第12話:リターンマッチ

 実戦での効果測定機会は意外と早く現れた。


 その日ヘッジホッグ隊の猛攻をかい潜ったイントルーダーがエリス中間圏へと侵入したのだ。

 周囲にいた軌道空母はエリザベスII、すでに改修を終えていたアルバトロスが四機追撃に向かう。

 バレンタイン達はブリーフィングルームの大きなモニターで熾烈な空中戦を見つめていた。

『……ソフィアとミヤシタは右舷から攻撃しろ。俺たちは左舷から攻撃する』

『ラジャー』

 通信内容が逐一スピーカーから流れていく。どうやら攻撃部隊のフォッカー中佐は挟撃してイントルーダーを潰すつもりらしい。

「それにしても四機同時展開とは女王様んところの航空長フライト・オフィサーも頑張るよな」

 コーヒーキューブを啜りながらバレンタインがボソリと言う。

「まあ、被害を出さずにイントルーダーを堕とした部隊はまだありませんからね。一応一匹も市街地に被害を及ぼすには至っていませんが、どこも軒並み最後はカミカゼ・アタックです」

「……ハ。エクレアも顔負けだわな」

「それだけ、タドポールが強力だってことですよー」

 監察宇宙軍謹製のカロリーブロックを齧りながらエクレアの隣でルビアが言う。

 口調は軽かったが、その表情は真剣だ。

 この交戦の結果如何では更なる改修と根本的な戦闘フォーメーションの変更が予測されるからだ。

 戦闘フォーメーションの変更はナビゲーターとしては大問題だ。最悪、今まで蓄えてきた知識と交戦記録が無駄になる。

「エクレア、良く観察してくれ。タドポールと交戦してiPSタンクの外にいるのはまだお前達だけだからな。タナカの時と比較しろ」

了解ウィ

 その目をモニターから逸らすことなく、エクレアは口だけで返答した。


+ + +


「ソフィアは核撃準備。ミヤシタは後退、第二波に備えろ」

 フォッカーが通信を通じてソフィアとミヤシタの小隊に命令する。

了解ラジャー

 ソフィア機が増速。

 ソフィアの機体は真っ赤にペイントされた目立つ機体だ。一方のミヤシタ機はくすんだスカイグレー。色とりどりなおかげで遠くからでも誰がどこにいるのかを視認できる。

 一方のフォッカー隊は二機揃って機体高度を下げ、はるか後ろに後退している。いつでも攻撃部隊を入れ替えられるフォーメーション。ソフィア隊が被害を被った場合にはすぐに入れ替わるという作戦だ。

 今追っているイントルーダーには二個のレーダーマーカーが撃ち込まれ、今でも信号を発信中だ。これなら少なくとも見失うことはない。

 それに、タドポールの放出は一回限りで二度目はないということも判っていた。

 フォッカーの作戦はソフィア隊がタドポールを放出させ、すかさずフォッカー隊と入れ替わるというもの。放出されたタドポールを焼き払うのはソフィア隊の役目だ。タドポールを失ったイントルーダーをフォッカー隊が温存していた機銃の集中噴射で叩き潰す。

 これまで戦術AIとシミュレーションを繰り返し編み出された空戦マニューバー。

 それぞれの機体のエアインテークは改修され、黒光りするカーボン装甲が不気味に輝いている。

 エアインテークの上端には左右それぞれ八基の四〇ペタワットの固体発振式高出力パルスレーザーガンが組み込まれ、ボディには二基のカメラが増設されていた。タドポールが放出されたらこれが威力を発揮する。フォッカーは半信半疑だったが、これ以外には手段がないことにも納得していた。


