックとペダルを操作して北上ルートに入る。

 周囲に集まっていたテュールが再び増速、一目散にイントルーダー2を追いかける。損耗したため、現在は二十五機。

 トピアの立案した作戦はこのテュールを誘導ミサイルのように使って無理やりイントルーダー2の進路を変えさせようと言うものだ。

 イントルーダー2の姿はまだ見えない。

 と、遥か彼方で最初の爆発が見えた。続いて二機、三機。

「イントルーダー2、進路逸れていきます」

 ルビアからナビゲーション。

「もっと近づかないとね」

 エクレアはスロットルをさらに少しづつ押し込んで行った。

 猛烈な加速に眩暈がする。二人にかかるGは9Gを超えている。

「くう……、エクレア、大丈夫だよ、もっと、飛ばし、ても」

「メルシ、ルビア」

 ルビアに感謝しながらエクレアはスロットルを全開に押し出した。マックス・アフターバーナー2。エンジンの遮熱板が開放され、機体の速度が設計限界を超える。

 イントルーダー2も今では視界に入っている。ただ、まだ遠い。輪郭強調してなんとか見える程度の距離だ。

「ルビア、イントルーダー2の位置は?」

「マウンテン・ビュー市、から約二百キロ、北」

「彼我の距離」

「約、三十キロ」

 機体の外縁が赤く燃えている。

 二百キロ離れていればもう大丈夫だ。キックバックは戦術中性子ミサイルのため残留する放射線はほとんどない。それにこれだけ離れていればイントルーダー2がマウンテン・ビュー市に戻ってくる可能性も極めて低いだろう。

 但し、その場で屠ればの話だが。

 と、バレンタインから通信が入った。

『現在トピアがテュールを使ってイントルーダー2を足止めしている。俺も付き合うから一気に沈めてしまえ』

 遠くの方で爆発が続いている。

 バイザーの中にはテュールの配置が表示されている。テュールはイントルーダー2の東側に円弧を描くように展開し、次々に体当たりをしているようだ。

 エクレアは軽く機体をロールさせると、イントルーダー2めがけて飛び込んでいった。

………………

 エクレアが追いついた時、イントルーダー2はすでに満身創痍だった。

 見ている前でテュールがバーニアを瞬かせながらイントルーダー2に飛び込んでいく。

 どうやらトピアは突撃する直前で核融合エンジンをスクラム・ダウンさせているようだった。直前でエンジンを全開にしてテュールの最大戦速であるマッハ十五で体当たりを行っているのに核融合エンジンが暴走する様子がない。

「チーフ、キックバックを使います」

『ああ、任せる』

『じゃあテュールは少し下げますね』

 これはトピアだ。

「レディ・キックバック2」

「キックバック2、スタンディングバイ」

 機体下部のウェポンベイが開き、黒光りするキックバックが姿を表す。

(行くわよ)

 だが、エクレアがキックバックのトリガーを引くよりも早くイントルーダーの腹部にあるタドポールキャリアが大きく開いた。

「しまッ」

 咄嗟にウェポンベイを閉じ、ミサイル攻撃を中止。

『エクレア、一旦下がれ。トピア、テュールを前に出すんだ』

 バレンタインからの指示に従い、エクレアは一瞬エアブレーキを開いて機体を後ろに下げた。

 イントルーダーの周囲が茶色く煙る。タドポールだ。

『バレンタイン隊長、テュールの残機数は八です』

 トピアが冷静に報告する。

『これではおそらくタドポールを凌ぎ切れません。シミュレーションによれば百機以上撃ち漏らします』

『クソ、しくじった』

 バレンタインが悪態を突く。

 そんなやりとりを聞きながらエクレアは腹を決めていた。

「チーフ、わたしが行きます」

『お、おい』

 エクレアはバレンタインの返事を待たずにタドポールの群れの中へと飛び込んで行った。

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