第49話 同業種の風 フ~フ~♪

「わぁぁっ!」


 いきなり目を開けられて、ひっくり返るほど驚いた。


「ん? ……あぁ佳穂、ごめん、寝落ちで爆睡してた」


「寝落ちって……瑞穂、もう……大丈夫なの??」


「あーっ! 大丈夫じゃない、今日、早いんだった! ちょっと~もうっ」


 いや、そうじゃなくて……の隙もなく、あわただしく動きだす姉は、大丈夫以外のなにものでもない。



(もしや……変態級に壮大なる夢を見ていたのか?)



「……それ、夢じゃないから」

(…………っ!!?)

「あっ、今日はもう出るから、また後で!」

「えっ、ちょっ……」

「佳穂は十時からセミナーだっけ? 遅れないようにしなよ~? じゃね~」


 (バタン)


 …………疾風のごとく――


 しーんと静まり返った部屋にひとり、頭の整理が追いつかない。


 だけど瑞穂さっき「それ、夢じゃない」って言ったよね? 言った。言ってた!


 このくだり……、前にもやったよね? やった? やった、やりました。デジャヴなやりとりに、ひとり自問自答をくり返す。



(なにこれ、時間が……戻ってる!?)



 だけど一個だけ違う。

 「十一時」

   ↓

 「十時」


 

 間違いさがしのような現実……


(これが人間界とでも言いたいのか)



 ともあれ……瑞穂が【意識不明の重体】なんてことに比べれば、全然ウェルカムな現実だ。それより十時なら、わたしも悠長にしていられない――。


 

 *   *   *


 ところが――、

 間違いさがしのゲームは続いていた。


 会場の立て看板

【異業種交流セミナー会場】

      ↓

【同業種交流セミナー会場】



 同業種?? ……どういう意味だ。


 席につけば、あの男がやってきた。


(ははぁ~ん なるほど)

 つぎは本番って、そういうこと?


 名刺交換タイムが始まり、8人目、あの男、古瀧風矢の番がやってきた。


(はいはい 知ってます)

 はじめましてって言おうとすると、こんにちはって言うんでしょ? 

 ならば――と、わたしは先手を打ちにいった。


 「こんに……」

 「はじめまして!」


 「……えっ!」


 ニヤリと静かに笑う風矢は、深々とおじきする。


(あの時『これは練習』って言ったでしょ?)

(これが本番……だから『はじめまして』?)

(正解っ)


「あっ」

「し――っ」

 

 今……風矢の心の声……が聞こえた……!?


 うなづく風矢は名刺交換をつづける。


「同業種って意味!?」

 小声で聞いてみる。


(ご名答♡)

(んぐっ!)


 ひとの一連の混乱をうれしそうに見つめる風矢。


(あぁっ!) 

 これ……もだ…… 


 議題(ドドン!)

『持続可能な資源供給』

 ↓

『フリーエネルギーの循環活用』


 (こっちは時間が進んでる~)

 いや……これも戻ったのか??


 (ドドドドド…ドドン!)


 独占支配されてきた資源はもとのフリーエネルギーに姿を変え、兵器にされていたエネルギーも「生きるため」に再利用。


 使い方を誤って毒に

    ↓

 使い方を修正して糧へ


 さらに風矢いわく――、

 あの日「会社へ戻る」と言ったのは「わたしたちのやしろへ戻る」と言いたかったのだという。(じつにややこしい)


 なお、あの夜のエッチな夢は、じつは今宵のことと知ることになる。(やいやい)



 *   *   *


「だから『行けばわかる』って言ったでしょ?」

「……うん♡」

「あっ、いま『ばわかる』だと思ったんでしょ?」

「……思ってません。心よめるんだから、思ってないこと分かるでしょ?」



 だけど、本当にそうだ。

 人生にタラレバはないけれど……あの時、行かなかったら、そこで一歩を踏み出さなかったら、もない……。ビビリ三品佳穂、今はそっちの方がこわいです。


 心の声がダダ洩れなんてどえらい世界になっちゃったけど……何かが欠けている気がして苦しんでることさえごまかしていた時の自分より、ずっと心地いい。


 ウソをつけない、ごまかせない、しなくていい……自分がありのままのダダ洩れでいられるって……こんなにすがすがしいんだな



 ――うんうんとうなづく風矢。



「もうっ、ひとの心よまないでよ、エッチ!!」

「え――っ、今、ダダ洩れでもすがすがしいって……それにエッチって、まぁ否定はしないけど、きみも結構エッチだと思う。ぼくはそういう佳穂も大好きだよ。ぼくらは同業種♪」

「……なっ!」

「え、違うの?」

「ちがっ……わないけど……」

「じゃぁ、いいでしょ? ぼくのキスも褒めてたでしょ」

「あっ……ん……んんっ……あぁんっ」


 大人の絵本

「それいけ!風のオマタ三郎」

   ↓

「とびだせ!風のオマタ三郎」

 

