第50話 カギしっぽの『とじまり』

【翌日】


「瑞穂ー、和穂ー、久しぶり、元気そうじゃない」

「お母さん、いきなり来るっていうんだもん」

「思い立ったが吉日よ~」

「もうちょっと準備する時間ちょうだいよ」

「それはこっちのセリフよ。姉の結婚が決まったと思ったら、妹がその十日後に結婚だなんて……まぁ、めでたいからお母さんはうれしいけどね」

「たしかに。わたしが五月十二日で、佳穂が五月二十二日だもんね」


 どどど、どう……ゆう……こと!?


 おそるおそるカレンダーをみる。



 【五月十日】



(――――!!)


 こんどは時間が進んでる――っつ!!!!



「本当よぅ、もう二人とも苗字が変わっちゃうのかと思うとね」


 そう言いながら、母はうれしそうにメモ書き相関図をテーブルに出した。



 五月十二日

 矢是澄人やぜすみと ♡ 矢是瑞穂やぜみずほ


 五月二十二日

 古瀧風矢こたきふうや ♡ 古瀧佳穂こたきかほ



 丁寧に書いたふりがなと♡に、母のよろこびと意気込みを感じる。……にしても、矢是澄人とは……澄矢と矢上是清のハイブリット感が満載やないか!!



「お母さんね、すごい法則見つけちゃったの」

「え~? なになに~?」

「瑞穂、気づかなかった? 矢是の矢と、風矢くんの矢よぉ~」

「あぁ~、そこ~??」

「もうこれは『運命♡』って感じで、興奮しちゃったんだから~」



 すっかり乙女になった母と、しらを切る瑞穂の攻防をながめるわたしは、いつぞやの宇宙会議を思い出していた。ルミエールと着ぐるみを着た瑞穂の会話を聞いているときと同じ気分だったに違いない。


 そしてわたしは、つぎの点についても考察をはじめていた。


 五月……「さつき」だよね

 十日……「つがい」だよね

 十二日……「命日」だよね

 二十二日……これは……イチイ山に登った日?



「前世のふたり、矢上是清と西宮五月、現世のふたり、古瀧風矢と三品佳穂が晴れて番鳥つがいちょうに、そして玉依彦と玉依姫にあいなりまして、三界をつなぐ三千年至福王国国王の祝いの日――ということではないでしょうか」



 みみっ瑞穂!!

 母が台所へ行ったすきにぎょっとしつつ、話は納得できてしまう。姉妹のなせるわざに、今ごろきっと彼らは笑っているに違いない、天上界と鏡界で……。



「お・待・た~のオマタ三郎、参上~♪ 今日はこれを見せたかったの」

「……なにそれ、オヤジギャグ……?」

「………………」

「これ、品川駅で今日だけの特別催事でやっててね。ビビッと来て買ってきたの♪」

「和菓子? めずらしい」

「わぁ~なにこれ、キレイ~♡」



 母のただならぬギャグに、言いしれぬ動揺がうずまくも、不覚にも♡マークの乙女になってしまったのは――わたしだ。


 細かく切り込みが入りながらも、青紫と赤紫のグラデーションがかった糸で紫陽花を表現しているかのように柔和な表情をかもし出し、この世の美しい色をすべて集めたような…(あ、あかん……これは……感がかもし出ている……)



「そうなの、これだ!って雷が落ちたみたいにビビビッときてね」

「へぇ~、たしかにすごいね。なんてとこの?」

「えぇとね……、あ、これ、初めて聞いたけど……」



 そう言って母は、お店のショップカードを財布から取り出した。

 瑞穂もわたしも身を乗りだし、三人で上から眺めた。



 『椿舎』



「ツ・バ・キ・シャ……ですって」

「つばき……」


 この展開はもしや……


「へぇ~、知らないなぁ~」

「でしょ? でもネーミングも面白くてね。これ、『紫陽花の姫君』っていうのよ」

「あじさいの……ひめぎみねぇ」

「……食べるのもったいないね」

「あ、ちょっと待って。お品書きも添えられてたから。それも面白かったのよ」



 そう言って台所から持ってきたお品書きの和紙は、光る白糸をまとい佇まいが美しい。そこに書かれた文字を、三人はまた身を乗りだして、食い入るように見た。



 『花より団子の髪飾り SAIUーHIME』



「ほら♡ なんだか遊び心っていうか、こじゃれてる感じもするじゃない?」と母。


 『紫陽花の姫君』に添えられたサブタイトル――金柑の甘煮をほおばり、ほんの少し悪い顔をするに、両手を口にやり、肩をすぼめてうなづく誰かさんの顔が目に浮かんだ。



 愛は哀より出でて

 哀より深し

 世の中には正解よりも

 大きなものがある


 わたしは今を生きている。だけどわたしの『今』を構成しているものは、たくさんある。自分を構成するすべての者、すべてに感謝できる今――わたしは幸せに想う。



「あら、これが前に言ってた新居のカギ?」

「あ、ほんとに猫の形してるんだ」


 (言いましたっけ? 新居? で、カギ出してましたっけ?)


