第3話 過去では①
バイト先がある路地から1本出ればそこは駅前の繁華街。
この繁華街を駅とは反対に抜けた最初の住宅地のちょうど真ん中くらいに我が家がある。
繁華街を抜ける最中にすれ違った男性2人の会話がたまたま耳に入った。
「グリクロの新キャラ欲しくて課金しちゃったよ。」
「またかよ!ヴァーミリオンだっけ?」
「そうそう。」
「まぁなぁイラストだけでアドだし───」
グリモワールクロニクル。通称グリクロ。
やってはいないが名前だけは知っている。今日本で1番プレイされているとまで言われているソーシャルゲームだ。
そして男性達が話していたキャラも知っている。
たしか『紅蓮の魔女 ヴァーミリオン』。
一昨日SNSにカハルさんが『描かせていただきました。』とキャラのイラスト共に投稿していた。
「やっぱすげぇなぁカハルさん。」
思わず独り言を呟いてしまった。
ほぼ無名のころから下心アリとはいえ応援してるのだ。イラストが評価されていき、こうやって現実の世界で話題にされてるのを見聞きすると嬉しくもあり、同時に『遠いな』とも思ってしまう。
俺の仮想での姿を彼?彼女?が担当してくれたからこそ、他のバーチャル配信者が1から始めるのと違ってある程度のネームバリュー、『カハルのイラスト』というステータスが今回の登録者数1万人という節目に繋がったと言える。てかほぼそう。
まだまだバーチャル配信者として新参者だが、思えばここに至るまで周りの人達にとても恵まれていたと思う。
半年前。
きっかけは珍しく家族3人で夕食を採れていた時だった。
「ということで今日は早く帰れたってわけ。」
そう話すのは我らが母『
母さんは出版社の務めで義父はその出版社の編集長だった人だ。
今度出版する本はとあるバーチャル配信者企業の社長のエッセイ本らしく、その社長がとても真面目でいい人だったらしく〆切の3週間前時点で印刷会社に委託を完了し、今日から1週間ほどは恐らく定時で帰れるだろうという話だった。
「それでも1週間なんだねぇ。その社長さん作家さんより優秀なんじゃない?」
義妹の『
「そうねぇ、私が抱えてる作家先生もこのくらい〆切に余裕持ってくれると私も少し楽できるんだけどねぇ…。」
「お母さんを苦しめる作家なんかこうよ!」
「ほんとにね!」
『シュッ!シュッ!』とシャドーボクシングの真似事をする七美とそれに続く母さん。
「ほら、母さんも七美もふざけてないでご飯食べな。」
「「はーい」」
そう言って俺は母さんが飲むビールとそれ用のツマミをテーブルに置きながら自分の定位置に座る。
「「「いただきます。」」」
本当に3人で食卓を囲めるのは久々だ。多分ここ1年はなかった気がする。
久々の全員集合の食卓は七美の高校での話や母さんの職場での愚痴や面白エピソードなどで盛り上がっていた。
そんな母さんの話の続きで俺に話を振られる。
「ハジメは最近どうしてるの?」
「どうもこうも変わったことは何も無いよ。」
「彼女の1つや2つ出来たんじゃないの?」
「いや、2つはダメだろ。」
酔っている母さんにツッコミを入れてると七美が俺に問いかける。
「にぃが女の人の話ししてるの見たことないよ?」
『にぃ』とは俺の事で『お兄ちゃん』『兄ちゃん』『にぃ』と変化していった感じだ。
呼び方は変わってもまだ兄として呼んでくれているのは正直嬉しいとこである。
「まぁ高校卒業してから接点はバイトくらいだからな。」
「にぃ顔は良いんだから、にぃの価値観を理解してくれる女の子が現れれば彼氏彼女なんてすぐだと思うんだけどなぁ。」
価値観──自分の中のそれが一般的な人達から少し外れていると俺は自覚している。
この話題に触れているのはあまりよろしくない。俺というより七美がである。
七美は俺がこうなったのは七美自身に責任があると思っているからだ。
俺は話題を逸らすように七美に答えることにする。
「そんな女の子がいれば紹介してく──。やっぱいい、七美は本当にそういう子見つけて紹介してきそうだから怖い。」
「なんだふぅちゃん紹介してあげようと思ったのに。」
「………。」
この義妹はコミュ力の塊なのだ。学校の全員が友達なのではないかと錯覚するくらい次々と名前が出てきて、もう誰が誰だか元々は誰の話だったか分からなくなることがある。
そんな義妹に一種の恐怖を覚えていると母さんが缶ビールを飲み干しながら少し真面目なトーンで俺に話しかける。
「ハジメのやりたい事は見つかった?」
「……まだかな。」
「バイト先の店長さんとかは良くしてくれてるんでしょ?」
「たしかに職場の雰囲気は好きだし、働いているのもいい人達ばかりだよ。」
『でも……』と繋げる。
「『働きやすい』ってだけで『やりたい事』とは違う気がするんだ。我儘だけどその答えを探したいと思ってる。」
「いいのよ、子供が親に遠慮するもんじゃないわ。今までがハジメに頼りすぎていたのよ。」
俺はなんて答えていいか分からず、少し困り顔のまま笑ってみせた。
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