 実写化された映像。これも「これは練習」「つぎは本番」だったのでしょうか……結果オーライ、終わり良ければすべて良しです、はい。


 良かった、良かった。



 *   *   *


【枕の上のピロートーク】


「きみは変わってるよね」

「え?」

「あんな目にあったのに『良かった』だなんて、なんでそんな風に思えたの?」

「ん? う〜ん……知って良かったことの方が、むちゃくちゃ多かったからかな」



 あんな目にあった――だけど、あんな目のおかげで、分かったことがある。世界がこんなに広くて近くて、こんなにも愛おしいものだなんて――



「ふふっ、きみはカラスっていうより、猫っぽいよね。猫っていうか……」

「なに? なになに?」

「ドラ猫」

「……そういうとこ、あるよね……」

「これ……佳穂に渡しとくね」

「猫のカギ?」

「そ! この猫のカギのしっぽ、持ち主によって動きが変わるんだ」

「え! カギ穴に入れる部分なのに、しっぽが動くの!?」

「そ! ぼくのカギ穴に入れるのは、きみのカギしっぽだけってこと」

「なん…かそれ……剣と鞘みたいだね」

「ふふ…ん♪ あっ、でも家の中では」

「え? なに?」

「ここでは、ぼくがきみの」

「――――」

「やっぱりきみ、エッチだよね」


 枕先を向けても、いつぞやのわたしが五月を見立ててしたように、枕ごと抱きしめられ、モフモフタイムへ……「きみは宝だよ」……囁かれる風が心地よい……


あぁ、夢見心地♡


……と、今宵はつづきがあり、同業種の風がふいた。


あぁ、夢巫女の心地……



 *   *   *


【枕の双糸そうしスリーピングトーク】


「これはこれは、小夜さや白絹しらきぬさま」

「おとうさま、おかえりなさい!」

「おぉ、ただいま。どうした今宵は甘えん坊のさや坊主のお出ましか?」

「じゃぁ、おとうさまはつるぎ姫ね」

「……申し訳ございまぬ、一目お父上様のお顔をみてから眠りにつきたいと」

「あぁ、すまなかったね、小園おその。よし、今宵は父の務めにはげむとしよう」


 飛びついてきたわが娘を座らせ、亜麻色の髪をなでて顔を近づけた。


「まぁ、ほんに……こうしてみると奥方様によう似ていらっしゃいますこと」

「母上に似ていると褒められたぞ、小夜」

「んふふふふ~♡」

「なんだ、ずいぶんとうれしそうだな」

「姫君のお布団もこちらにご用意いたしましょうか」

「あぁ、よいよい。娘とおなじ布団にくるまるのも今のうちだろうに」

「ふふ、そうでございますね。では、親子水入らず月夜をお楽しみください」

「「ありがとう、小園」」

「おやすみなさいませ、椿様、小夜さま」



 ◆◇◆◇◆


「よぉし、今宵は萬葉東家当主に代々伝わる、平緒ひらおについて聞かせてやろう」

「あっ、それ、おとうさまが大事にしている帯紐おびひもでしょう?」

「そうだ。おとうさまだけではなく、みなみな大事にしてきたものだ」

「みなみな?」

「そう、萬鳩の『よろず』、みなみな――」


 取り出した平緒を、Tの字に広げてみせる。


「わぁぁぁぁぁ♡」

「クスっ……どうだ、すごいだろう? これはね、鳩磨十織くまとおりといって、萬鳩最高峰の匠の技なんだよ」

「くま……とと……」

「……まだ難しいか。っていうのはね、鳩のこころとからだが磨かれて、たての糸とよこの糸、お父上の糸とお母上の糸が仲ようしてできる織り方で……」

「おとと糸と、おはは糸?」

「そう。だからこの平緒は、父上と母上が愛しおうて小夜ができたように、宝の織物なんだよ」

「小夜みたいな織物?」

「クスっ、そうだ、小夜みたいな宝の織物だ」

「この鳥……きれい……」

「おぉ、これはね、番鳥というんだ」

「つがいちょう?」

「そう。『つがい』の『とり』で番鳥つがいちょう。父と母のような夫婦の鳥のことだよ」

「では仲がたいへんよろしいのね?」

「そういうこと。黒の鳥には赤い眼。白の鳥には青い眼。二羽が仲よう溶けあえば、その尾の先は、この世の美しい色をすべて集めたように、色鮮やかに子孫繁栄、弥栄弥栄やさかいやさか……小夜が生まれたように、小夜も大きくなったら愛するひととの間に子が生まれ、またその子に子が生まれ……」


「…………」

 

 こくりこくり首をゆらしながら、なんども落ちてくるまぶた。

 

「やはりこの話はまだ早かったか。沙月さつき……母が生きておられたら、怒られていたかもしれぬな」



 布団の上にあぐらをかいて、だっこした状態のまま、ゆらゆらと揺らしながら男は話をつづけた。



「ほんに美しい番鳥だと、わたしもよう思ったものだ。萬鳩豊楽ばんきゅうほうらくの世とは、かように美しく、鳩磨十織のごとく心技体を磨いてこそ織りなせる至極の宝世たからよかと――」



 腕のなかで安心して眠るわが娘の顔をみながら、妻、沙月を想い、語りかけた。



「いつもこの平緒を肌身離さず持ち歩くのは、なにも代々引き継がれたものを大事にしているからだけではないのぞ。いつもそなたとともにあるからぞ。どんな時もこの平緒をみれば沙月――そなたを思い出す」



 色鮮やかな平緒のふちは、金にも銀にもみえる光る白糸をまとう。

 いま男のほおに流れる一筋の涙もまた、その白糸に似ていた。

 これも何かのえにしであろうか――



「わたしにとって平緒は……沙月……そなたそのものだ。まもってみせる。かならずまもってみせる。だからこれからも、ともに……頼むぞ」



 萬葉東家代々当主に引き継がれる平緒


『萬鳩豊楽をねがい、鳩磨十織でつむぐ番鳥』



 平緒に留守を頼んだのは――妻の沙月に、娘を託していたのだろうか。

 娘とその子孫こまごの未来をつむぐために、椿が命をかけたあの日――…


 ◆◇◆ 当主と平緒のあいだに抱かれた『宝の君』へ ◇◆◇





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