 まあ、最悪はアルバトロスをイントルーダーに叩き込んで終わらせる。

 常にそんなことをしているフランス人のパイロットもいることだし。


「…………」

 いつの間にかにアルテミスのブリーフィングルームは沈黙に包まれていた。

「スミス」

 ふとバレンタインは自分のナビゲーターのスミスに声をかけた。

「あれは定石通りなのか?」

「はい」

 メガネを人差し指で押し上げながらスミスが答える。

「あのフォーメーションは監察宇宙軍のAIが導き出した空戦マニューバーと一致します」

 モニターの中ではイントルーダーの正面に対峙したソフィア機が劣化ウラン弾を猛烈な勢いで撃ち込んでいる真っ最中だ。

 図形化された機体から生えている四角い箱の中に残弾数が示されている。

 一方のイントルーダーからも枝が生え、こちらには観測されている被害状況が伝えられていた。

「予測放出時間まであとどれくらいあるんだ?」

 とバレンタイン。

「予測ではすでに放出されていてもおかしくはないはずです」

 スミスはテーブルの上に乗せたタブレットを操作しながら答えて言った。

「すでに予測からは一分以上超過しています」

 ソフィア機の残弾数が少ない。あと十秒程度の噴射でソフィア機は弾切れになる。

 それにも関わらずソフィアは果敢に攻撃を続けていた。残弾数を気にしているのか、噴射が小刻みだ。

 つと、モニターの中でイントルーダーの動きが直線的になった。

「隊長、そろそろ来ます」

 エクレアがバレンタインに言う。

 そういう側からモニターに警告。


【イントルーダー・ハッチ解放】

【タドポール放出】


「来やがった」

 思わずバレンタインが腰を浮かす。

 モニターの中のソフィア機は冷静だった。慎重に機体の軸を合わせて戦術核ミサイルを発射する。

【2セコンド・トゥ・インパクト】

 と言う大きな文字。その数字がすぐに1になり、そして0に変わる。

 瞬間、大きな球状の爆発が現れた。

 タドポールはレーダーには映らない。そのためどれくらいの威力があったのかはここからではわからない。

 ソフィア機はすぐに反転、すかさずダイブして何かをかわすような機動を見せる。

「……タドポールに当たったな」

 だが、ソフィア機からの被害報告はない。

「うまくいっているといいんだが」

 バレンタインは呟くと、さらに身を乗り出した。


+ + +


「ヘレン、回避行動を、取るから、掴まって」

 言いながら、ソフィアが機体を左右に振り回す。

 周りにはタドポールの群れ。茶色いタドポールが大きく迂回しながらアルバトロスに群がろうとする。

 すぐにタドポールの雲がソフィアの機体を取り巻いた。

 機体下部から連続した爆発音が聞こえてくる。新しい装備が侵入しようとしているタドポールを撃ち落とし始めたのだろう。

 だが、その数は強烈だった。

 エアインテーク付近での爆発は機体バランスに大きく影響する。ソフィアはペダルとスティックを操作し、機体のバランスを整えながらタドポールの攻撃を危うく防いでいた。

『ソフィア、タドポールを一箇所にまとめろ。ミヤシタの方に誘導するんだ』

「ラ、ラジャー」

 ソフィアは一度下に潜った機体を上手に操作し、ジリジリとミヤシタ機の方へと後退して行った。

 今のフォーメーションではミヤシタ機がイントルーダーの直下後方に占位しており、さらにその後方にはフォッカー隊長の隊が控えている。

『核撃する。退避は各員に任せる』

 再び後方のフォッカー隊長から通信。

「ソフィア、アイ」

(あーあ、さっきも被爆しちゃったし、これでiPSタンク行きは確定ね)

 内心ぼやきつつもソフィアは機体とスロットルを操作して上手にミヤシタ機の下へと移動した。

『ソフィアさん、こちらは、大丈夫』

 とミヤシタ。

 ミヤシタも息が荒い。ミヤシタ機もシミュレーション通りにアベンジャー機関砲を噴射して少しでもタドポールの数を減らそうと躍起になっていた。

「あり、がとう」

 息も絶え絶えながらミヤシタに一応答えてみせる。

 と、ヘルメット内部にアラームが響いた。

【吸気不良。出力低下】

 バイザーに大きく赤い文字が現れる。

 スクラムジェットを推進力とするアルバトロス内部には吸気した大気を圧縮するためのコンプレッサーが存在しない。圧縮は全て超音速飛行で作られる衝撃波によって行われる。

 タドポールの破片がどこかに溜まったか、あるいは吸気口が変形したか?

 どちらにしてもこれ以上の戦闘は不可能だ。ソフィアは即座に判断すると、

『機体を、捨てます。ミヤシタ、さん、離れて』

 と通信を開いた。

 ついで機内通信で

「ヘレン、エジェクト」

 と命令。

 即座にその意を汲み取ったヘレンがシート上部のレバーを引き、自分が乗っているナビゲーターポッドを機外に放出する。

 ソフィアはバックミラーに映るその様子に満足すると、パネルを操作して機体の自爆を放出後五秒にセットした。

『ソフィア、エジェクトします』

 レバーを引いてパイロットポッドを放出。 

 小さなカプセル状のパイロットポッドが後方に吐き出され、すぐに滑空体制に移行。

 推進力を持たないパイロットポッドに向かってくるタドポールはいない。キャノピー越しにソフィアが見つめる中、無数のタドポールが赤いアルバトロスに殺到する。

 ソフィアのアルバトロスは果敢にも無人でタドポールを撃ち落とし続けていたが、すぐに五秒が経過、その場で爆発。

 瞬間、周囲のタドポールが爆散する核融合エンジンの火球に飲み込まれる。

 ソフィアはその様に満足しながら静かに失神した。

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