青桜の根元には
紅葉魚
土中の殻
小さい頃は、よく祖父母の家がある田舎に遊びに行っていた。そこには、一本だけ不思議な桜の木があって、そこは俺にとっての遊び場だった。その桜の木は、一年中咲いては散り、葉を落としてはまた咲くを繰り返して、地面を花弁やら樹皮やら葉っぱやらで埋め尽くし、何よりもその花弁は海のように真っ青だった。桜の木が落とした葉や花弁は、大人達にしちゃいくら片付けてもきりがない迷惑そうなものだったらしいが、俺にとってはふかふかの絨毯みたいなもので、そこに寝転んで昼寝をするのは何より気持ちよかった。
いつだったか、俺は祖父に聞いてみたことがあった。なんであの桜はすぐ散ってまた咲いてくるのかとか、なんであの桜の花は青いのかとか、たくさんのことを聞いた気がする。しかし、祖父は一度だけ。
「あの桜の木の下にはな、――の死体が埋まっているんだ。」
そう答えたきりだった。思えば、その時からだろう。親の仕事が忙しくなって、祖父母の家に行くことがめっきり減ったのは。
そこから大体十数年後の3月。俺は祖父母の住む田舎へとやってきた。
切欠は祖父からの荷物と一緒に送られてきた手紙だった。曰く、久しぶりに孫の顔が見たくなったのと話したいこともあるので、近いうちに遊びに来ないか、とのこと。進学先も早々に決まり、暇を持て余しはじめたころだったので、これ幸いと返事をし、行くことになったのだった。ちなみに荷物には、祖父母の作った野菜と、花のついたあの桜の枝が入っていた。
「おーい、こっちだこっちぃ!」
古ぼけた無人駅をくぐると、祖父が遠くから手を振っていた。
「久しぶりだなぁ、小学校以来か? 背ぇ伸びたなぁ!」
嬉しそうにそう言いながら頭をガシガシと撫で、楽しげに笑う。ごつごつと骨ばった大きな手も、少し雑で荒っぽいこの撫で方も、とても懐かしい。白髪になってはいるが、その姿には微塵も衰えはない、思い出の中の祖父のままだった。
「うん、爺ちゃんも久しぶり。二人とも元気してた?」
「おうよ! 婆様も大きな病気もなくぴんぴんしとらぁ。ところで今日はお前ぇ一人か?」
「うん、二人とも予定合わなくてさ。だから俺一人だよ。」
「そっかぁ、そりゃあ少し寂しいが、まあしゃああんめぇな。ま、立ち話もなんだし、家いくべ。」
そういって、祖父は乗ってきた軽トラに私を乗せ、帰路に就いた。
家に着くころには日は落ち、薄暗さが辺りを覆っていた。早めの風呂を済ませ、夕食の席に着くと、俺たちは様々な話をした。学校では何をやっているのかとか、何かいいことはあったかとか、本当に背が伸びたなとか、殆ど俺に関する話であったが、なんだか昔に戻ったみたいでとても楽しかった。そのなかで、ふと。俺は手紙に書かれていたことを思い出し、酒瓶を開け、赤ら顔の祖父に問いかけた。
「なぁ爺ちゃん、そういや話したいことって何?」
「おん?」
「いや、手紙に書いたでしょ。話したいことがあるって。」
「ああ、あー。そういえば書いたなぁ。」
そう言いながら、祖父は障子を開け、外を指さした。その先には、薄ぼんやりと発光するあの桜があった。
「あれのことよ。昔、あれについて話したことあったろ?」
「うん、確か、なんかの死体が埋まってるとか言ってたやつだよね。それが?」
「あれな、死んでなかったわ。」
……は?
