第4話 ひばあじん、山で神に遭遇す④

 奴が向かった先は私ではなく、その後ろに居た何か…黒い霧の様な靄の様な、捉え処の無い何かが集まった、大きなクマ位の大きさの人の様なシルエットの塊……ゲッ、何あれ!?


「ちょっと何なの、あの黒いの!?」

「オマエ、コイツが見えているのか!?なら、その手に持った棒でしばいて加勢してくれ!」

 

 言われた瞬間、振りかぶってその黒い何かをぶっ叩いていた。

 見た通り空中に漂う気体の様な物で、叩くと散り散りに消えてゆく。だが、直ぐに何処からか現れ、集まろうとするので、ひたすら叩く。

 

 自称元神(仮)の方は、噛み付いてそのまま食っている。食われた部分は消えて無くなっているようだ。


 

 奴が食い散らかし、私は木の枝で叩きまくる。

 いつの間にか太陽が顔を出し、なのに雨が降ってきた。陽の光の中降り注ぐ雨。その影響なのか、黒い霧の塊が若干薄まった気がする。


「気ィ抜くなよ!一気に叩き潰すぞ!!」

 なんで貴様に命令されないといけないんだよ、と腹立ちつつも攻撃を続けた。いや、続けるしかなかった。

 

 夏を間近にした木々の濃い緑と、雨に濡れてむせ返る様な土の匂いが感覚を刺激して、酔いと眩暈で気分が悪くなりそうだ。だが、攻撃の手を休める訳にはいかない。

 

 

 吐きそうになるのを堪えながら戦っていると、奴と目が合った。嬉しそうに、目が笑っていた。

 何故だか、私も嬉しくなった。笑いたくなった。

 

 あはは あはは あはは あはは あはは あはははははは

 

 無茶苦茶に木の棒を振り回しながら、大きな声で笑い続けた。

 



 暫く攻撃を続けていくとかなり小さくなって、掌サイズの黒い雲状に幾つか分かれ、散り散りに去って行った。

 

 そして私は安堵し、気の抜けた瞬間…

「うえぇぇぇーーー!」

 吐いた。


「あんだけ弱らせときゃ、暫くは何も出来ねぇだろ…って、汚ねッ!」

「う、うるさ…おぇぇーーー!あ~気持ち悪い…ところで何なんだ、アレ!」


「オレが弱体化したのを知って、この山を乗っ取ろうと出てきた魔の物、だな。しっかしホント、美しさの欠片も無ぇ女だな、オマエはよォ」

「ハイハイすみませんねぇ、ブスで非処女でとうが立ってて…え、この山ってそんな物騒な山だったのか!?」

 

 子供からお年寄りまで、気軽に市民の皆様が利用しているんだが。

 何処かに通報しておいたほうがいいのか?役所?警察?消防署?

 …いや、妖怪が出るので危ないから登るのを控えて下さい、等と呼び掛けたところで、逆にこっちが通報されるだろうな…



「まあ、週一くらいで見廻りしてりゃ、そこそこ安全は保たれるだろうよ」

「それならいいけど。ま、頑張ってね」

 得体の知れない奴の言う事なので、どこまで信用出来るかは分からない。だが、もう私が携わる事はないだろう。


「おい、何を他人事みたいに言ってんだ。オマエも手伝うんだよ」

「な!?」

 なんで、私が?冗談じゃない…と言おうとしたのに、言葉にならなかった。

 疲れ切って思考が回らないのと、あまりにも突飛な要求を突き付けられたのとで、咄嗟にお断りする事が出来なかったのだ。


「なるたけ近くに居ねぇとオレは体、オマエは右腕が消えちまう。そう言う事で不本意だが…暫くは離れられねぇ訳だ」

「うそ…」

 

 そういえばさっき、コイツから逃げた時に右腕が消えかけたっけ。

「…いつまで、ご一緒しなければならないのですかねぇ」

 わざと、嫌味ったらしく聞いてみた。


「そりゃあ勿論、オレが元に戻るまでだ。どうも誤った贄を喰っちまうと、相手に妖気を取られるみたいだな。オマエの方に移った妖気が全部返ってくるまで、オレの体もお前の右腕も、完全に元通りにならねぇだろうよ」

「だから、それがどのくらいの期間かかるか、聞いてんの!」


「さあな。明日直ぐに戻っているかも知れねえし何年、何十年とかかるかも知れん」

 

 そ、そんな……只、自分の夢を願っただけなのに……

 愚者の願いは呪いと同義、我が身に返るは因果応報…か…

「自業自得、身から出た錆、後は…」


「ブーメラン、とかか?」

「それ、ちょっと違…って、なんでそんな最近の言い回し知ってんのさ!」

 それより、しれっと私の独り言に返事を返すか!?この状況で!!


 

 いつの間にか雨も上がり、恐ろしい程に美しい真っ赤な夕焼け空になっていた。

 生暖かく湿った、夏の来訪を感じさせる匂いがする。

 朝、家を出る時には久し振りの山登りに、不安と高揚の入り混じった冒険気分に満ち溢れていたのに。まさかこの様な一日になるなんて…

 神様、一体私が何をしたというのだ!!・・・ああ、神はコイツか。


「あれこれ考えても仕方ない。1日も早く元に戻るように!頑張るのみ!」

「おお、やる気十分じゃねえか。よし、勝利の宴と洒落込もうぜ、酒とご馳走用意しろ!」


「何故私が、貴様の為に宴を設けねばならんのだ。嫌だね」

「オマエ忘れたのか、オレは『神様』なんだぜぇ。神に助けられたんだ、お礼をして当然だろう?」


「いや、最初に襲ってきたの、お前さんだよね?明らかに原因作った諸悪の根源が何言ってやがる、何なのその自分勝手なマッチポンプ!」

 ・・・はぁ。

 

 この先私の腕が戻るまで、強制的に付き合いが続くと思うと、頭を抱えて転がりたくなる程に憂鬱だ。

 

 

 これが、私【阿沼美あぬみせあら】と、堕ちた神の成れの果て【尾沙輝おざき星灯あかり】の出逢いであった。

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