第19話:キングフィッシャー・パブ

 そのパブは昔ながらの英国風パブの体裁をした、比較的大きな建物だった。

 木造平屋の一階建て。壁面には石材が使われ、大きなガラスの窓が備えつけられている。広いフロアの店の奥には大きな暖炉が設えられ、秋から冬の間は毎日火が熾されているという。

 開店時間はエリス時間で午後六時。そこから日を跨いで深夜二時までキングフィッシャー・パブは開店している。深夜二時閉店はエリス全域での法令でもあるため、例外はない。

 商店街の中ほどに位置するこのパブは周囲の住人たちの憩いの場となっていた。

 イギリスの伝統を踏まえ、日曜日には巨大なローストビーフが供される。平日は店で発酵させたエールが数種類、懐かしのシェパーズパイにバンガーズ・アンド・マッシュ、ピクルス、それにステーキやフィッシュ・アンド・チップスなどの夕食類。

 伝統を重んじてか、キングフィッシャー・パブはバーエリアとサロンエリアにわけられていた。大昔のイギリスでは労働者階級がバーエリアにたむろし、サロンエリアは上流階級者のみが入室を許されていたのだという。

 だがここは惑星エリス。キングフィッシャー・パブではサロンもすべての客に開放されている。


 夕方、子供たちに夕食を供して寝支度を整えたのち、エクレアとルビアはそのキングフィッシャーパブに農作業用の小型トラックで赴いていた。

 店主はすでにセシル院長から事情を聞かされていたらしく、ルビアが持ってきたチラシの束をキャッシャーの開いた場所に置き、ポスターも店の壁面にピン留めしてくれた。

「二人はしばらく働いてくれるのかい?」

 スキンヘッドの店主がポスターをピン留めしながら二人に訊ねる。

「フロアスタッフはいつでも人手不足なんだよ」

「はい、大丈夫です!」

 すでにやる気満々なルビアが大きく首を振る。

「ところでお給金なんだが……」

 店主は少し申し訳なさそうにルビアに言った。

「うちも経営はカツカツなんでね、大したお金は払えないんだ」

「タダでも大丈夫です。どのみち、暇にしていますから」

 これは嘘だ。ルビアもエクレアも夜間は軌道空母の作戦会議にたびたびリモートで呼び出されていた。それに夜間の警備には気を遣う。夜泣きをする子達をなだめたり、あるいは寝静まった寝室を見回ったり……。艦で待機している状態と大して変わりはない。

 とはいえ、給料は国連監察宇宙軍から通常通りに支給されている。これ以上もらう必要は特にはない。

「じゃあ、今日からいいかね?」

「はい、よろしくお願いします!」

 ぼんやりしているエクレアの横でルビアは最敬礼をした。


 夕刻、日が傾いた頃からキングフィッシャー・パブにはボチボチと客が集まってきた。ほとんどが農民だ。皆アメリカ風のオーバーオールに身を包み、一様に麦わら帽子をかぶっている。

 エリスの日差しは地球よりも強い。その強烈な紫外線を避けるため、住民は皆帽子をかぶっている。

 エクレアとルビアは店から借りたエプロンを身につけると、さっそく来客の応対を始めていた。

 見たところ、ルビアの方がはるかに場慣れしている。

 ドアを開ける来客を見るたびに

「いらっしゃいませー」

 と大声で出迎え、めぼしい席に案内するとテキパキと注文を受けている姿はまるで本職のウェイトレスのようだ。

(ルビアは元気ね)

 にこやかに接客するルビアを見ながらエクレアは感心する。

 自分にあのような応対はたぶん無理だ。

「そうかい、あんたらはヘムロックのところから来てるのか」

 初老の老人がスツールに座りながら相合を崩す。

「そうなんです。ほら運動会が近いから、その広告も兼ねて」

 そう言いながらルビアは壁に張り出されたポスターを片手で示してみせた。

「歓迎しますよ。ぜひ遊びに来てください!」


 ルビアがそうやって活躍している横、エクレアは人目につかないよう主に片付け仕事をこなしていた。

 パブは飲ませてナンボだ。グラスが空いているのを見つけると会釈して回収し、ルビアに目配せを送る。

 タイヤのついたトレーに大きなタブを乗せ、空席から空いたグラスや皿を回収する。そしてすぐにキッチンへ。キッチンの洗い場では二人のバスボーイが大きなシンクの前に陣取っている。彼らはグラスや皿の片付け、それに洗い物各種に忙しい。目が回りそうな忙しさだ。

「これ、持っていきます」

 エクレアは洗い上がった皿を調理場に届けてから、洗い上がったグラスをカウンターへと持っていった。

「ありがとう。助かるよ」

 ボーイというには少し年嵩の男性がエクレアに笑顔を見せた。

「いつも大忙しだからとても助かる」

「どういたしまして」

 エクレアはグラスを並べながら背後の男性に返事をする。

(確か、あの人がルーデルさん、もう一人の無口な子がハンス君……)

 必死になって記憶を手繰り、二人の顔と名前を一致させる。


 忙しい時間はあっという間に過ぎていく。

 十一時を回った頃、店の混雑は最高潮に達していた。

 ところでキングフィッシャーパブはイギリスと同じく、『タブ』による注文形式を取り入れている。

 タブというのは、グループの一人が全員分をカウンターで注文しそれをまとめてテーブルに持ち帰る形式の注文形式のことだ。イギリスのパブでは大概がこの方式でビールを煽る。

 落とし穴なのはパーティの人数が多い場合だ。

 四人程度だったら順番にタブを支払えば公平になるが、これが十人などの大パーティだと大変なことになる。単純計算で人数分ビールを飲むことになるので十人もいたらおおごとだ。

 それを知っていたからエクレアは来客の様子に目を光らせていた。少しでも酔った様子を見せたらそっと店主にそれを知らせ、その客たちの介抱をお願いする。

 一方のルビアはそんなことはお構いなしに片っ端から客にビールを勧めている。ルビアの周囲の客はすでにグデングデンだ。酔客の身体が揺れている。

(ちょっと、ルビア)

 見かねてエクレアはルビアを呼び止めた。

「はいはーい」

 六杯のビアマグを持ったルビアがエクレアの方を向く。

(あんまり飲ませちゃうとみんな死んじゃうわよ?)

 耳元で囁くようにルビアに告げる。

「ルビアちゃん、ビールまだー?」

 そういう側から奥のテーブルの客が両手を振ってルビアに声をかける。

「今行きまーす! ……大丈夫ですよ、みんな元気そうだから」

 ルビアはエクレアにウィンクをし、小声でそう告げるとビールを持って混雑するキングフィッシャー・パブの奥の方へと歩いていった。

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