第15話 面白い世をなおの事
「おもっくそトレンドに『たっくんV化』が上がった訳ですが」
彼女の言う通り、星見ゲッカ3D配信がトレンドに上がる中、それに並ぶ形で『たっくんV化』が話題になっていた。
その上で、灯が言う。
「説明を要求します」
「説明するってもなー」
現在俺の家でずるずるとコーラを飲んでいる灯に対し、なんと説明すればいいだろうと頭を回転させる。
とはいえ、説明すると言ったって言う事は一つしかない。
「Vtuberになりたかったからなったとしか言いようがないけれども」
「いやまあ、そうとしか言いようがないんだろうけどさー」
もっと先に告知してよ。
灯はジト目でこちらを見てそうぶつくさとぼやく。
ここで伝えるではなく告知という表現をするあたり、彼女も大分Vtuberに染まっているなと俺は何となく思った。
「一応1か月以内になるつもりで、こちらもいろいろと準備しているから。初配信の時は出来れば見てくれよ?」
「そりゃあもう、ハッシュタグを使って呟かせて貰うよ」
「おう、楽しみに待っててくれ」
「で、それで名前とかは決めてるの? それとも変わらず『ティーダ』なの?」
「いんや?」
俺は頭を振って否定をする。
「一応Vtuberとして活動する訳だから、名前は変えるよ」
「どんな名前?」
「昼空ティー、って名前」
「ひるそら、ねぇ」
一応星見と合わせた感じの名前にした訳だが、そこら辺彼女も察しているのだろう。
とはいえなんと言ったら良いか分からないらしく「うーん」と唸っている。
まあ、そんなもんだろう。
こっちも勝手に合わせたのだし、反応されても若干答えに困る。
「アバターはもう、出来てるの?」
「ああ、一応三面図は用意したし、Live2dも頑張ってる。初配信には何とかして間に合わせるよ、って言うかまあ個人勢だから別に時間に追われている訳ではないのだけど。そこら辺はまあ、仕事と合わせてって感じだな」
「今、忙しいの?」
「いや、繁盛期ではない。とはいえ納期にぎりぎりってのもあれだし、余裕を持って行動しているって感じ」
「にゃるほどねぇ――それで、アバターを見せてもらうのは」
「無理です。初配信までお待ちください」
「ケチー」
「どういう姿になるのか、楽しみにしていてください」
「私としてはたっくんのイメージが強いからなー」
「それはこっちも同じだったよ」
「それもそうか」
ふんふんと頷いた彼女は、それからちょっと心配しているような申し訳なさそうな、そんな表情をしてこちらに尋ねてくる。
「その、さ。ちょっと聞いても良い?」
「なんだ?」
「もしかしてだけど、さ。Vtuberデビューするっていうのは、もしかして私が――」
「そう言う事ではないよ」
多分聞いて来るだろうなーとは思っていた。
その上で、俺は「いや」と強く彼女の言葉を否定する。
「確かに灯の言葉が後押しになったって側面はあるかもしれない。だけど、今回の決断は俺が俺自身と話し合ってしたものだ。灯がどうのって思う必要はないよ」
「そう?」
「ああ――それに、もしそう思うのだとしてもポジティブに考えて欲しい。お前が楽しそうに配信をしている姿を俺はずっと見て来たから、だからVtuberになりたいって思ったんだよ」
「それは――そう、か」
彼女はしみじみと頷いて見せる。
実際その通りだ。
灯があそこまで楽しげに配信をしていなかったら、毎日を楽しそうにしていなかったら。
きっと俺は、Vtuberの事を仕事の一環としてしか見ていなかっただろう。
彼女が、灯が、星見ゲッカが。
そこに笑顔があって、毎日が面白そうだったから。
俺は、その場所に足を踏み入れたいと思ったのだ。
「そっかー」
そして、灯はどこか悪戯げな笑みを浮かべて言う。
「それじゃあ、Vtuberデビューしたら私と思いっきりコラボとか出来るね」
「うんまあ、そこに関しては後ろ向きに考えていてくれ」
「なんでさー」
「いや、お前一応企業勢だろうが。一応企業とかプロデューサーに一言断ってからしてくれよ?」
「うーん」
「無断でやって怒られるのは俺なんだからな?」
「分かりました、前向きに善処します」
「うむ」
頷く。
分かってくれて、何よりだ。
「それで、改めて聞くけど初配信って具体的にいつなの?」
「今月末の、8時ごろを考えているよ」
「そっか。一応だけど、日時が決まったら前もって連絡はしてね? その日はちゃんと時間を空けておくから」
「ああ、楽しみに待っていてくれ」
「ん、楽しみにしてる」
からからと笑う彼女に俺も笑顔になる。
なんていうか、立場が前と逆になったような感じだ。
割と最近の事だった気がするけど、彼女がデビューする時俺は心配しながら彼女の初配信を見ていた。
俺が初配信する時、彼女は俺の事をそのように見てくるのだろうか?
分からないけど、だけど。
きっとその初配信は、楽しくなるだろう。
楽しいものにしよう。
だって、その方がきっと、絶対絶対、楽しいから。
確かに俺は、彼女に憧れてVtuberになってみたいと思えたのだから。
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