「……死んでなかったって。え、というかマジであの下ってなんか埋まってるの!?」
「当たり前だっぺやおめぇ。そうじゃなかったらあんな桜になるわけないだろが。」
明日話そうと思ったんだけどな、と頭を搔く祖父。いや、何か埋まっててああなるのもおかしいが。
「まぁ、詳しいことは明日話すから、今日はさっさと寝ちまいな。」
「いやまって! せめて何が埋まってるかだけでも教えてってよ!」
昔遊び場としていたところに何らかの死体が本当に埋まっていたとか衝撃的すぎる。このままだと気になることが多すぎて、眠れなくなってしまう。せめて何が埋まってるかだけでも聞きだして少しでも気がかりを減らし――
「んー、アッカン星人。」
もっと眠れなくなった。
翌日、寝不足で重い頭を抱えながら、改めて祖父の話を聞いていた。
「というわけで、あの木の下にはアッカン星人が埋まっとるんだ。」
「いや、というわけでじゃないよ。ちゃんと説明してくれ。」
場合によっては病院に連れて行かなきゃだから。
「あー、説明するのはちょいと面倒なんだがな。ありゃあ、確か2,3年前だったかなぁ。」
祖父の話をまとめると、こうだ。
元々、あそこの土地には何かが埋まっているという伝説があった。この何かとは、神様だったり妖怪だったり、時代によって変わってきたらしい。そしてある日、その下に埋まる何かを慰めるため、または封印するためにその土地に桜を植えたらしい。
「で、あれが生えてきたってこと?」
「おう、いやー当時は大変だったらしいぞ。妖の土地から妖桜が生えてきた! っつってな!」がははと笑う祖父。
当時の人たちにとっては笑い事じゃないと思うのだが、そこに突っ込んでいたら話が進まない。
「というかさ。」
「おん?」
「当時のことって誰に聞いたの?」
そもそもの話として、あの桜はかなり大きい。樹齢3桁年とかのレベルである。そうなると、当時の話をきちんと語れる人がいるのかどころか、話自体の実在さえ怪しい。なんせここはかなりの田舎であり、村史がきちんとあることさえ期待しづらいのである。したがって、今までの話の欠落を埋めるために、祖父が何割か盛っている可能性がある。もしかすると殆どすべてかもしれない。なので、情報の出所を知っておいて後で確かめる必要があるのだ。
「誰ってまー、本人だな。」
「……本人? 誰?」
「本人は本人だよ。木の下に埋まってるアッカン星人。」
全部盛ってる可能性が出てきたよ。最悪だよ。
「いやぁ、なんか2,3年位前にな。朝方に声が聞こえてやかましいなって思ったら、助けを求めてきてよぉ。まぁあんときはよくわからんから放っておいたが、そのうち自分の話を始めてな。この話はそん時教えてもらったのよ。」
突っ込みどころが多すぎる。というか、幻聴だったとしても助けを求める声を2,3年放置していたのかこの
「なんかよ、土ン中で寝てたら、桜の根っこがぶっ刺さっちまったらしいのよ。それでもいくらか具合が悪いのに、さらに桜に養分にされちまったらしくてな、それで桜は馬鹿みたいに早く育ったらしいのよ。」
「え、じゃああの桜が青いのって……」
「あの下で寝てるアッカン星人の血が青いからなんだと。」
頭を抱えるしかなかった。いつかあの桜を空の青さに見立てて綺麗に思ったりしていたが、あれは血の成分だったらしい。思い出がガンガンに蹂躙されていく。
「鯖食って青くなるザリガニじゃないんだぞ……。」
「いや、ザリガニは鯖食って青くなるわけじゃなくて、食ってるエサに赤の色素がないから元の青が見えてるだけだぞ。」
「なんで妙にザリガニに詳しいんだよ……。」
というか食ってるエサの色に変わるなら普通にザリガニだよ。
「いやザリガニじゃねぇよ! そもそも桜はとる養分で色が変わったりしねぇよ! アジサイじゃねぇんだぞ!」
「なんだよ急に興奮しやがって……。」
祖父が言うには、あの桜は祖父が小さいころ、それこそあの桜で俺が遊んでいたくらいの頃に植えられたらしく、樹齢にしたら100年も経っていないものらしい。じゃあどうしてあんなに大きく育っているかというと。
「養分吸って脱皮したんだと。」
ザリガニに近づくな。
「ともかく、爺ちゃんはそれを俺に伝えてどうしたいんだ? そのアッカン星人とやらを掘り出すのか?」
「ん? いや、そんなことはせんよ。ただ、オメェ、小さいころにあの桜がどうしてあんなか聞いてきただろ?」
「あー、うん。あったねそんなこと。」
今となっては軽く後悔しているが。
「だからよ。」
「え、そんだけ!? それだけのために話ししたいなんて書いて手紙出したの!?」
「んなわけあるかい。普通にオメェに会いたかったのよ。卒業祝いも渡したかったしな。」
俺と婆さんからだ。そういって、祖父は横に置いてあった包みをこちらに渡してきた。
「卒業おめでとう。何渡しゃあいいかわからなかったが、使ってくれると嬉しい。」
ちらりと、祖父を見る。何を察したのか頷き、こちらの動きを促している。
紙包みを開くと、中には高級感漂うペンと、手帳。それと小さな革の小銭入れが入っていた。
「そういうのは、あっても困らんだろうからな。まぁ、無理して使えってわけじゃないけどな。」
少し照れくさいのか、頭を掻くようなしぐさをしてぶっきら棒に言う。
「……ありがとう、爺ちゃん。嬉しいよ。」
「おう、婆さんにも言っとけよ。」
とても嬉しい。うん、嬉しいけど。
絶対今じゃないだろこれ。
(……デー……メ――……)
……。
(……メーデー……メーデー……)
…………。
(メーデー・メーデー! 広域回線で呼びかけています! 現在休眠中に原生植物に襲われ、身動きが取れない状態です! 誰か、誰か救助班を!)
