第2話 現実では
仮想で1つの節目を迎えた九頭リンに対して、現実の俺はあまりにも平凡──平凡以下と言えるだろう。
幼い時に父を病気で父を亡くし、母と2人暮らし。
俺が小学校3年生に上がる時に母が仕事場の上司と再婚。上司こと義父も俺達と似たような境遇でありその時小学校に上がる娘を連れて我が家にやって来た。
いきなり義父と義妹が出来て困惑した覚えもあるが当時はこれで母が少しでも楽になるなら、幸せになるならと子供ながらに考えていたと思う。
だがそんな俺の願いは叶わず、義父も再婚して3年後になんの前触れもなく交通事故に逢い亡くなってしまった。
蚊帳の外の第三者から見れば、ただでさえ母と息子の母子家庭で金銭的余裕はなかったのに養う子供だけが増えさらにそれは加速した。
血も涙もない言葉にすればこの通りである。
実際それは事実であり、中学生ともなれば流石に自分がやらねばならない事は理解できていた。
中学校では部活には入らず放課後はすぐ自宅に帰り、夜遅い母の代わりに家事と妹の面倒、中学3年生なってからはそこに受験勉強も加わった。
幸いだったことは通える範囲に言い方は悪いがレベルの低い公立高校があったためそこまでシャカリキに勉強しなくても無事合格する事ができた。
高校に入ってもやることは対して変わらなかった。義妹が中学に上がり手がかからなくなったこと、部活を始めたのもあって帰ってくる時間が遅くなったこともあり、中学時代受験勉強に当てていた時間をそのままバイトに置き換えることができるようになった。
義妹は俺がやってなかった部活を自分だけがやるのを最初は渋っていた。中学の部活と言えど必要な道具や継続的に使う消耗品を考えれば相当な額になる。
俺はそのためにバイトを始めたと言っても過言ではない。たしかに自分の時間を犠牲にしてきたのは自覚はある、それでも義妹にだけは好きなことをして欲しかった。母の時は幼さに押さえつけられ『願う』だけだった俺だが、今は自分で『叶える』ことができる力がある。
母はもう再婚する気はないだろう、俺がそれを勧めるのは違う気がする。だったらせめてもう1人の大切な家族の幸せとそれを『叶える』ことぐらいはせめて
結果的に当たり前だが俺には何もなかった。
家が貧しいから?
それは違う。ただの言い訳だ。
自分の時間がなかったから?
それも違う。ただの言い訳だ。
家族のためにバイトに明け暮れたから?
もっと違う。言い訳にもならない。
最初から何もなかったのだ。
得意なことも。
苦手なことも。
好きなことも。
嫌いなことも。
やってみたいことも。
やりたくないことも。
俺には何もなかった。
ドラマやアニメ、小説などに出てくる平凡な登場人物達は俺からみれば全然平凡なんかではない。好きなことや嫌いなことがあったりして俺なんかよりよっぽど生き生きしている。
もし彼らが平凡なのだとしたら
俺は平凡以下なのだろう。
「はい、お疲れさん。」
「……あ、お疲れさまです。」
少し昔のことを考えていたら返事をするのが遅れてしまい、さっきまで一緒に働いていたトオルさんが心配してくる。
「なんだ?疲れてるのか?まぁ、今日はちっとばかしハードだったわな。」
「ですね、あの予約の人数は異常でしたよ。」
「ママ友の会と近くの中学校の部活の打ち上げがブッキングするとはなぁ…。」
「お陰で時間が過ぎるのがあっという間でしたけどね。」
「ちがいない。」
二人で『ニシシ』と笑い合う。
俺が働いてる場所、個人経営の洋食屋で店名を『ケッチャップ亭』。
高校時代のバイトからお世話になっているお店だ。
個人経営の洋食屋と言うにはそこらのファミレスくらいの座席数はあるという少し不思議な店だがそれでもピーク時には外に人が並ぶことがあるくらいの繁盛店である。
「にしても、アキラもアキラだよなぁ。何も団体客をまとめて同じ日にしなくてもいいのにさぁ……。」
「あら?私が何?」
トオルさんの後ろに僅かな笑みを浮かべて立っている女性が1人。
「ハハハ。そういえば俺片付けまだ残ってたんだわー。じゃあな!」
そう言ってさんは女性から慌てて逃げるようにスタッフルームから出ていった。
「まったく、トオルの奴は…。」
呆れたようにトオルさんの名前を呼ぶ彼女こそアキラさんであり、この店の店長である。
「俺はたまに付き合っているのを通り越して夫婦なんじゃないかって思いますよ。」
いつもの見慣れた夫婦漫才みたいなやり取りに自然と口から出た言葉だった。
「ええほんと、早くその甲斐性を見せて欲しいくらいだわ。」
「あはは……。」
俺が苦笑いをしているとアキラさんが俺に向かって真面目なトーンで話してくる。
「ねぇハジメくん、本当にうちの正社員になる気はないの?」
「この前も言いましたが『今』のとこはないです。
『見つかるかわかんないですけどね』と嘲笑しながら付け加えた。
「なら、妹さんが高校を卒業するまでにハジメくんにこの仕事を好きになってもらえば良い訳ね。」
「勘違いしないように言っておきますけど、別に今のこの仕事嫌いな訳じゃないですからね?」
「ではなぜ正社員の話受けてくれないの?」
「俺昔から好きとか得意とかやりたい事とかが分からなくて。それを確かめる意味でも少し時間が欲しいんです。」
「妹さんは今何年生だっけ?」
「高二ですね。」
「じゃああと1年半以上あるじゃない。こちらからアプローチするには十分ね。」
「お手柔らかにお願いします。」
そう言って俺はスタッフルームのアキラさんと厨房にいるトオルさんに挨拶をして帰路に就いた。
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