第9話 仕事ですから

「……」

「……」


 村野さんと俺。

 見事に無言。

 ものの見事にコミュニケーションを取る事が出来ていない。

 と言うか俺と彼女は灯を通じて知り合っただけの仲だし、そもそも今さっき出会ったばっかりである。

 それでいきなりぴーちくぱーちく話せたらそれはそれでオカシイ気がする。

 ……世の中、そんな状況下でも話せる奴は割と良くいる事に関しては、今は見ない事にする。


「メロン、切ってきたよー」


 と、そこで救いの主がやって来る。

 いや、むしろこの地獄を作った張本人か。

 台所でメロンを切っていた彼女が皿にそれを載せて持ってきてくれる。

 なるほど旨そうなメロンだ。

 果肉は瑞々しそうで齧りつくだけで甘い果汁が溢れ出てきそうだ。

 一体母親は、こんなものをどこで仕入れて来たのだろうか?


「じゃ、いただきましょうか」

「ん、そうだな」

「うむ」


 とりあえず沈黙で気まずい時間はおしまい。

 ガラステーブルの上に置かれた、カットされたメロンを前に手を合わせてそれぞれ「いただきます」と言う。

 それから、スプーンで果肉をえぐり取り、口に含んだ。


「む……」


 案の定、旨い。

 たっぷりと糖分と水分を含んだ果肉。

 甘い。

 ひたすらに、甘い。

 それでも決して下品なそれではなくとても上品でさっぱりとした味わい。

 これならいくらでも食べられそうだ。

 正確に言うなら、いくらでも食べていたいと言うべきなのかもしれない。


「美味しいな、流石は高級フルーツ」


 と、村野さんも舌鼓を打っている。

 実に旨そうに食べるな。

 流石のリアクションと言えよう。


「ほれで」


 と、そこで灯が口を開く。


「……口にものを入れた状態で喋ろうとするな」

「んく……それで、たっくんはこのメロンを届けるために来てくれたんだ」

「見ての通り食べての通りだよ。母さんが届けてくれたけど、一人では食べ切れないからな」

「ふぅん」


 と、灯はにへらと笑った。


「嬉しいなぁ」

「それは何より」

「でも、日菜子ちゃんがいる時に来てくれて本当に良かったよ」

「……良かったのか?」


 そう尋ねてくるのは村野さん。


「こんな風にいただいてしまったけど、本来は二人で食べるものだったんだろ?」

「いや、良いよ。大勢で食べた方が消費スピードが上がるからな」

「ふぅん?」

 

 と、分かったのか分からなかったのか微妙な反応をする村野さん。

 それから彼女は「それはそうと」と唐突に話題を切り替えてくる。


「えっと、『たっくん』さん」

「高田だよ、高田卓也。高田って呼んでくれるとありがたい」

「んーじゃあ、高田さんさ」


 少し意地の悪い笑顔を浮かべながら尋ねてくる。


「こいつ、灯の弱点とか知ってる?」

「本人の前で聞くんだ」

「本人の前でも割と言いそうなタイプと見た」

「よく分かってんじゃん」

「それで、どう? こいつ、割かし完璧超人だからそれで苦渋を舐めさせられてばっかりだから」


 そう尋ねてくるけど、しかしこちらとしても答えに困ってしまう。


「いや、言った通りこの人完璧超人だから目に見えた弱点はないぞ?」

「そうかー……」


 そう言いつつ、彼女はあまり残念がっていなかった。

「やっぱりなー」って感じだ。

 事実彼女は「まあ、知ってたけど」と前置きをし、それから一度スプーンを皿の上に置いてからもう一度俺に対して悪い表情を見せてくる。


「じゃあさ、高田さん。今度、私とコラボとかしない?」

「は、はー……っ!?」


 村野さんの言葉に劇的に反応したのは灯。

 

「私の方がしたいんですけど! ていうか何故に何故に!?」

「だって前にトワレちゃん先輩と偶然コラボったみたいじゃん? じゃあ、私はどうかなって」

「……いや、あれは偶然だからっ! 私もEPAXなんて抜け穴があるなんて知ってたら前々からプレイしてたからっ!!」

「いや、お前3D酔いしやすいらしいじゃん。ていうかこれが弱点らしい弱点か……」

「くそうEPAXの規約を読んだ時点でああなる可能性を考えておくべきだったぜ……」


 ちなみに彼女の言うEPAXの規約とは恐らく「ボイスチャットがネット配信に載る可能性がある」事を示唆しているところだろう。

 そうでなくてはそもそも野良バトルを生配信出来ないし、ていうかゲームの生配信を許可している時点でそのところはちゃんと記載されているものだ。

 ……俺?

 俺はまあ、軽く読み飛ばしてましたよ……

 

 とはいえ、だ。

 俺の答えは決まっている。


「……まあ、その。悪いけど知っての通り偶然だったからさ。申し訳ないけど、一緒に配信とかは、する予定はないです」

「そっかー。ま、そうだよな」


 これもまた、彼女は知ってましたと言わんばかりの反応だ。


「そもそもとしてこいつと一緒にコラボをしてないのに私が先に出来る筈もないからなー」

「ふふん、そりゃそうよ。なんたってたっくんと私だからねっ!」

「ああ、そうだ。高田さん、出来れば連絡先の交換とか、出来る?」

「何故に流れるように連絡手段を確立しようとするのかな!?」

「お前の弱点だからだよ」


 そうにやりと笑って言う村野さん。

 なるほど、なかなかに良い性格をしている。

 そして何より灯と彼女はとても仲が良さそうで、クリスタサイト内で彼女がボッチをしていないらしい事に少しほっとする。

 それが分かっただけでも、今日来た甲斐はあった。


「じゃあ、ダスコに招待とかしてくれるか?」

「おっけー」

「たっくんっ!!??」

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