エピソード8──必死の迎撃──

第30話:マウンテン・ビュー攻防戦

 エクレアがイントルーダーを猛追している頃、バレンタインは遥か上空の三万キロから冷静に戦況を伺っていた。

「スミス、テュールたちはどうしてる?」

「依然降下中、会敵予想時刻はあと五十秒です」

 スミスの操作に従い大型の戦術データリンクT A D I Lディスプレイの中でテュール達の位置情報とエクレアのアルバトロスIIがそれぞれ拡大表示される。

「チッ、軌道から降下させるのも良し悪しだな……イントルーダーはどうなった?」

「現在エクレア機と交戦中です」

 ディスプレイの中でエクレアが鬼神のような攻撃を見せている。

 見ている前でコブラ機動、減速した機体をナイフエッジで横転させ、たかって来たタドポールを推力偏向ノズルを使いながら吸気口のレーザーガンとバレルロールで払い落とす。その後すかさずアフターバーナーで急加速。エルロンロールしながら再びタドポールの群れの中に殴り込む。

 普段から攻撃的なエクレアだったが、さすがにこの機動は常軌を逸していた。

「なんだこのぶっ壊れ性能は……」

 バレンタインが思わず呟く。

「ですね。アルバトロスIIはほとんど諸刃の剣です」

 後席からスミスが同意する。

「こんな化け物じみた空戦は初めて見ましたよ。チーフ、マネだけはしないでくださいね。わたしが死んでしまいます……こりゃあ常人では到底真似できない」

「まったく、サーカスかよ……人の話を聞いていないな、あいつは」

 高空からエクレアの様子を眺めながらバレンタインが呟く。

 と、頭上からテュールの一群が到着した。すぐに円を描き、イントルーダーとエクレア機の周りを取り囲む。

 テュールは十機ずつの編隊に別れると各自イントルーダーへと突撃していった。

「おーおー、トピアもやるな」

 テュールは全機がトピアの指揮下にある。この三十機全てをトピアが操縦しているわけだから飛行編隊間での連絡ミスミス・コミュニケーションはあり得ない。

『レディ・キックバック戦術核ミサイルナンバー1』

 眼下のエクレア機から通信。

『キックバックナンバー1、スタンディングバイ』

 これはルビアの声だ。

 エクレアはイントルーダーを追撃しながら射撃体制に入った。

 戦術データリンクT A D I Lを通じて射撃諸元が共有される。

「おいおい、もう核撃するのかよ」

 バレンタインは嘆息した。

「あいつらテュール軍団の到着に気づいてないな。スミス、あそこに二機のイントルーダーがいるのか?」

 バレンタインはスミスに訊ねた。

「ネガティブ。一機は離脱しました」

「どこに向かった?」

「マウンテン・ビュー市です」

「よし。こちらはエクレア機に先行するぞ」

 バレンタインは機体をイントルーダーへ向けると、スーパークルーズでイントルーダーの後を追い始めた。


+ + +


 イントルーダー1は核攻撃によって蒸発した。

 結果は早期警戒管制機A E W & Cによって確認できている。いつもよりも呆気ない気もしたが、周囲をテュールによって囲まれていればまあそんなものなのかも知れない。

 それよりも問題なのはマウンテン・ビュー市に向かったイントルーダー2だ。

 こいつは何がなんでも叩き落とさないといけない。

 スロットルはすでに全開M A X、第二アフターバーナーも全開、それなのにイントルーダーの姿がまだ見えない。

 現在こちらの速度はマッハ7。

「ルビア、追撃するわよ」

「ウィウィ、エクレア」

 エクレアは背後で燃え盛る核爆発の炎を背負いながらアルバトロスIIのスロットルレバーとサイドスティックを握り続けた。

 周囲をテュールたちが再び追い抜いていく。

 無人機の高機動にエクレアは歯軋りをした。増速しようにもこちらにも限界がある。無人のテュールよりも速く飛ぶことは不可能だ。

 手のひらが汗に濡れている。

「ルビア、残弾は?」

「残り20%」

 キックバック戦術核ミサイルはまだ一発残っている。だが残弾20%とは……いかにも心許ない。

 最悪カミカゼ・アタックを仕掛ける事もできるが、万が一外した場合には後がない。

 と、新たな通信。

『エクレア、いつもの悪い癖が出たな』

 通信の主はバレンタイン隊長だった。

『うちらの大切なテュールちゃん達を先行させろ。俺たちもイントルーダー2に向かっている。こっちには二発のキックバック戦術核ミサイルが残っている。後は俺たちに任せろ』

「わかりましたチーフ、先鋒をお願いします」

「おう、任せろ」

 エクレアはバレンタイン隊長に先鋒を譲ると、背後からイントルーダーの追撃を続行した。

 高度を下げ、地を這うような航跡を引きながらイントルーダーを追撃する。

 一般的に飛行高度は高い方が好ましい。空気密度は戦闘機の消費燃料に直結するため、高高度を飛んだ方が効率が良いのだ。

 だが、アルバトロスには推進剤がない。エンジンが核融合エンジンであるため、超音速で飛べばエア・インテークから取り込まれる大気で十分に加速できる。

 従ってエクレアは超低空で極超音速飛行する事が可能だった。

 コクピットの中で様々な警告音が鳴り響いている。

 高度を上げるとイントルーダーに見つかってしまうかも知れない。だからエクレアは安全限界ギリギリで極超音速飛行を続けていた。

 背後に巻き上げられた土煙が渦を巻く。迫り来る両側の谷間。エクレアがクネクネとした谷間を駆け抜ける。

 と、不意に谷間が開けた。

 目の前に広大な農地が広がる。

(どこ?)

 目の前の光景と戦術データリンクT A D I Lのディスプレイとを見比べる。

 原野の果てに見える集落がおそらくマウンテン・ビュー市の境界だろう。

「ルビア、索敵」

「ウィ、エクレア」

 すぐにルビアがエリスの低軌道を飛んでいる偵察衛星U N R Oからのデータを要求。

 UNRO衛星からの情報がディスプレイに展開される。

 だが、画像の解像度が十分ではない。

「あ、そうか」

 ふとエクレアはテュール達のデータが使えることに気がついた。

「チーフ、イントルーダーは確認できましたか?」

 先行しているバレンタインに問い合わせる。

『おう、さっき確認した。ひょっとしてテュールちゃんのデータが使える事に今さら気づいたか?』

 とぼけた様子でバレンタインが答える。

『イントルーダー2はうちが貰おうと思っていたんだがな……』

 すぐに戦術データリンクT A D I Lディスプレイに小さな輝点が投影される。

(最初に聞いておけば良かった)

 意地悪なバレンタインに苛立ちを覚えつつ、戦術データリンクT A D I Lの画像をバイザーにオーバーレイする。

 輝点は一直線にマウンテン・ビュー市を目指している。

 その輝点を追いかける無数の輝点。先頭の輝点はイントルーダーを示す赤、追いかけている輝点はテュールの緑色。

 谷間を抜けたエクレアは再びスロットルを最大戦速M A X / M I Lにまで押し込むとディスプレイに描かれたイントルーダーの後を追った。

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