第47話 最終講義(※ライブ中継あり)

「さてと」


 パンと脚に手をやり、話を切りかえる口調は、八咫烏の澄矢で、海軍の矢上是清、そして姉の瑞穂のそれと同じだ。


「王とはその字のごとく、三つの世界をつなぐ役割を担うんだ。天と地を「二」で表すならば、真ん中の「十」は縦の糸はあなた、横の糸はわたし、つがいがつなぐ役目」


「つがい……?」


「夫婦ってことだよ」


「……。えっと……じゃ、三つの世界っていうのは?」


「ルミエールとルシェルがいる天上界、古瀧風矢と三品佳穂がいる地上界、その間にある映し鏡の役目となる鏡界きょうかい、これを八咫烏の澄矢と和穂が任されたってこと」


「…………」


 (そうやって聞くとホント……壮大スペクタクルなんだよなぁ……)


 ……なんて感想を述べてみるものの、目の前にいる姿はどう見てもおじいちゃんなのに、双荒山で澄矢の話を聞いていた時のような気分にも、姉の瑞穂の話を聞いてる気分にもなるのが不思議なものだ……。


「まぁ、アンテナみたいなもんだな。異世界をつなぐアンテナショップが必要なんだ」


「アンテナショップ?」


「そう、玉依って『御靈みたまる』って意味だって、前に教えたでしょ? で、姫は女性、彦は男性。ってことで、玉依彦はオレってわけだ」


「……えっ!?」


 出ました、この展開……。

 『玉依彦』なんて初めてのワードを、まさかここで出してくるなんて……。


 すると待ってましたと、ルミエール。


「わたしの御靈の依るところ、つまり玉依彦が、きみのねえさん役をしてた瑞穂で、是清で、澄矢ね。で、妻、ルシェルの玉依姫がきみ。人間の佳穂であり、神の使いである八咫烏、和穂、その人形じんけいであった五月でもあるわけだ。玉依彦となる是清は、神の使いである八咫烏、澄矢の人形じんけいでもあったわけだ」


(な、なんとかついていけます……)


「地上界、つまり地球を管理するには、創造主の化身である地上神と、その后となる最高巫女、玉依姫の人間が必要なんだ」


「それが……風矢とわたし」


「そう。それで天と地の間には、神使いと人間の……いわばハイブリットの彼らに、中継地点になってもらう計画でね。なかなか骨のある愛に満ちた二人だったから、人間転生した矢上是清には目をつけていてね。やはり適任だと思って死後に天界に呼び出して任命したんだ、鏡界に必要な『玉依彦』にね」


「死後に……??」


「あぁそうだよ。神使いでも、人間でも、本性ってのは死を目の前にしてあらわれるものでね。口ではどんなに立派なことを言えても、命をひきかえとなるとどうもね。ただ……、玉依彦ってのは本当に……生半可な御魂ではできないからね。世界の明暗を分けることにもつながるし、しかと見定めさせてもらったってとこだ」


「なるほど……」


 (是清さんを調べれば調べるほど……遺書のことも、五月をまもっていたことも……たしかにすごいひとだよなぁ。玉依彦に指名されたのも納得する……)


「それとね……五月が自暴自棄になって自死したのは誤算のようでいて、実はこれも分離とはどういうことか身をもって知るにはいい経験だと思ってね。もちろん両者にとって過酷なものだったに違いないが、それを乗り越える二人だと見込んでいた」


「……それでルシェルは冥魔界で五月にチャンスを与えた……ってことですか」


「そうだよ。ま、冥魔界の女帝Xにとっちゃ、この五月が厄介な存在なんでね。きみの命が狙われてたのは、覚醒したら三界をつなぐ存在だって感づいてたからだよ」


「覚醒……。あの時はなにも、誰のことも知らなかったけど……」


「うん、そうだね。そこからは本当にきみ次第だったから。本当、大したもんだよ、きみは。前世の自死で背負ったカルマも解消に加え、生前のエゴにも気づかなきゃいけない……だけど前世の記憶はなくなるようになっているからね。その上での玉依姫としての大変な役目さ。それでもきみは、諦めない強さがあった」


