第46話 ただいま⇔おかえり

 ようやく目を開けられた。


 黄金に輝くおおきな翼と尾――不死鳥のからだは、蝶のようであり、龍のようであり、圧巻の美しさに「わぁキレイ」とうっとり歓喜する。

 

 モフモフの羽毛に抱かれて夢見心地のなか、こんどは聞き覚えのある声。


「ごくろうさん」


 意識がもどると見覚えのある部屋――ここはまぎれもない、あの宇宙会議の部屋だ。


(ルミエール!)


 驚きと嬉しさと安堵で、声が追いつかない。


「おつかれさま」


(あ――っ!)


「ふふふ、ビックリした?」


(ビックリしたとかのレベルじゃないし!!)


「ルシェルの老婆役も、なかなかのもんだっただろ?」


「ルシェ……あ、あ、あ――!!」


 展開のすごさに、頭の整理が追いついていなかったけど、やっぱりそうだよね……あなたが正真正銘、本物のルシェルってことになるよね……。


「冥魔界で五月が会った老婆も、さっきわたしを使って化け物に話してた老婆も」


「えへへ」


(えへへじゃないし!)


 コロコロしたその笑いが、ものすごく気になっていたあの日の宇宙会議の最後――自分の直感はまんざらでもないと、ここへ来て実感する。



 改めて聞くと、地球の管理者はルミエールと、その子で妻であるルシェルだという。(それ、最初に言ってくれ)


 「子であり妻である」とはどこかで聞いた……? いや、少しちがう。地上では反転し、男性性のほうが子の役となるらしい。(ややこしい)


 だから山神と玉依姫は、山神が子であり夫、玉依姫が母であり妻となる。(もう驚かない)


 そして、三千年至福王国の真の国王は、やはり古瀧風矢で、わたし三品佳穂がその后だという。(まだ驚く)


 キョトンとするわたしの左手を、風矢がチャンピオンの手をもつよう高らかに上につきあげた。「シャキーン!」という感じで、真実味も色気もない……。


 そんなことをさせられたわたしを見て、どこをどうそう思ったのか、ルミエールは言う。


「きみ、ちょっと……いや、だいぶ変わったね」

「……え?」

「目が変わった。前はどこか、ほわぁとしてたけど、今は目に力が宿った」

「目に……力?」

「それにキレイになった」

「…………」

「大人になったってことだよ」


 まさかの褒め言葉のオンパレードに、うれしい反面、今までどう見えていたんだと思う。いや、茶トラ猫の着ぐるみを着せたのはあなただけど、と思うくらいだ……。


 心の声はここでも読まれているから、みんなから「まぁまぁ」となだめる笑みを浮かべられるが、こちらもそんな光景に慣れてしまっていた。



「あっ、ねえ、風矢。そういえば冥魔界を離れるとき、『ごくろうさん』って言ったのだぁれ? 聞いたことのない声……ルミエールの声じゃないし、老婆役のルシェルの声でもなかったの」


 一同が笑う。


「きみはまるで、生命の神の玉依までしているみたいだね」


 聞けば、あんな冷酷非情なことをしたっていうのに、それはそれで彼らはお役目を担ったのだという。

 

 神殺し――つまりは己を殺すこと、愛と分離すること、それがどういうことなのか。骨身にしみて理解するまで、分離した世界を味わわないといけなかったらしい。(骨の髄の髄の髄までね、と風矢が補足するほどに……)


 さらに聞けば、山神、玉依姫、神使いの八咫烏と萬鳩が住んでいた異界「双荒山」は、もともとは【双愛宝山】と書いて【ふたあわやま】と呼んでいたという。


 『双方に相思相愛、その宝が子』


 なるほど、だから男山と女山で、真ん中に神殿奥宮があるのか……。その宝を殺してしまい、双方の山は愛から離れ、荒れてしまった。そしてそれがそのまま人間界に反映していた。人間界の歴史を紐解けば、その理解は難しくない。


 風矢はつけ加える。


「女帝Xは、世界に君臨するために必要なのは、創造主の心臓の赤い血だと思い込んでいたけど、本当に必要なのは、真に愛する人と愛を交わすことなんだ。だから、ぼくらが愛し合えば合うほど、もっとハッピーライフ」


 ……わかりやすいけど、軽いな……。


「『軽やか』って言ってよ」


「……さーせん……」


「御魂、血潮の継承こそが、不老不死を意味するんだよ。だから決して、肉体や血統に執着することではないんだ。大事にするのと執着するのとじゃ、表の顔は似ているようで、裏の顔はまるで違うからね」


 ……いきなり創造主っぽい……。


「神殺しをした神使いの世界が、人間の世界にも転写された。人間がそれに抗えればよかったけど、ご覧のとおり『双愛宝山』は『双荒山』として名をのこしている。男山と女山、その相思相愛の間に子が生まれるってのが、【双愛宝山神ふたあわやまのかみ】の本来の姿で、神域にあるイチイの実はその象徴――イチイの実の種はその後つづく子孫繫栄の象徴でもあるんだ」


 口移しで種を残すのも、愛し合って種を残すことを伝えているのだと説かれ、「よく知ってるね」と言いかけたが、やめた。

 

 古瀧風矢、この男が創造主の化身で、山神の生まれ変わりなのかと思うと、この言葉はアホに思われるではないか――


 すると風矢、


「『別に今に始まったことじゃないじゃん』と言うとアホに思われるどころか、怒られそうなので言うのをやめました」


 いたずら小僧の顔をする風矢。

 わたしはほんの少し悪い顔をした。


 老婆の時とは打って変わって、可憐な雰囲気が出まくるルシェルは、両手を口にやり、肩をすぼめ、うんうんとやる。


 ……まるでいつぞやの、サラとカズホのようだ。


 そんなことを思っていると、こんどは翁――翁といえば、イチイ山でイチイの実をくれた翁である。


 ……てことは、この人――…


 すると目を疑う光景に出くわす。


 起きながらにして幽体離脱……かのように、自分の身体からすっともう一人の身体が出ていった。(ウソだ……)


 翁に向かって勢いよくかけ出す老婆。


 ……てことは、この人――…


 抱き合う翁と老婆の姿に、まさかのわたしの涙が止まらない。脳が事態を処理する前に身体はもうわかってる。


(不思議だな)


 わたしは自分の感情を眺めていた。


 生きていれば、自分よりはるかに年上のおばあちゃんだ。だけど、老婆の姿になって現れても、やはりわたしにとっては年下の女子おなご――20歳の、守ってあげなきゃと、どこか庇護欲をかき立てる可憐な少女。強がりで、弱くて、か弱くて…でもやっぱり強い女性。


 わたしは西宮五月という人間が、たまらなく好きだ。


 それが前世の自分……そう思うと変な気分だ。


 ひとしきり抱き合った翁と老婆。

 ふり返る老婆は、やはりいつの日か「あなたは生きて」とわたしをかばった老婆で、洞窟のようなところで泣き合った老婆だ。


 わたしの足はかけ出していた。


 あぁ、あの時と同じだ。この感触――ふれ合う肌の柔らかさも、抱きしめる力の強さも、そして泣き方も……あの時と同じだ。


 やっぱり……五月は年上なのかな。


 今回はわたしが泣きまくって、老婆の鎖骨のくぼみを涙でいっぱいにした。やさしく背中をさする老婆の手は、あたたかく、わたしをほっとさせた。



「おかえりなさい」

「ただいま」

「ただいま」

「おかえりなさい」


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