第13話:二機編隊vs四機編隊

 その後フォッカーが自ら戦術核ミサイルをイントルーダーに撃ち込むことでイントルーダーは沈黙した。

 破片を散らしながら墜落していくイントルーダーに向け、さらにモーガン機からも二発の小型核ミサイルが放たれる。

 イントルーダーはバラバラになりながらエリスの洋上へと落下していった。


+ + +


「いよう、フォッカー。調子はどうだ?」

 その日バレンタインは通信室から暗号回線を開くと、iPSタンクで目を覚ましたフォッカー中佐に話しかけていた。

『……よう、ジェームズ』

 フォッカー中佐が物憂げに起き上がる。

 どうやらすぐに戦線復帰する気はないらしい。フォッカー中佐は治癒速度が遅い大型iPSタンクに収容されていた。

 フォッカーとバレンタインは国連監察宇宙軍U N I S Fエリス降下航空部隊が定期的に開催しているエリス上空での飛行訓練以来の友人同士だ。慎重で分析的な性格のフォッカーに対し、野生と本能のみで戦うバレンタインは最初のうち全く交わらなかったが、何度か同じ訓練で飛行するうちにいつしか心を通わせるようになっていた。

『一応、落としたよ』

「ああ、見ていた。見事だった」

 カメラの前でバレンタインが頷いてみせる。

「だが、質問がある」

『なんだい?』

女王陛下エリザベスII航空長フライト・オフィサーはこの戦闘に四機投入した。だが、これは必須なのか?」

 最小被害で最大の成果を上げたい。

 だから常にバレンタインは二機小隊で降下する。いちいち四機落下させるのは面倒だ。できれば二機小隊でなんとかしたい。

『これは艦長の決定だ』

「そうか」

『実は、私も二機で行こうとしていたんだ。だが、ジェラルド艦長の『念には念を入れろ』と言う進言を受けて今回は四機で降下した』

「ふん。穏健派が……」

 バレンタインが鼻を鳴らす。

『……気持ちは、わかる。だが悪くはなかったぞ。少なくとも安定感がある』

「そうは言ってもお前の攻撃では三機が残存した。実質二機でトドメを刺したようなもんだ。それなら二機でも……」

 途中でフォッカーが口を挟む。

『ジェームズ。連中イントルーダーを舐めるなよ』

 モニターに映るフォッカーの表情は真剣だった。

『今までの交戦記録を読み返してみろ。イントルーダーは一回弱点を見せると、数回のうちに必ず対策を入れてくる。今はタドポールの放出は一回限りだが……』

「……いずれ複数回になるということか?」

 自分の言葉にゾッとする。

『ああ。私もあのハッチを下から肉眼で確かめてみたが、まだスペースにゆとりがある。イントルーダーはいずれ例のタドポールキャリアを複数装備するようになる』

「……やめてくれよ」

 バレンタインは表情を曇らせながらフォッカーに言った。

「仮に二回目の放出があったとして、フォッカー、お前ならどうする?」

『さてね。戦術AIのシミュレーション待ちだ。だが、私は二機では無理だと思う。今後イントルーダーには四機で当たるのが現実的だ』


+ + +


 フォッカーとの通信後、バレンタインは隊員たちを自隊のブリーフィングルームに集めていた。

「……とまあ、これがフォッカー中佐の見解だ。だが、毎回四機で展開することはできれば避けたい。エクレア、お前は一度タドポールと交戦しているだろう? お前はどう思う?」

「フォッカー中佐の主張は合理的です」

 エクレアは穏やかに口を開いた。

「あのイントルーダーは今までのイントルーダーとは異なります」

 彼女は立ち上がると順に違いを説明し始めた。

「まず、飛行パターンが異なります。今までのイントルーダーは一直線に降下する、いわば大気圏投入カプセルのような軌道を見せていました」

 タブレットを操作し、戦術戦闘マニュアルの一ページを正面の大型モニターに表示させる。

「ですが、私たちが交戦したイントルーダーも、今回のフォッカー中佐が交戦したイントルーダーも飛行パターンが異なります」

 再びモニターが暗転し、今度はエクレア自身が記録していた戦闘記録が表示された。

 隊員たちが見守る中、イントルーダーとタナカのアルバトロスが複雑な軌道をモニター内に描き出す。

「イントルーダーは進化しています」

「学習ではなく?」

 とバレンタイン。

「学習でも構いません」

 エクレアは無表情にうなづいた。

「ですが、イントルーダーは毎回の交戦記録をなんらかの手段で共有しているとしか思えません。これを見てください。イントルーダーは軌道を変えながらタドポールの放出タイミングを測っています」

 今エクレアが表示しているのはタナカの最後の降下の様子だった。

 一見するとイントルーダーは一直線に地上を目指しているように見える。

 だが、画面の中には複数の矢印が描かれ、イントルーダーがタナカ機の機銃噴射を巧みにかわしている様子が見てとれた。

 これは今までのイントルーダーには見られない降下パターンだ。

「では、エクレアも対イントルーダーの戦術は根本的に考え直す必要があると感じているのか?」

「はい」

 エクレアが深く頷く。

「…………」

 ブリーフィングルームが沈黙に包まれる。

 エクレアは隊のエースだ。過去三ヶ月の撃墜記録はぶっち切りでエクレア隊がトップの成績を残している。そして、それがあるからこそエクレアはいくら機体を溶かそうが譴責けんせきを受けないでいられるのだった。

「まいったな……」

 エクレアがそういうのであれば、四機が現実的であるというフォッカーの指摘は本当なのだろう。

 だが、それは空戦パターンを根本的に見直す必要があることを意味していた。

 バレンタインは無言のままガリガリと後ろ頭を掻いていたが、やがて再び顔を上げるとテーブルの上に両手を置いた。

「まあ、いい。俺はこれから降下プランを航空長と議論してくる。お前たちも今までの空戦パターンを見直して、四機での空戦パターンを編み出すんだ。アルテミスのAIのアクセス権はもうあるな?」

 一度口を閉じて隊員たちを見渡す。

 どの隊員も表情は真剣だった。

「これ以上、死人を出すな。タナカを最後にしろ」

 バレンタインが言葉を継ぐ。


 ブリーフィングルームの温度が少し、下がった。


「以上。解散」

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