 諦めない強さ……それは確かに、と五月のことを思った。


「そしてきみは、弱さをみとめる強さも得た。はき違えた愛をみとめ、真の愛とは何か、軌道修正することができた」


 弱さをみとめる強さ……あぁ、確かになぁ、といっそう思った。


 是清さんを殺したのは自分だったと想えたのはすごいと思った。人骨模型に向かって「あなたはわたしだ」と言ったのも、すごい覚悟だったもんな。


 わたしの心の声に、ルミエールはうんうんとうなづいた。


「二人とも性格が正反対のようでいて、そっくりさ。芯が強い、負けず嫌い、そして誰よりも強く深く相手を愛している、そのためには爆発的な強さを発揮する。時空を超えた愛、って言えば聞こえはいいけど、まぁ……変態の域だね」


「……変態って……」


「いいんだよそれで。誰になんと言われようと二人にとって『正解』は同じところにあったってことでしょ。正しさほど曖昧で、不確実と確実を持ち合わせたものはないよ。だけど、きみは正解かどうかを、とうに超えていった。正解より大きいものを……手にしたんだろう?」


「あ……はい、たしかに」


「わたしたちにだって、怒りや嫉妬といった感情がないわけじゃないんだよ」


「え!? そうなんですか??」


「そりゃそうだよ、わたしたちにだって感情はあるもの」


「そういうの超越してるのかと……」


「コントロールできているだけだよ。それが愛ゆえの怒りや嫉妬だって分かっているからね。人間も神の使いも、もとはひとつ、愛から生まれた分け御魂だ」


「冥魔界人も?」


「……ふん、まぁそうだよ。愛から分離するとどういうことかを見せてくれる鏡だ。神域で真っ黒になった鏡を見たでしょ?」


「神殺しをした後、黒くなっちゃった神器の鏡ですよね」


「そう、あれがいい象徴だよ。真っ黒でなにも見えやしない。自分の姿、心の内さえ見えなくなってしまうんだからね。それを骨身にしみるまで分からせるようにしてくれた。あの戦争もね……」


「戦争も……?」


「分離なんて二度とごめんだ、とわかるまでの学習時間ってとこかな」


(しんどー、しんどー、しんどー)

 もう骨の髄の髄の髄中までわかった、わかりました、ありがとうございました!……と言ってしまいたい。


「それに……神器というけどね、神なんて本当はいないんだよ。もちろん、創造の源があってこの世に生を与えられてはいるけれど……神はきみたちでもあるんだから。三千年至福王国というのはね、前にも言ったけど、神人和楽の世界さ」


「かみひとわらく……」


「『神』と『人』というよりは、『神人』なんだ。今のぼくたちがそうだと思わないか。そりゃ、上には上がいるさ、どの世界にも。だけどそれは、支配する・されるという分離した関係じゃないんだ。与えられ守られている豊かさと捉えるのが、この世界の真実で、愛なんだ」


 すると、ルミエールは神域の映像を見せてくれた。


「あ、これ!」


 見覚えがある場所だった。

 八咫烏の澄矢に見せてもらった三ツ石の場所――。


「え、これ、ライブ中継!?」

「ふふ、そうだね、ライブ中継だね」

「……あ――っ!!」

「お、気がついた?」


 はい……はい!……とわたしは興奮した。王輪殿で澄矢に見せてもらったときは寂しく横たわるつるぎを失ったさやだった。それが今は、剣が元鞘におさまって地に根ざすように刺さっている。しかもそこは、神殿奥宮の零神殿ではないか――!!


「鞘は女性、剣は男性、合わさりて子が宿る。剣の「十」は縦の糸はあなた、横の糸はわたし、そこに架かる三ツ石は父、母、子――赤と青が溶けあって紫ができる。宝石みたいだったでしょ? 紫玉石はまさに子宝、どれもこれも双愛宝山ふたあわやまの姿さ」


 うなづくしかなかった。

 そして頭上には、鏡がまるで太陽のように輝いていた。


 目にうつる空は澄みわたり、やけに美しく見えて、涙がにじんだ。


(あれ……わたし……こんなに涙もろかったっけ……)


 すると、五月がこっそり教えてくれた。


『この空は守ってもらった空だ……穢されてたまるか』


 ……そう思ったのだと――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る