第14話 本人が楽しければ

「待ちかねたぞ」


 と、扉が開いて俺や灯と同じくモーションキャプチャーを装備した女の子が入室してくる。

 ていうか、村野日菜子さんだった。

 つまりは茲米子でもある。


「こ――」

「私は茲米子ではない」


 彼女は決め顔で言った。


「私は黒子K、Kちゃんって気安く呼んで貰って構わないぜ」

「け――」

「K……?」

「そして今回の配信の司会進行でもある。二人に最初からぐだぐだやらせてたら一生配信が進まないからな」

「え、そうなの?」


 そう呟くのは星野ゲッカ。

 どうやらこの事も彼女は知らなかったらしい。

 ちなみに俺も知らなかった。

 司会進行は別の人間がやる事は知っていたが、それは多分ゲッカがやると思っていた。

 まさか俺以外にもゲストがいるとは。

 いやまあ、むしろこちらの方が彼女の言った通りグダグダにならずに済みそうなのは確かなのだけれども。


「という訳で、早速始めるよ」

「ていうか黒子が司会を務めるって割とオカシイ気がするな……」

「二人にやって貰うのは」


 と、彼女はゲッカの呟きを無視して進行していく。


「叩いて被ってじゃんけんぽんだ」

「叩いて――」

「被って?」

「つまりは二人にはこれからデスゲームをやって貰います」


 彼女の言葉に応えるように、スタッフが何かを持って入室してくる。

 そして彼等は俺等に対して持ってきたものを渡したらその後はさっさと退出していってしまう。

 俺とゲッカは強引に渡されたものを見下ろす。


「ピコハンと帽子……?」

「これで殴り合えと?」


 この帽子、如何にも薄くて防御力低そうなんだが?

 

「ちなみにこれ、勝敗はどう決めるの?」

「そりゃあもう、どちらかが参ったって言うまでよ」

「ガチで戦わせるつもりか」

「デスゲームですから」

「……これ、黒子Tにはハンデとかないの? この人男なんですけど」

「ありません。思う存分殴られたまえ」

「えー……」


 と、言いつつも彼女はやる気満々だった。

 しゅっしゅとピコピコハンマーを振り回し、片手で帽子を構えている。

 どうやら戦闘は免れないようだった。


「仕方ないなー」


 俺は覚悟を決め、ピコピコハンマーを構えて帽子を脇に挟んでゲッカの前に立つ。

 彼女もまた俺と同じ構えを取っている。

 最初はグー……


「じゃんけん死ねーっ!」

「馬鹿め読めてたわっ!」


 勝敗に関係なく思い切り全力で振り抜かれるピコピコハンマー。

 それを俺は同じくピコピコハンマーで撃墜する。

 弾き飛ばされるピコハン。

 武装解除された彼女の脳天に俺は――


「食らえっ!」

「ふ……っ!」


 しかし、だからといって彼女はそう簡単にピコピコハンマーを当てさせてはくれない。

 空いた手で俺のピコピコハンマーの側面を叩き軌道を逸らす。

 大きく空振った俺は、しかし慌てず冷静に態勢を整え距離を取る。

 彼女もまた俺に追撃はせず、代わりに床に落ちていたピコピコハンマーの元へと移動し、それを拾い上げていた。


「ふ」

「ふっ」


 お互い、不敵に笑い合う。


「やるね」

「ゲッカこそ。まさかここで久方ぶりに戦う事になるとは思わなかったけど、どうやら腕は鈍っていないようだな」

「当然、そっちこそまだまだ現役なようだね」

「お前に一度ボコボコにされて以来、一度として鍛錬をサボった日はない」

「こっちだって、貴方に負けないよう常日頃から腕を磨いてきた」

「今日、勝つのは俺だ」

「残念、敗北するのは貴方だよ」


 チリチリと視線がぶつかり合い、火花が散る。


「何を見せられているんだ私は……」


 そして黒子Kは飽きれていた。



 コメント:馬鹿がおる……

 コメント:俺達は何を見せられているんだ……

 コメント:なにって……叩いて被ってじゃんけんぽんをしているだけだが?

 コメント:本気が過ぎるだろ馬鹿なの?



「隙ありっ!」


 コメントに視線を奪われたその瞬間を、彼女は見逃さなかった。

 素早い居合抜き、必殺の一撃。

 だがしかし、その動きを既に予想していた俺はピコハンでそれをガードする。

 

 かこんっ!


 鋭い激突音。

 ふわりと帽子が空を舞う。

 

 ――その時、偶然にも。


 空を舞った帽子が、偶然にも彼女の顔を覆う事となった。


「うわっ!」


 流石にそれは想定外だったのだろう、慌ててそれをどかそうとするが、慌てたのだろうか上手く外せない。

 それは明確な隙だったが――いや、なんか緊張感が薄れてしまった。

 とはいえ、隙は隙。

 俺はなんだかなーと思いつつ彼女の脳天を軽くピコハンで叩くのだった。


 ぴこっ。


「やーらーれーたー……」


 がくっ。


 脳天にピコハンを食らった彼女はふらっと態勢を崩し、その場に倒れる。

 迫真な崩れ落ち方だった。

 大阪人もびっくりである。


「私は一体何を見せられたんだ」

「一応これは俺の勝ちだよな?」

「あーうん、そうっすね」

「だってよ、ゲッカ」

「くっそう負けたぜぇ……」


 あっさりと立ち上がった彼女と俺は握手を交わす。

 

「良い勝負だった」

「次は負けないからね」

「次だって俺が勝つ」



 コメント:俺達は何を見せられたんだ……

 コメント:何って……叩いて被ってじゃんけんぽんだが?

 コメント:ここまでテンプレ

 コメント:こんなテンプレがあってたまるか



 コメント達も盛況。

 出来ればこのままずっとこの場で彼女と配信を続けたいが、しかしこの配信の主役はあくまで星見ゲッカだ。

 だから、俺はここでいなくならなくてはならない。


「それじゃあ、黒子K。後は頼むな」

「あ、た――」

「黒子Tな」

「……黒子Tはここで帰るんだ」

「ああ、そうだ」

「それは、残念だね」


 本当に残念そうに呟く彼女に俺は言う。


「大丈夫、その内また一緒に配信出来るさ」

「言質、取ったかんな?」

「ああ、大丈夫大丈夫。俺、Vtuberデビューするし」

「それなら確かに一緒に配信出来そ――」


 一瞬頷きかける彼女。


「はい?」

「じゃ、またなー」

「ちょ、ちょちょちょっ!」

「はいはい、主役がいなくなるのは駄目だからなー」


 退出する俺、それを追おうとするゲッカ、そしてそれを止める黒子K。


「じゃあなー」

「なんでぇっ!」

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