第11話 有名Vtuberになった『彼女』

 とある日、二つのニュースが流れた。


 一つ。

『クリスタライブ三期生、星見ゲッカ3D化!?』


 そしてもう一つ。

『クリスタライブ三期生の星見ゲッカ、風邪の為数日間配信お休み』


 ………………


 …………


 ……



「頑張り過ぎだよ、阿呆」


 ベッドの上でゆっくりと横になっている灯に俺は少しきつめの口調で言う。

 数日前から配信の声に元気というか張りがない感じがしたが、体調を崩していたとは。

 何でも無理をしていたらしい。


「配信したいのは分かるけど、それで体調を崩したら元も子もないだろうが」

「ごめーん……」


 そう言う灯は図星だからか単に体調が悪いからか、その声はとても弱弱しかった。


「返す言葉もありませぬ……」

「はぁ……ったく。はい、リンゴ。食べられるか?」


 俺は向いていたリンゴの載った皿を見せる。

 すると彼女は上目遣いでこちらを見、「……食べさせて。あーんで」と言ってきやがった。

 もう一度、嘆息。


「……今日だけだからな」

「わーい」


 フォークに刺した小さくカットしたリンゴを、半身だけ起き上がった彼女の口に近づける。

 しゃくり。

 一口でそれを頬張り、口の中でゆっくりと咀嚼する。

 数秒後、こくりと喉が動く。


「美味しいね」

「一個3000円する奴だからな」

「高級品じゃん」

「嘘だよ、これは近くのスーパーで買ってきた奴。700円した」

「十分高級だよ」

「でも、お前なら簡単に買える奴だろ?」

「……お金は大切だよ。特に、皆が私の為に贈ってくれたものだもの。無碍には使えない」


 彼女は相変わらず弱弱しかったが、しかしその言葉にはどこか芯というようなものが感じられた。

 何か、彼女にも信じ心で決めているものがあるのだろう。

 彼女にしては珍しいと思った。


「ねえ、たっくん」

「なんだ?」

「私さ。正直言ってね、ぶっちゃけどうでも良いと思ってた感じがする」

「……どうでも良い?」

「んー、なんて言うか。リスナーにとって私はただの娯楽の一つでしかなくて、そして私はそれを提供するだけの存在ってだけで、その間にはモニター以上の厚い壁がある、みたいな?」

「なるほど?」

「だから、「愛してる」って言葉も「好き」って言葉も凄く、凄く、何時の日か言った本人は後悔する言葉だと思ってた。私を『推して』いた事を意味のない行為にしてしまう時が来ると思ってた」

「……」

「でも、さ」


 彼女はどこか遠いところを見る。

 

「人間ってそういうもんじゃないかなって思った。好きな事を好きなようにして、後悔する。私もそうなんだし、皆もそうなんだなって」


 それはどこか達観しているようで割かしどうでも良さげに呟かれた言葉。

 自身に向けて放たれた言葉の様でもあり、誰にも言っていないようにも聞こえた。


「……灯がそんな、むつかしい言葉の羅列を並べるなんて珍しいな」

「風邪の所為だね、間違いなく。熱に浮かされているんだよ。明日には多分、言った事も忘れてるよ」

「そうか」

「でも、こういう時しか言えないと思ったから」


 そして今度は、灯は俺の事を見る。

 瞳の奥を覗き込み、彼女は一体何を見ているのか。

 俺の胸中か?

 はたまた自身の――


「私はね、きっとVtuberを続けるよ。それはきっと、私の為で。それ以上でもそれ以下でもない」

「ん」


 その言葉を口にした彼女はどこか満足げな笑みを浮かべ、それから。


「ねえ、たっくん?」

「なんだ?」


 しゃなり。

 彼女はベッドに潜り込み。

 ベッドの中で、それでもはっきりとした口調で言う。


「らぶ~」

「……」


 そして静かになった彼女をしばらく掛け布団越しに見、それから俺はまだまだたくさんリンゴが載っている皿を持ってその場を去る。

 キッチンの冷蔵庫の仲。

 いろいろな物がある。

 作り置きの料理。

 間違いなく彼女が作ったものではなく、そして俺が作った覚えもない。

 彼女の友人が作ったものだろう。

 

「……なんていうか」


 彼女は、いつの間にか俺の知らないところにいるんだなと漠然と思った。

 

 だとしたら。



 


 ……俺は。

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