第6話 お仕事のお話
イマノキセキというVtuberについて語ろう。
彼女が活動を開始したのは、いわゆるVtuber黎明期が始まるよりも少し前。
つまりは原初の時代に彼女は配信業を開始した。
その頃はまだVtuberという存在自体が認知されていない、どころかそもそもとしてVtuberという概念が存在していなかった。
ただ、アニメキャラをアバターにした配信者という扱いを受けていた。
その時点でイマノキセキという配信者はコツコツと配信を行っていたものの底辺も底辺、ど底辺だった。
視聴者数は10人を超えれば良い方、0人の時だってあった。
ただ、物珍しさで局所的に増える時もあったが、それも一時だけ。
普段は全く見向きもされず、それ故いつか消えるだろうと思われていた。
しかし、それから黎明期が始まり彼女にも日の目が当たるようになった。
『たまたま』で『運が良く』て『偶然が重なった』結果と言う人は多くいる。
それでも結果的に彼女は大きく躍進し、その結果彼女を運営する株式会社『ドローライズ』はVtuberグループ『クリスタサイト』を作る足掛かりとなったのだ。
クリスタサイト、一期生。
イマノキセキ。
シスター・スルト。
そしてアイマイミイ。
後者二人はクリスタサイトの発表と同時に活動を開始する事が宣言された。
なので本来の意味で一期生と呼ぶべきなのはイマノキセキ一人だけかもしれない。
とはいえ運営は彼女を一期生と扱っている為、リスナーもそれに倣い一期生の一員として扱っている。
さて。
そんな彼女達から始まったクリスタサイト。
それにまさか灯が参加する事になるとは思ってもみなかった。
なにせ今やクリスタサイトはVtuberグループの中でもトップを走る団体である。
人気も凄く、それ故オーディションの倍率はアホみたいな事になっている、らしい。
現時点で10000人に1人、くらいだったかな?
とにかく、そんな過酷なレースを勝ち抜いた彼女には素直に称賛するべきだろう。
同時に、感謝もするべきか。
イラストレーター、ティーダとして彼女は俺に仕事の機会を増やしてくれた訳だから。
トレンドに何度も上がった事からツブヤイターのフォロー数は倍くらい増えた。
認知度も増えた事から仕事に繋がる事も多くなるだろう。
事実、現在俺は一つVtuber関連の仕事を承っていて、そして今、その為に東京へとやって来ていた。
「どうでしょうか? 前回の奴からブラッシュアップして、そこから5案ほどバリエーションを用意しましたけど」
場所は、とあるカラオケボックスの一室。
その場所に俺がいる理由は極めて単純、打ち合わせである。
何故カラオケボックスなのかと言うと、仕事の依頼主の指定である。
何でも、盗み聞きされる危険性が少ないからだとか。
「ええ、そうですね。先生のイラストは毎度の事ながら花があってこの中から取捨選択しなくてはならないというのはとても辛い事です」
そのような嬉しい事を言ってくれるのは、『クリスタサイト』の社員、高橋麻衣さん。
シスター・スルトのマネージャーでもある。
……彼女が見ている俺が持ってきたタブレットPCに映し出されたイラストは、すべてシスター・スルトのイラストだ。
ふわっとしたフリルをふんだんに使用した、近未来チックなアイドル衣装。
これは最終的にシスター・スルトの誕生日イベントに発売されるグッズに利用される事になる。
俺がその仕事を貰ったのは、間違いなく灯、そして星見ゲッカのキャラクターデザインをしていたからだろう。
それをきっかけにこうしてクリスタサイトから仕事を貰えたのだから、彼女には感謝してもし切れない。
仕事の関係上、お漏らしは出来ないので灯にはこの事を言えてないけど、シスター・スルトの誕生日配信が行われた後はしっかりと感謝の言葉を伝えようと思う。
「その、この中ではC案が良いですが、少しだけ色の彩度を落として貰える事は出来ますか?」
「えっと――これくらいですか?」
「んー、もうちょっと明るく」
「こうでしょうか」
「あ、そんな感じですね――では、ラフとしてはこれで完成で、これからイラストを作成してください」
「分かりました」
イラストを一度保存し、それから一つ二つ完成するまでに気を付ける事をメモしていく。
とはいえ、大変ではない。
以前の仕事では完成させた後に大きなリテイクを求めてくるあんまりな依頼主もいたけど、彼女の場合は俺を気持ち良く煽てて仕事をさせようとしてくる。
実際嬉しいし、指示も細かく分かりやすいのでこちらとしてはとてもやりやすい。
いつもこんな風であって欲しいものだ。
「っと、こんな時間ですね……」
気づけば彼女と打ち合わせを開始してから1時間が経とうとしていた。
「先生はもう、お帰りになられますか?」
「そうですね。出来るだけ早くイラストを完成させたいですから」
「仕事に熱心で助かります――うちの配信者達に少しは見習って欲しいですよ」
「……配信者としてはみんな熱心のように思えますけど?」
俺の言葉に麻衣さんは苦笑する。
「配信はみんな好きでやっていますけど。例えば時間にルーズな方が割かし多いので我々としては困っています。先生のように20分前行動をして欲しいですね」
「……星見ゲッカはどうですか?」
「ふふ、大丈夫ですよたっくん先生。彼女は貴方も知っているように極めて真面目なので、時間厳守で助かっています」
「でしょうね――それはそうと、たっくん呼びは止めてください」
俺の言葉に彼女はますます苦笑し、「後ろ向きに検討しておきますね?」と言うのだった。
彼女曰く、クリスタサイトないしドローライズ内でも俺は「たっくん」として通っているらしい。
なんと言うか、「イラストレーター」としてではなく「Vtuber星見ゲッカの幼馴染」として名が売れていくのは、ちょっと複雑な気持ちになる。
「なんにしても、それじゃあ帰りましょうか」
「ああ、そうそう」
最後に、麻衣さんは言う。
「以前言った例の件についても、軽く考えておいてください」
「……はい」
俺は頭を下げ、それから荷物を纏め始める。
「あ、そうだ。暇なら何曲か歌っていきますか?」
「はい――いえ、止めておきます」
「それは残念です」
その後、俺達は何事もなくカラオケボックスを出、それから別れて帰路に付くのだった。
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