暮色蒼然のその先の神(キミ)と、向かう行方は天か地か

胡蝶花流 道反

第1話 ひばあじん、山で神に遭遇す①

 気が付くと、そこは山の中であった。

 

 鉛色の雲に覆われた空は薄暗く、初夏だというのに寒気で体が震えている。だが、周りの空気自体は冷たさを感じない。

 

 そして、右腕が痛い。目が覚めてゆくと共に、痛みが増す。酷い怪我をしている様な痛みだ。

 

 まだ体は怠く思うように動かせないが、ゆっくり起き上がろうと試みる。

 背を少し浮かしたところ、どうも木の根元にもたれて眠っていたようだった。酷い痛み具合に、恐る恐る右腕の方に目をやる。

 

 え・・・・・


 私の右腕は二の腕から下が千切れ、血がぼとぼとと垂れている。

 

 その様な惨状を見ても、現状を全く理解できなかった。まだ覚醒めざめきっておらず、頭がぼうっとしていた、というのもあるが。

 我が身に一体何が起きたのか、霞がかった頭でなんとか思い出そうと頑張っていると、どこかから呻くような声が聞こえる。

 

 私の他にも怪我をしている者がいるのかと思い、辺りを見回してみる。

 少し離れたくさむらに、白っぽいモノがうずくまっているようだが、ぼやけてよく見えない。ああ、私は今、眼鏡を掛けていないのだと気付いた。

 メガネメガネ、と、いにしえのコントの様にその辺を弄っていると、蔓の部分らしきものが指に触れた。良かった、眼鏡は無事だ。

 

 掛けてみて、少しフレームが曲がっているが、問題ない。ぐるりと視界を動かし、例の叢の所で其処にいる者と目が合った。合った。

 その瞬間、恐怖と共に全てを思い出した…できれば思い出したくはなかった、あのおぞましい一連の出来事を…




 私は、とある用事でこの山を訪れていた。珍しく早起きをし、現地に着いたのは午前10時頃だっただろうか。

 保育園の遠足等にも使われる程度の安全な山だと聞いて、インドア派の私でも安心して登れるだろうと気軽にやって来たのであった。

 

 気候も天気も良く、絶好の山日和だ。麓の近くにバスの停留所もあるのでアクセスも良し。

 バスを降りて山に入った所まで歩くと、少し汗ばんできた。着ていた紺のウインドブレーカーを脱いで腰に巻く。下も長袖なのでまだ暑いが、仕方が無い。

 

 今日はピンクのTシャツの上に黄緑色のパーカーを重ね、モノトーンチェックのショートパンツの下にレギンス、といった装備で来ている。靴は履き慣れたスニーカーだが問題ない。

 500㎖のペットボトルの水とタオル、お菓子と携帯食、そしてスマホを小振りなリュックに詰めて持参している。それこそ、遠足のようである。

 

 

 山道は緩やかな傾斜で障害物も無く、非常に歩きやすい。これなら、早ければ昼までには目的のモノを発見出来るかも知れない。

 

 道を外れた向こう、木や草が生い茂る山林にある可能性が高い。

 あちこち良く見ながらゆっくりと登って行くと、うっすらと獣道の様な跡を見て取る。用心深く筋を辿り、草木を分け入った先に貧相な石祠があった。

 

 周りは草があまり生えて無く、そのお蔭で発見出来たのだが、お世辞にも整備されているとは言い難い。小柄な私の膝の辺りまでの大きさの、小さくて古ぼけた、薄汚れた祠だ。

 

 ここで合ってるのかなあ…

 

 この中に、何でも望みを聞き入れてくれる神様が入っている、と聞いた。

 手を合わせ目を閉じ、軽くお辞儀をして心の中で願い事を思い浮かべる。口に出して言った方が効果があるのではとか、2礼2拍手1礼はするべきだったのではとか、心配事の雑念が次々と浮かぶ。

 それらを何とか振り払って拝むが、あーだこーだと内容が膨らみ、いまいち纏まりに欠ける願いの掛け方となった。

 

 肝心な所は聞き入れて貰える様、念入りに心の中で唱えておいたので、多分大体は伝わったであろう。

 

 目的は果たしたので此のまま山を降りても良かったのだが、滅多にする事の無い山登りなのだから頂上まで行ってみよう、等と気まぐれを起こしたのだった。

 まあ…これが、そもそもの間違いであった…


 

 頂上らしき開けた展望の良い場所で携帯食をもそもそと食べ、折角こんな景色を眺めながらお昼を摂るのならばお弁当にするんだったな、などと思った。

 ついでに、ビールも…ひと汗掻いた後の、大自然に囲まれての一杯…うぅ、用意しとけば良かった…

 

 今後は訪れる事も多分無いだろうからと、スマホで何枚か写真を撮ってから下山した。普段あまり運動しないので既に疲労が足に来ていたが、緩い下り道なので左程苦では無い。

 

 下っているうちに、辺りが暗くなってきた。山の天気は変わりやすいと聞いたが、こうも急変するものなのか。

 思った刹那、大粒の雨が降ってきたので慌てて凌げる場所を探す。大きな木でもあれば、と見渡したら小屋の様な建物が目に入った。


 

 慌ててウインドブレーカーを被り、目一杯の速さで駆け込んだので左程濡れなくて済んだ。

 山小屋の中は薄暗く、四畳半くらいの広さで、簡素な造りだ。入口部分を除く三方がベンチになっている。そこに荷を置き、座って待って居られるので有難かった。

 

 入って直ぐ何か気配を感じ、そちらの方を見ると誰かがいるのに気付く。

 他に人はいないものと思っていたので驚いたが、軽く会釈をして中に入った。

 

 向かい側の対角線になる様、入って右側の奥に腰を下ろす。

 先客の方はちょっと見た感じ、若い男性の様だった。

 レイヤーの入ったセミロングの銀髪と和洋折衷のファッションが、コスプレみたいだな、と思った。和装をアレンジした淡い寒色系のトップスに、濃紺のカーゴパンツと黒の編み上げブーツ、そして黒いニット帽を目深に被っている。

 昔見たマンガの、レベルの高い狐の妖怪を何故か思い出した。

 

 少し雨に当たったせいか、身震いするような寒気がする。



 

 



 

 

 

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