「風矢くんに渡されたって喜んでたじゃん」


 (喜んでましたっけ? 仮に喜んでたとして、その喜び、出してましたっけ?)


「持ち主によってそのしっぽ、動くんでしょ?」

「あら、本当?? ちょっと、お母さんに持たせて」

「ちょっ……」

「あはっ、すごいブルンブルン振ってるじゃん」

「好奇心からかしらね♪ ちょっと瑞穂、持ってみて」

「ちょっ……」

「――――」

「ぶはっ、なにそれ――…」


 不覚にもふき出してしまったのは――わたしだ。


 瑞穂の手にわたり、まっすぐ伸びたと思ったら、器用にビシッとうずまき型に巻かれるカギしっぽ――武人らしい実直さと熟練の尾さばきを演出しているかのようで、澄矢や是清さんの姿を思い浮かべてしまった。


 ほんの少し悪い顔をしながらも、まんざらでもない瑞穂の顔を、わたしは両手を口にやり、肩をすぼめてうなづいてみせた。


 写メで撮った瑞穂の夫となる矢是澄人さんの顔をみせてもらえば、男らしさの中にも少年らしいはにかみがあって、お育ちの良さも感じさせる――そう、まるで和穂と西宮五月を男にしたような男性であった。ご先祖様をたどれば由緒正しき武家の家系だとか……(いやはや、おふたり、お似合いです♡)



 *   *   *


 女、三品の三人衆の集いも結びをむかえ、わたしは新居となる風矢の家へ帰ることにした。外に出れば、見たこともないほど美しい夕やけの空――青、黄色、橙、ピンク、紫……あぁ、本当にこの世の美しい色をすべて集めたような色だ。


 これをにしき色というのだろうか。


 和穂がみたサラの糸箱の色と、五月が「この空は守ってもらった空だ、穢されてたまるか」と思った大空の色と、今この夕やけの錦の色が心にじーんと……



 「ん? あれ何……えっ、ち、近づいてきてる??」



 どんどん大きくなる黒い影……

 鳥? カラス?? 


 やっと鳥かカラスかと気づく頃、超低空から上昇し、わたしの頭上で「でかっ!」と思わせる黒い翼――横にめいっぱい広げ、超高速で滑空する。「あっ」とうしろに振りかえり行く先をみれば、大通りにでる直前にグワーッっと急上昇……。


 夕やけの陽の明るさに目をほそめれば、キラリと光る漆黒のからだがゼロ戦のように見えた。ドヤ顔でこれ見よがしに――…


 それでも大きな翼を広げ、この大空をかけていく姿を仰ぎ見れば、胸は熱くなり、ほまれに感じた。


 家路につけば、わたしのカギしっぽは、あるじのいる扉を開ける。



 「おかえり」「ただいま」



 穏やかな陽だまりの明るさと

 優しさを取り戻した人間の世界

 ――「神人和楽」の世開よあけ――


 その扉を開けたカギしっぽ



 あのとき持ち帰ったイチイの種は、この家の中庭に植えてある。桃とビワのあいの子の味がしたあの実――そしていつぞや聞いた「おかあさぁん」の声に会える日を、わたしは今から楽しみにしている。二つの種は、あの子とあの子になるのでしょう。



 「やっと戻ってこれた」


 三界をつなぐ声が、こだました。




◆◇◆ 『とじまり』 ◇◆◇


 さてさて最終回となる、第五十話。

 『いと』とも読める『五十』の話。


 

 愛おしき 糸に意図あり いとをかし



 玉依姫のカギしっぽ

 とじまり、とじまり~

 はじまり、はじまり~


 花道はつづくよどこまでも

 未完の甘美に 花咲かせ

 未完の完でいきませう♪


 

 

――ホラーにも 心はあり、愛がある――


       結びのことばに代えて。


 


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キンキッドテイル-カギしっぽ- ニャンタマぼーりー♪ @voricci0123

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