第40話 いよいよパンチ
鳴世彌鈴 女ナルセミスズ(異界)
成瀬彌木夫 男ナルセミキオ(異界)
成勢彌久茂 男ナルセミクモ(人間界)
セミグモ 女帝ナルセミスX(冥魔界)
すべてがイコールで繋がる時が来た。
鳴世彌鈴は、異界と人間界を行き来する人身売買ブローカー
成瀬彌木夫は、萬鳩サラ(=白絹銀后)の父
成勢彌久茂は、前世の人間界で是清さんの戦死後、五月に近づいてきた男……
異界と人間界、前世と現世。
時空間を超え、見えない糸でわたしたちは繋がっていた――
* * *
(本当にすべてを忘れてしまうのですね)
(えっ……さ……つき?)
(あなたのおかげです。ありがとう、佳穂)
(五月……何このタイミングで)
(あなたが一緒に生きようと言ってくれたから)
(え? あぁ、前に言ったこと? だって……あなたはわたし……でしょ?)
(ふふ、そうね、あなたはわたしです。わたしもあなたと生き抜くと決めました)
(わたくしだもの、そう来なくっちゃ)
(わたくし? ……もしや)
(ふふ、そうよ)
(えぇ〜?……じゃあ……せーのっ)
『あなたはわた(く)しよ』
(和穂さ〜ん……ここは合わせようよ〜)
(あら、わたくしはわたくしよ)
くすっと笑う五月。
わたしも、わたくしも続いて笑った。
お互い好き勝手に言い終わると、まるでドラゴンボールのサイヤ人のように髪の毛がブワッと……いや……この光景、前にも見たことがある。
そうだ、双荒山で初めて八咫烏の姫、和穂に会った時だ。
現世のわたしは、八咫烏の和穂より短いが、その時の和穂のように、鎖骨まである髪の毛が生きているかのように舞い上がった。その髪の色は、金にも銀にも白にも似た輝きをもって発光していた。まるで、神気が宿ったかのように――
すると脳内にまた浮かんできた二文字
『
わたしが『神気』だと思った言葉に、返してくれたのは五月だろうか。
これが、”しんき”――玉依姫なのだと、『わたし』が教えてくれた。
(行かねばならない)
(え、どこへ?)
ズンと前に歩み出て、四足蜘蛛X付き脳みそ人骨模型の前に立つ。
………………。
「ようやく、わしと向かい合う気になったか」
「えぇ、わたしはあなたと向かい合う運命だったのだと、今は理解しています」
五月の声は、以前のか弱い幼げな声から凛とした女性の声に変わり、八咫烏の和穂の声に似ている気がした。それでも、こちらの変化なんて、目の前の化け物にとってはどうでも良かっただろう。
「うははははは、『運命』ねぇ? そんなもの、いかようにも作れるぞ」
あざ笑う化け物は矢継ぎ早に続ける。
「あの後、わしは下調べ済みの人間界を完全に手中に収めるはずだった。初めにも言ったが、重要なのは潤沢な食糧と、従順な奴隷だ」
「萬鳩の女山と人間界を行き来して人身売買していたのは、やはり――…」
「人聞きの悪い。そこらへんで拾った食糧を、奴隷に分け与えていただけだ」
まずはな、と悪びれる様子もないどころか、むしろ強調する化け物。
「しかし厄介なのことに人間界というのは異界と違う時間軸にある。もってせいぜい100年。人間の肉体は衰えるのが早い。身体を乗っ取っても短い間しかもたない。人間に変身したところで致老致死になるのが道理だ」
「だから、不老不死に憧れたってことね……人間界の歴史にはそんな権力者がうじゃうじゃいるわ」
そう言ったあと、さらに語気を強めたのは「わたくし」だっただろうか。
「……だけど、もっと厄介だったのは『八咫烏の転生』ではないかしら」
「はぁ、そうだな、お前ら八咫烏がこぞって人間界に転生しているなんぞ、寝耳に水だった。神を殺した神使い萬鳩は冥魔界行き、神を護りきれなかった神使い八咫烏は人間界行き――まさか時間差でそんなことが起こっていたとはな」
手こずらせやがって、という口ぶりはしかし、すぐに穏やかに変わった。
