第38話 前世発、冥魔界経由、現世行き

「さてと、お前さん――西宮五月どの」


 こんどは後ろにいた老婆が言う。


「あのっ、助けられないんですか?」


 思わず言葉をさえぎる。

 目の前で起きた光景に居ても立っても居られなかった。


 しかし、老婆はピシャリと鋭く言う。


「そなたの言う『助ける』『助けられた』とはなんぞや」


「…………」


「あの者が助けられていないと思うか。小園殿は『助けた』とも『助けられた』とも見えぬか。その意味がわからぬようでは、まだ会えぬだろうな、矢上是清に」


(――――!)

 矢上是清の名前に思わず反応する。


「分かれば会えるのですか?」


「はて。今よりは可能性があるとでも言っておこうか。口先で分かったと言うても、その頭でっかちの石頭で分かったつもりになっても、分かっていなければ会えぬ道理。心配せんでもお前さんの目の前にある『現実』が分からせてくれるわい」


「分かりました。可能性があるならわたしは最後まで諦めません」


「ほぉ、その意気込みは本気じゃのう。では、そなた。もう一度、人間に転生してやり直しじゃ」


「え……、また人間に? 生まれ変わるということですか?」


「そうだよ」


「それで……意味が分かれば是清さんに……矢上是清さんに会えるのですか」


「あぁ、そうだな。その時はその者の想いも理解できておるだろうからな」


 あぁ、会える道がまだ残されていた――それだけで天にも昇る思いだった。あの世に行ったら会えると思ったら、見知らぬ冥魔界に「低級霊」として飛ばされてしまって、途方に暮れていたのだ。願ってもないチャンスだった。


「ただし――」


 老婆のことばは、浮足立ち、鼻息荒めになるわたしの頭を抑えた。


「人間に転生すれば、前世のことはすべて忘れる」


(え……!?)


「しかし、そなたのその心が真なるものならば、いずれ彼を思い出すだろう。『奇跡的に』という確率ではあるが……。だが、時間はそうない。冥魔界のルシェルが真の国王の命を奪わんとする時、そして、人間がその偽王を真王だと盲信し、従う選択をした時――、世界の分離は決定的となる」


「盲信?」


「そうだ、お前さんが体験した戦争は『第二次世界大戦』と呼ばれている。戦後の人間界をしかと観るがよい。異界の荒れが人間界にも転写され、盲信するが容易な世界になっておるわい。そなたとて、例外なくだ」


「わたしは……彼と生涯を共にすることが夢でした。彼に会うためなら……人間界に行って全うに生きてみせます。今度こそは過ちを犯しません」


「その絶対の心意気でさえ、ほころびが出る……そういう世界じゃ。もし、そなたの霊性霊格が彼のそれに相当しないならば、二度と矢上是清に会うことも思い出すこともないだろう。ま、それならそれで、大事なものも大事とも思わぬということだから、何とも思わんだろうな。そなたの知る世界はまったく別のものになる、永遠にな」


 二度とないチャンスは『二度ないチャンス』なのだと釘を打たれた気分になった。しかし、その心を見透かしたように老婆は続けた。


「助かる方法はただ一つ、自分を救うことだ」


「自分を救う?」


「その真意が分かればよいが、さっきも言ったように転生先の世界は、お前さんが経験した戦争のことを忘れた戦後の日本だ。前世を思い出すのも難儀だが、思い出したとて、いっそう苦労が多いぞ」


 ふたたび釘を打ち直したあと、それでもやるか、覚悟はあるか、と老婆は問うた。


 そして最後になって、あの言葉を聴かせた。

 

 まるで、八咫烏だった自分を思い出させるように――



玉依たまよりの任を、愛する者とともに果たす意思はあるか」



(タマヨリ……? ……どこかで聞いたことがあるような)


 

 思い出せそうで出せない歯がゆさの中、老婆はわたしを戦後日本に転生させた。


 最後の最後、この言葉で締めくくって――



「すべてはそなた次第じゃ」



(え…………)


『それでわたし、三品佳穂が生まれたんですかい』

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