エピソード4──人と交わるということ──

第14話:人工知性体

 トピアは実験的に投入された人工知性体だ。

 彼女? の真の頭脳は衛星軌道上にある。

 ただ、それではタイムラグが発生するため身体の方にもサブのニューラル・ネットワークが組み込まれていた。

 痩身なトピアの身体は日本の防衛省からの供与品だ。瞳は青く、白い髪は長い。バストは補助装置を収容するために少し、大きい。

 そしてトピアには人工的な人格が与えられている。

 加えてトピアにはAIを使って抽出された美女の容貌が与えられていた。事情を知らない者が見たら一目惚れしてしまうかも知れない。

 もっとも、トピアが人間ではないことはアルテミスの乗員であれば誰でも知っているので不測の事態は起こらずに済んでいるのだが。


 最初に作られた日本の防衛省特務作戦群の人工知性体であるクレアにはどうした訳だか人格が宿っていた。

 これについては世界中のコンピューター学者、はては哲学者や宗教家までが激論を交わし、それが人間と同じ人格なのかを検証しているのだが未だ結論は出ていない。

『クレア命題』と名前が付いてしまうほどだ。

 仮にそれが人間の人格と同格なものだとしたらそれはおおごとだ。

 人間の優位性が揺らいでしまう。

 だが、国連監察宇宙軍はそのようなことにはあまり気を使わないらしい。

 日本の防衛装備庁で開発されたトピアは無事にエリス防衛軌道航空分遣隊に配属され、そして紆余曲折の末にバレンタインの部下となった。


『トピア、ちょっと来てくれ』

 バレンタインに呼び出され、バレンタインの居室に赴く。

「トピアです」

 バレンタインのドアの前で名前を名乗る。

 アルテミスの個室には来客を映すカメラがない。そこまで警戒しなくても良かろうという判断でコストダウンの対象となった。

『おう、今開ける』

 すぐにバレンタインの居室のドアが開いた。

「なんのご用でしょうか? バレンタイン隊長」

 トピアは勧められた椅子に浅く腰掛けるとバレンタインにそう訊ねた。

「例のタドポールのことはもう調べたか?」

 バレンタインはコーヒーキューブを啜りながらトピアの顔を覗き込んだ。

 トピアはいつ見てもとても美しい。だが、それで心を動かされるほどバレンタインは若くなかった。

 むしろ、「こいつにはもっと派手な格好をさせて機関室の若造やフライトデッキ・クルーレインボーギャングたちをそそのかしたい」とすら思っている。

 トピアの服装は他の隊員達とは異なり、常にオレンジ色のジャンプスーツ姿だった。他の隊員達は非番の時には各々おのおの好き勝手な私服を着用している。

 だが、疲れを知らないトピアに非番はない。

 トピアは隊員と言うよりはむしろ備品のような扱いを受けていた。そのため、トピアは任務についていない時には常に小間使いのような事をやらされている。

「はい」

「よろしい。トピア、君はどう思う?」

 即座に軌道上のAIが質問の意図を解析しトピアに伝える。

「四機編隊での攻撃の事でしょうか?」

「ああ、」

 バレンタインは頷いた。

「正直、一回の降下で四機投入というのはかなり痛い。できれば二機に抑えておきたい。四機投入してしまったら、万が一後発が必要な時に困る」

「……そうですね」

 トピアが頷く。

「ですが、二機編隊ではイントルーダーの領空侵入阻止率はかなり低くなります」

 トピアは手にしていた3Dタブレットの画面をバレンタインに示した。

 画面の上に浮遊するイントルーダーの周りから二機のアルバトロスが襲いかかる。

 トピアはタブレットを操作して八種類のパターンをデモンストレーションしてみせた。

「ご覧の通り、二機編隊では多くの場合こちらが先に沈みます」

「四機編隊ならどうなる?」

「四機編隊であれば先発隊が四発核ミサイルを撃ち込むことができますから、後発の二機でほぼ確実に撃墜可能です」

 タブレットの中で先発隊がイントルーダーに背後から核攻撃を行う。途中タドポールが放出されるが、それも核ミサイルによって一掃された。

「この後は後発隊の役目です。通常通りのマニューバーでイントルーダーは沈黙します」

「ウーム……」

 バレンタインは片手を顎にそえると思わず唸り声を漏らした。

「トピアのシミュレーションでもこの体たらくなのか……」

「…………」

 沈黙が二人の間に訪れる。

「……トウキョウのクレアに意見は求めたか?」

 暫くの沈黙ののち、不意にバレンタインはトピアに訊ねてみた。

「もちろんです」

 トピアが頷く。

 百年以上経った今も、日本の特務作戦群に所属するクレアは現役で任務を続けていた。

 最初のバディであったサワタリはすでに引退したが、クレアもトピアと同様、基本的には備品に過ぎない。そのため、アカシマなるオキナワの孤島に隠遁したサワタリとはもはや無関係だ。

 もっとも、密な連絡は取り合っているようだが。

 サワタリとは一度会ったことがある。なんでも、大昔にはアルテミスにも乗務していたらしい。サワタリとクレアが心を通わせているという事はすでに公然の事実となっていた。

 そしてそれが『クレア命題』をさらに難しいものにしていることも。

 イタリアの富豪の孫娘であるサワタリの妻もこれは了解済みのようで、妻がクレアに連絡を取ることも多々あるようだ。

 正直、バレンタインには理解できない間柄だ。


「クレアの意見も同一でした。彼女はK4(日本の最高峰スーパーコンピューター)を稼働して一万パターン以上のシミュレーションを行ってくれました。でも、二機編隊での勝率は一割を下回ります」

「ふむ」

 バレンタインが力なく頷く。

「その、一割程度の勝利条件はなんなんだ?」

「大気圏外での空間上でどれだけイントルーダーを弱体化できるか、です」

 トピアはタブレットを操作し、大きな表を表示させた。

 表の半ばに赤い線が引かれている。

「表の左側がイントルーダーの損耗率、右側には撃墜予測と我が方の損耗率をまとめました。クレアのシミュレーションではイントルーダーの損耗率が八〇%を下回る場合の撃墜可能性はほぼ0です」

「ふん、ではヘッジホッグ隊が頑張れば落とせるし、そうでなければ突破される、と?」

「その通りです」

 トピアは頷いてみせた。

「ヘッジホッグ隊への意見具申は俺がやろう。うちはしばらく高軌道に退避する。これは艦長とも合意済みだ。他の空母がガタガタになる前に二機編隊での必勝法を編み出せ、トピア」

 バレンタインはそういうと、音を立ててストローからコーヒーの残りを啜った。

「それは、命令ですか?」

「ああ、命令だ。俺の見たところ、タドポールの放出には一定の法則があるように思う。それを掴んでタドポールを焼き払ってからイントルーダーを落とすマニューバーを編み出すんだ」

 バレンタインの目は真剣だった。

「判りました」

「だが、確実な成果は期待しない。できないと判ったら、違う方策を考える。出来ない時は出来ないと報告しろ」

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