やばいな、あんな話を聞いていたからか俺まで幻聴が聞こえてきた。疲れているんだな。寝よう。
(ああ待って、寝ないで! そこのあなた! あの男性の知合いですよね! もうほんとギリギリなんです! お願いです、助けてください! 根っこを切ってくださるだけで結構なんです! このままだとミイラになる!)
幻聴に指名された。なんとなくわかっていたけど、さてはこれ、幻聴じゃないな。というか、祖父はこんな必死の命乞いみたいなのを2,3年無視し続けたわけか、やばいな。いろんな意味でヤバイ。まぁ、頭のどこかがやばいとかじゃなくてよかったが。
(メーデー・メーデー!)
……うん、俺にはこれを無視とか無理だ。心情的にも音量的にも。寝つきが死ぬほど悪くなるだろこんなの。
というわけで、場所を知っているだろう祖父を引き連れて桜の木の下まで行くことにした。
「で、どこら辺だって言ってた?」
「確か、木の根の股の間っつってたな。」
青い桜の木の下で、以前祖父が聞いていた場所から、そのアッカン星人とやらが埋まっているであろう場所を掘り返していると。
ガッ。
シャベルの先端に何か硬いものが当たった。というか浅いな。まだ1mも掘っていないんだが。とりあえず、ぶつかった硬いものを中心に土をどかすように掘ってみると。
「「青いな……。」」
めちゃくちゃに青色をした構造体が出てきた。形としては、真っ青なラグビーボールを1.5mほど引き延ばしたような形をしており、どう見ても生物には見えない。本当にこれがお目当てのものなのかさえ怪しい。
「えっ……爺ちゃん、本当にこれ?」
「おうさ、前見せられた奴と同じだぞ?」
映像まで送られてるのかよ、そこまでして助けなかった理由はなんなんだよ。
ともかくとして、その青い球体につながった根っこを手あたり次第落としていく。最後の一本を切り落としたところで、変化が起こった。青い球体が、ぶるぶると震えだしたのだった。
急いで、穴の外に運び出すと、青い球体は、真ん中から半分に割れ、変形していったのだった。
足や胴こそ人間と同じであるが、頭は分厚い装甲に覆われ、その頂点からは、長い二本のアンテナが垂れ下がっている。なにより、二本の腕には、大きな鋏がついている。そう、これは例えるならば――
「ザリガニ人間だったんだなオメェ。」
そう、青いザリガニだった。
鯖食って育ったザリガニみたいな桜の木の下には鯖食って育ったザリガニみたいなのが埋まってた。悪夢だろこんなの。
「いやぁ助かりました! 地球観光に来たのはいいが、気温が低くて、休眠状態になっちゃったもんで。しかもその上に寄生植物生えるしbで、もうとんでもなくピンチだったところに救いの手です! まさに、大鳥の口に小魚たちです!」
なんかよくわからない諺まで使いだした。というか休眠まであるのか。マジでザリガニじゃん。そりゃ、こんなのの血を吸ったら脱皮するようにもなるよ。だって完全にザリガニだもん。
「で、つかぬ事をお聞きしますですが。」
「おう、何だ?」
「漁港ってここら辺にありますか?」
「んにゃ、ここらにはねぇが、オメェ魚でも食いに行くんか?」
「はい! 今回はグルメ旅行ですので! 是非食べてみたいと思ってたんですよ、カジキ!」
そこは鯖を食えよ。
青桜の根元には 紅葉魚 @Autumn-fish
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