第2話 ひばあじん、山で神に遭遇す②

 雨は止みそうになかった。

 あまり長い時間、年頃の異性と2人きりというのは、非常に気まずいものである。外の様子を伺おうと顔を向けた時、相手と目が合った。こちらをガン見している…マジかっ!?

 

 その時改めて、相手の顔をはっきりと見た。長い前髪の下の目は切れ長で、整った鼻筋と薄い唇。どちらかといえばあっさりした顔立ちの、涼しげなイケメンだ。

 更に気恥ずかしさがこみ上げ、居心地が悪い。お願いだ、雨よ早く止んでくれ。



「雨、早く止むといいですね」

 え!?一瞬心を読まれたのかと、驚いた。


「あまり長い間降り続くと、足元が悪くなりますし。日が暮れれば何かと危ない」

 ああ、普通に思ってる事を話しただけか。

 でもまさか、話し掛けられるとは思ってなかったので、少し混乱している。戸惑って硬直していると、更に話を続けてきた。


「ご心配なく、怪しい者ではありません。僕はボランティアでこの山の見回りをしている、オザキアカリという者です。尻尾のオに沙汰のサに輝くのキ、そして星の灯でオザキアカリです」

 尾沙輝おざき星灯あかりさん、か。やや低めの落ち着いた、優しげな声をしている。うん、絶対モテるだろうな、この人。


「すみません、入口から風が入って冷えるので、そちらへ移動しても構いませんか?ええと…お名前、お伺いしてよろしいですか?」

 阿沼美あぬみせあら、と本名で名乗っておいた。


「おぉ~、珍しいお名前ですね」

 いやいや、アンタもアイドルの芸名みたいだろ!と思ったが、ここは穏便に微笑んで頷いておく。


「今日はお一人で登られたんですか。最近はアウトドア系のソロ活をされる女性、増えてますからね。アニメや動画などで興味を持って始められたり。阿沼美さんもその様な切っ掛けで?」

 ええ、まあ、と曖昧に答えておいた。本来の目的はあまり人様に話すものではないので。


「失礼ですが、学生さんですよね?若い方に何かあっては大変だ、雨が上がったら麓までお送りします!」

「いえいえ、そんな…」


「ああ遠慮なさらず、これも僕のお役目なので」

 否定の意思表示をしたのは“学生”の部分だったのだが、まあいいか。

 若く見られたのは単純に嬉しいし、どうせ一期一会だ。折角だしその時が来たならば、有り難く送って頂こう。



「しかし、生憎の天気になってしまわれましたね。今日は終日、晴天の予報だったのに。阿沼美さんも軽装で来られたようですが、大丈夫でしたか?」

「ご心配なく、私は大丈夫です。たいして雨に当たっていませんし」

 

 そう答えた刹那、何かしら違和感を感じた。何か、気付かなければ取り返しのつかない事が起こりそうな、心がざわつく違和感が。

 だが、その正体も分からぬまま尾沙輝さんに矢継ぎ早に話し掛けられ、何処かへ行ってしまった。

 

 見かけに拠らず、お喋り好きな青年のようだ。お蔭で雨が上がるまでの間、鬱々と待つ事無く過ごせた。


「雨が上がったみたいですよ、阿沼美さん。今のうちに下山しましょう」

 そう言って私の手を引いて、出発を促してくれたのであった。




「地面が濡れているので、足元に気を付けて。また雨が降り出すといけないので、裏道の方にご案内します。ショートカットコースになっているんですよ」

「有難う御座います」

 

 ほぅ流石、山ボランティアの方!なんとか雨の上がっているうち、夕方が来る前には下山しないと、いくら子供の遠足レベルの山とはいえ危ないだろう。

 

 分け入っても分け入っても、というフレーズがひたすら頭をよぎる。多分、道無き道を歩き続けているせいだろう。

 折角、近道を案内してくれた尾沙輝さんには悪いが、うんざりしてきた。そして休みたい。


「阿沼美さん、大丈夫ですか?なにぶん道が悪いもので、申し訳ないです」

「い、いえ、大丈夫ですよ」

 と慌てて答えた。ヤバい、思うところがあるのが伝わったのであろうか?



「ところで、この山にパワースポットがあるのを、ご存じですか?」

「ええ…知っています」


「なんとですね、何でも願いを叶えてくれる神がいるんです。ご希望があれば、またの機会にでもご案内しますよ」

「あ、実は入山した目的はそれなんです」


「え、そうだったんですか?何を願ったんです、宜しければ聞かせて下さいよ」

「つまらない事です、人様に聞かせるなんて、とてもとても」

 しまった。つい、話の流れで要らぬ事を言ってしまった。


「え~、気になるじゃないですか、今時の若い女の子の願い事とかさァ。聴きたいですよ~」

 なんか、急に俗っぽい話し方になっていないか、この人?それに、いつまで歩かされるんだ、この道なき道を。

「いやいやホント、しょうもない願い事なので…ところで、あとどの位で下山できますか?」


「しょうもない、か…ふん。確かに、しょうもないモンだったよなァ、オマエの願いはよぉ!」

「え…」


「オマエだけじゃあ、無ぇけどなァ。どいつもこいつもクッソくだらねぇ事ばっか、ぬかしやがる」

 何で急に怒ってるのだろう、この人。あまりの豹変振りに、思考がついて行かない。だが、今すぐここから逃げ出さねばならないのは、本能的に分かる。

 

 私は慌てて駆け出した。が、遥か長身の男に、足の速さで勝てる訳がなかった。

 一瞬で捕まり、地面に突っ伏され、馬乗りで拘束された。


「お望み通り、叶えてやるよォォォ、オマエの願いとやらを、よォーーー!!!」

 

 そう喚く彼の方を、何故か振り返り見てしまった。


 その、怒りで凍てついた表情になって尚、美しい造りの顔に見蕩れた私は。


 固まって動けない儘、成す術も無く食われてしまったのであった。


 右腕を。



 

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