第3話:惑星エリス対流圏上層
「スミス、爆装解除。核撃準備」
バレンタインは目視しているイントルーダーの姿を睨みながら静かに後席のスミスに告げた。
「ええ? もう、ですか?」
さすがに驚いてスミスが反駁する。
「ああ」
バレンタインは頷いた。
「ヘッジホッグ隊がしくじっている。あれでは落とせない。ちょっと焼かないとあの装甲はガトリングでは抜けないよ」
「でも、エクレア隊は……」
スミスが爆装解除のプロトコルを入力しながら、それでもバレンタインに訊ねる。
「連中もわかってるさ。見ろ」
バレンタインはキャノピー越しに見えるエクレア機を指差した。
見ればエクレアたちの紫色の機体の武装ハッチはすでに解放され、中では核ミサイルがスタンバイしている。
「あーあ……」
スミスは思わずヘルメットに覆われた額に手をやった。
「連中に合わせるぞ。エクレアはおそらくスレスレでイントルーダーの頭上を通過してから核撃するはずだ。こっちも先行して同着するようにミサイルを放つ。スミス、計算頼むぜ」
「了解でーす、隊長」
エクレア機とバレンタイン機の放ったミサイルは寸分違わず同時にイントルーダーに着弾した。
瞬時に核融合が始まり、強烈な火球が発生する。
大気圏内での核攻撃。
地球では大変な問題になる攻撃もエリスでは揉み消される。
どちらにしても中性子ミサイルは原爆よりははるかにクリーンだ。残る放射性物質もずっと少ない。
「殺ったか?」
バレンタインは大きくなっていく光球の周りを周回しながらつぶやいた。
「ネガティブ」
すかさず後席のスミスが答えて言う。
「こんなので落とせるんだったらとっくの昔にヘッジホッグ隊が沈めてます」
「ま、確かにな」
バレンタインはスティックを操作すると機体を光球に正対させた。
エンジンを切り、慣性だけで後ろに進む。バレンタインとエクレアでなければできない高等戦技だ。
「さあ、来いよ……」
一方のエクレア機は光球の頭上を通過すると大きく周回しながらイントルーダーの姿を探していた。
「この程度で落ちる訳がない。ルビア、探して」
「アイ、エクレア」
マッハ8での索敵行動。通常だったら正気の沙汰ではないだろう。
だが、ここはエリス。そして機体はエリスの大気に特化した
OFA-71アルバトロスはエリスの濃密な大気に合わせて開発された初のオービタル・グライダーだった。衝撃波を抱え込むような三角翼、下に向かう大きな尾翼。そして背面には大きく
イントルーダーがこちらに対して自発的な攻撃を行わないことが判った結果、国連監察宇宙軍の戦闘機は徐々に派手な外装へと変貌していた。
エクレアの機体にしてもそうだ。紫色の機体にオレンジ色の稲妻マーク。補色関係にあるこの配色はどうやってもとても目立つ。
だが、国連監察宇宙軍はこのマーキングをパーソナルマーキングとして認定した。今では紫色の機体はエクレア隊のトレードマークだ。
『紫色の悪魔』の異名と共に。
エクレアもスティックとペダルを操作すると、機体を光球に正対させた。
バレンタイン隊長ほど長くバランスは取れないけど、わたしだって……
左にはすでに光球に正対しているバレンタイン隊長の機体が見える。
戦闘機としては後ろ向きの機動。しかも現在の速度はマッハ9に近い。
だがエクレアは怯えない。
そもそも揚力がない機体なのだ。一時的に慣性で後ろ向きに機動したところでなんの問題もない。
と、突然。
光球の中から赤熱したカブトガニが飛び出してきた。
ほとんど反射的に射撃開始。
ヴー……
牛の唸るような射撃音と共に無数の劣化ウラン弾がガトリング砲から放たれる。
「効果測定ポジティブ。イントルーダーは揚力を失っています」
+ + +
「エクレア隊が射撃開始、うちはどうしますか?」
「まだだ」
バレンタインが絶妙なコントロールで後ろ向きの姿勢を維持しながらスミスに答える。
「りょーかい」
エクレア機からは猛烈な勢いで劣化ウラン弾が噴射され続けている。
「おいおい、そんな撃ち方したら砲身が溶けちまう……」
「エクレア機、残弾50%を切りました」
「ふん、そろそろだな。スミス、ルビアに下がるように伝えろ。ケツは俺らが持つ」
「はあ、いつもの流れですね。了解……あー、ルビア中尉? エクレア大尉に後ろに回るよう伝えてもらえますか? その位置はうちがもらいます」
──了解
これはエクレアの声だ。
──はいはーい
ついでルビア。
エクレアは機首を再び前方に向けると光球から離れるように加速した。
すかさずバレンタインが機体をスライドさせ、後方に向けてグライドしたままエクレア達のいた空域に占位する。
「イントルーダー沈降中。高度1万メートルを切りました」
「こりゃ、仕上げを急がないとな……」
バレンタインはスロットルのスイッチを操作し、二発目の戦術核ミサイルの安全装置を解除した。
どうせ、基地に帰ればiPSタンク行きは目に見えている。ならば……
