第41話 女帝の顔も三度未満
「あなたが成勢彌久茂という男になって近づいてきたのは、サラの母のように、わたしを妻に迎えるためよね」
すでに自分の過ちを認め、観念し、猛省し、悔い改めきった御魂の放つ言葉は、やけに冷静だった。
「あなたが手に入れたかったのは、わたしではなく、もう一方の神使い、八咫烏と自分の血を分けた子でしょう。サラのように。そして今のあなたのように、その身体を乗っ取れれば、神使いは事実上、完全に手中に収めることができる――」
「ほぉ、人心掌握術でも習得なされたか?」
「お前に心があれば、な」
(お前って……ブラック五月&和穂を見ているよう……)
しかしそんなことはお構いなし。目の前の相手は、まるで気にも留めない様子で話の主導権を戻しにくる。
「矢上是清が狙われたのは、金鳩の首を斬った澄矢だったから。……では聞こうか。なぜ金烏の后でもなんでもない、何もできないただの八咫烏の女が狙われたと思う」
(何もできない、とか、ただの、とか、わざわざ付けるところが嫌味よね~…)
といっても、わたし、佳穂がめぐらす思考は、もはやスルーされるのが定石だ。
「お前ら八咫烏は、人間転生といっても記憶の欠損がマチマチだったらしいな。矢上是清の記憶は欠損が少なく、自分の素性についても記憶があったようだな。いかにも護衛筆頭らしく、こざかしい」
「え……?」
「それに比べ、西宮五月――さすがお前は姫らしく、記憶の欠損も甚だしく、自分の素性についてさして記憶がなかったようだな。武家屋敷――ふん、そこだけはまぁ、八咫烏の姫そのものだったがな」
(……初耳です)
「八咫烏の姫だった記憶はあっても、矢上是清が澄矢だとも思ってなかったし、神域で玉依の世話をしていたことも記憶にはなかった……そうだろ?」
(え、そうなの、五月?)
(……、うん)
(え、じゃあ、どうして是清さんとそういう仲に?)
(……、それは)
(もしかして知らなくても好きになってた……とか?)
(ちょっ、こんな時に)
(だってそういうことでしょ? ん? あ、でも、是清さんは五月のことを分かってたってことなんだね)
場違いにキュンキュ~ンとしかけて、すぐに横やりが入る。
「矢上是清はわかっていた。だからお前を早い時点で切り離した――そのせいでヤツに女はいないと思わされたが、後で調べがつきゃ、とんでもない。八咫烏界では同じ西領の姫と護衛、しかも金烏の后候補と金烏の護衛筆頭ときて、さらには――恋仲だったと」
深堀りなんぞするもんじゃないなぁ、と化け物がげんなりした口調で言う。
「その姫とやらが神域で玉依の世話をしていたと分かった。名は和穂の紫苑――。聞き覚えのある名前に、心底吐き気がしたとはこのことだ」
ことばを聞いていると、目の前の化け物はほんとうに白絹銀后で、つまりは、サラなんだと思い出させる。しかしすぐに、女帝Xらしい言葉が振りかぶる。
「邪魔なのは神使いの八咫烏、萬鳩……の他に、神……そしてその母であり后である玉依姫という人間の女。この玉依にお前が一枚かんでるとなると妙な胸騒ぎがしてなぁ。これも……『女の勘』だろうか」
ジトーっと舐めるように這う声。
今度はこの化け物は女なのだと思い出させる。
「ところがお前は、子を宿したと知るや自死なんぞしてくれた。さらには――お前は他の武人衆とちがい、この冥魔界に来たというのに、まさかの人間界へとんずらだ」
(とんずら……とんずら先に現世のわたしがいる。そのことをこの化け物はとっくに知っていたってことか……)
そう思うと、この化け物がこれまで観察してきたスケールの広大さとスパンの長さ、そして……それに比例する執念深さがいかに異常なものかを改めて知る。
「八咫烏のお前も、前世のお前も、最後の最後で邪魔をする」
神の使いが神殺しをしたところで、萬鳩の長を乗っ取ったところで、八咫烏を戦争で自死・全滅に仕向けたところで、三千年至福王国はできずじまい。萬鳩をいくら喰らっても、変化はない。人間を喰らい、堕落した八咫烏を喰っても、変化はない。人間界における支配は99.99%、ほぼ完成形に近いというのに――…
「お前は知ってるようだな――、三品佳穂」
いきなり自分の名前を言われて、わかりやすくゾッとした。さんざん、お前は後だと後回しににされてきたのに、その番がやってきたのか――そして、化け物の言う【最後】がやってきたのかと思うと、心底
「お前は、神と神の使いのみが知り、奏上できる
(知ってるっていうか、来る前に教えられただけですけど)
『しんのぞうにわたる あかいちい のうにらいめい ふしのとりあらわる』
「その神の祝詞をもってしても、神の使いの身体をもってしても、ついぞ国王になれなかった……それもそのはずだ! 三千年至福王国の国王が、人間界に転生していたのだからな!」
(――――!!)
言われた瞬間、やはり今ここに横たわる古瀧風矢がそれなのだと理解した。会ったそばから、どうして気になってしまったのか、何かにつけ、なぜ彼を思い出しまうのか――今となってはすべてが合点がいく。
だけど、余韻に浸っているヒマは、目の前の化け物はくれやしない。
「ようやく手に入れる時が来たのだ、本物の神の血を! 生き血を!」
「やめてっ、待って!!」
すると刺すように冷えきった声で、またあの言葉を吐いた。
「八咫烏のお前も、前世のお前も、最後の最後で邪魔をする……」
そして、もう一文。
ふりかざす手に鋭い刃をもち、いっそう低いうなり声で付け加えた。
「現世のお前に――三度目はない」
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