「だが考えてみれば都合が良いと、すぐに思い直した。神使い八咫烏が人間界に集結してくれているのだ。やつらを絶滅させたらどうなるか見たくなってのぅ。神使いの片方はわが手中にありて、もう片方は消えてなくなる――三千年至福王国の建設に、八咫烏は……無用ゆえ」
ニヤリと笑う顔の気配が浮かぶ。
「それから。いいことを耳にしてなぁ。自死すると冥魔界行きになるらしい――とな」
ニヤリ声からニタリ声に変わる。
「あの戦争は楽しかったなぁ、たいそう愉快じゃった」
「大東亜戦争を起こしたのも……あなただということね」
「第二次世界大戦と、正しく言え。わしが起こした戦いは『世界』を変える有意義なものだ。聖戦という清く美しい…な」
「あなた……っ」
言いかけた言葉をさえぎる化け物。
「だから利用したのだ! 八咫烏の護衛筆頭、澄矢――金鳩の首をはねたのはコイツだと、萬鳩はコイツのせいで冥魔界行きになったのだと」
あははははは、その笑いは白絹銀后のものに思えた。
「怒りや憎しみを焚き付けるのは容易いものぞ――…」
不安や悲しみは
怒りや憎しみに拠り所を求める
怒りや憎しみはその矛先を求める
「……ならば作ればよいのだ。相手より先手を打ってな」
「そのために……」
「あぁ、そうだ。人間界で飼い慣らしてあった萬鳩は帰る場所を失い、やつらは不安と悲しみに包まれていた。時間差で八咫烏の人間転生が起こってると知った時は厄介なことと思ったが……なぁ? 怒りに震える前に逆手に取ればいい……だろ?」
さっきのわたしの思考を読んでの挑発だと分かった。こんなことは意味がないと分かりながらも、わたしは思いっきりでっかく『?』を脳内に書いてやった。そして案の定、スルーされた。
「八咫烏の男山には、萬鳩の女山とはちがい、容易に潜入できない結界があった。それで後回しにしていたが、やつらが人間界に――しかもただの人間になっているのであれば、それはずいぶんと好都合…」
「あなたの目的は……神使いを利用して……神に成り上がることだったのね」
「おぉ、これはこれは、ご名答――。この際、不要なものはキレイさっぱり消えてもらわないとな。ふん…大掃除だよ、世界大戦とは」
そしてまた悪びれることもなく語る。
『澄矢が斬る前に金鳩は死んでいた』
――それが真実だとして、それを誰が知る?
それに。
首を斬ったのは澄矢に違いないのだから、全くの嘘ではないだろう? 真実9割、嘘1割――それが定石というものだ――人心掌握ならぬ、人心操縦にはな。
「零戦の操縦なんぞより、はるかに楽しめるぞ」
「あなたは、八咫烏の澄矢が、人間の誰になっているかを探したってことね」
「不安にかられた萬鳩は、従順な歩兵になってくれたよ。ま、軍の上層部にも腐るほどいたからなぁ。たった一人を見つけ出すのも、蜘蛛の巣を上からザーッと張れば、一網打尽というやつだ」
「それで戦争を仕掛けたというの?」
「火のないところに煙を立たす――これが戦争。それが運命だ。大日本帝国海軍、矢上是清、特攻死で二階級特進、中尉あらため少佐様の運命だ。名誉くらいはと恵んでやったぞ、お慈悲でな」
「神風特別攻撃隊も、八咫烏を殺すためだったというわけね」
「ま、主には。……にしても神風とは笑えるだろ? 神使いとして使命感に血が騒ぐだろう。これで武人層を絶滅させるはずだった。残った八咫烏は萬鳩同様、雑魚だ」
そう言うと、これまで意気揚々として語っていた相手の口調が変わった。
「特攻で自死させ、八咫烏の武人どもがこぞって冥魔界に来るものと手ぐすねを引いて待っていたというのに……待てど暮らせど来やしない」
計画丸つぶれと言わんばかりの化け物の語り口に、五月は静かに同調した。
「そうね……、わたしもあの人を追ってきたのに、ここには居なかったもの。あなたも残念だったわね」
自死でも、冥界行きと冥魔界行きがあるのよ――
自虐込みのたっぷりの皮肉は、実体験込みの五月にしか繰り出せないパンチだったにちがいない……。
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