目の前ではイントルーダーの巨大なカブトガニのような身体がバラバラに砕けそうになっていた。装甲が大破し、中から肉色の生体部品が露出し始めている。
「まずはこれでも召し上がれっと」
バレンタインは細かく機体姿勢を調整しながら射撃を始めた。
ヴー……
OFA-71アルバトロスの下面に装備されたガトリング砲が特徴的な唸り声をあげる。
アルバトロスの主砲は三十ミリガトリング砲だ。
もはや古典兵器の類であったが、退役したA―10サンダーボルトⅡから移植されたこのアベンジャーガトリング砲の破壊力は今でも絶大だ。さすがルーデル大佐の落とし子だけの事はある。
バレンタインはこの砲で目視による精密射撃ができる監察宇宙軍でも数少ないパイロットの一人だった。逆に言えば、この技術でバレンタインはエースの名前を勝ち得たと言っても良い。さすが、エリス防衛国連監察宇宙空軍の中でもトップレベルのエースパイロットだけのことはある。
ヴー……、ヴ、ヴ……
バレンタインがアベンジャー砲を点射しながら正確にイントルーダーの装甲を剥ぎ取っていく。
ペダルとスティックを細かく操作して機体姿勢を制御しながら射撃を続けるその様はどちらかというと大雑把なバレンタインの日常の姿からはとても想像できない。
後席からバレンタインの射撃を見ながらいつものようにスミスは感服していた。
(一体、何をどうやったらこんな細かい姿勢制御が出来るんだろう……)
今、バレンタインはイントルーダーの背中の装甲を剥ぎ取っているところだ。
「おいスミス、兵装交換だ。ミサイルのノーズコーンにタングステンダーツを追加」
「タングステン、ダーツ、追加、ラジャー」
高空で、しかも超音速で高機動しながらの会話は息が切れる。この高G環境で普通に話ができるバレンタインやエクレアはやっぱり身体の構造からして自分達とは違うのだろう。
機体の中でロボットアームが動く小さな振動。格納庫の中でロボットアームがミサイルのノーズコーンを交換している。
「ノーズコーン、交換まで、あと、五秒」
「ラジャー、スミス」
なおもアベンジャー砲の点射を続けながらバレンタインは答えて言った。
「イントルーダーの装甲を剥がして、露出した生体部品にミサイルを叩き込むぞ」
「ラジャー」
イントルーダーは再生する。それも、地球の生命体よりも遥かに早く。うかうかしていると今までの打撃が無駄になる。
イントルーダーの再生速度に先んじ、バレンタインは精密砲撃によってイントルーダーの背面装甲を完全に剥がしてしまっていた。
仕事に満足し、肉色の生体部品に目を凝らす。
どこが、心臓だ?
イントルーダーの構造は今でも謎に満ちていた。何しろ鹵獲できた試しがないし、地上に落ちてもすぐに爆発してしまう。
内部構造はこうしてパイロット達が録画してきた画像から推測するしかない。
やがて、バレンタインはその生体部品の中で脈動している場所を見つけた。
あれ、だな。
少しずつ再生する背面装甲を避けながらバレンタインはレーザーマーカーを心臓と思われる場所に撃つと、アルバトロスの二つ目の核ミサイルのトリガーに指をかけた。
「五秒で射出。4、3、2……」
バレンタインがカウントしながら戦術中性子核ミサイルを発射する。
「エクレア大尉、ミサイルを、発射しました。退避姿勢!」
──了解
上空で様子を観察していた紫色の機体が腹を見せる。
パイロットを守るために
「エクレアを降ろせ」
「ラジャー」
すぐにスミスがルビアとの通信を再び開く。
──いえ、仕上げはわたしがやります
「あ?」
思わず聞き返す。
今、目の前では大きく白熱する核融合の光球が広がり始めていた。
タングステンダーツを装備した核ミサイルは間違いなくイントルーダーの生体部品に食い込んだ。これで焼き尽くせないとは思えない。
だが……
大きくロールしてエクレアの機体がイントルーダーに突撃していく。
紫色の機体から小さな部品が一つ。これはルビアだ。エクレアが不要な部品を捨てている。
「エクレア、アホ、もう十分だ」
──いえチーフ、まだです
エクレアはさらに増速しながらその光球に飛び込む機動を取ると、すかさず
後方へと飛んでいくパイロットポッドの向こうで紫色のアルバトロスがイントルーダーに突進する。
「やめろ、また機体溶かす気か!」
だが、その声はエクレアには届かない。
そもそも彼女はもうベイルアウトしている。手遅れだ。
「スミス、緊急回避! エジェクト、エジェクト、エジェクト!」
指示された通り、スミスは慣れた動作で頭上のエジェクト・レバーを引き下げた。すぐにスミスのナビゲーターポッドが強制射出される。
そして、バレンタインが退避姿勢を取る間もなくエクレアのアルバトロスが核ミサイルごとイントルーダーに体当たりし、爆散した。
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