第31話 アレはコレだった話

「あ、あ、あなたはもしや……っ」

「え?」

「真帆殿ではございませぬか!?」

「……いえ、お人違いです」


 近寄ってきた人影をみれば、長身の男性、上等な着物にみえるが、なぜかススをかぶったように全身が灰色だった。


 鬱蒼とした草木の中から現れる全身グレーの人影は、ホラー映画のようだったが、相手の物言いの確かさが、わたしの正気を保たせた。


 血の気さえも伺えぬグレーの顔。

 それでも相手をみれば、血相を変え、必死に訴えていることはわかった。


「たっ玉依姫さま! どうか、どうか、お助けください! お助けくださいぃ」

「…………」

「金鳩さまが喰われ……銀后さまが……喰い、あ…ぁぁ、銀后さまが…われらを――」

 

 つぎの瞬間――、


「うわぁぁぁあああ」


 断末魔…………。

 まるで見えぬ糸に引きずられるように奥地へと消えていった。うつぶせ、あおむけに回転しながら、手はむなしく草やくうを切った。


 あまりの突然の出来事に、後ずさり。そのあとは立ち尽くすしかなかった。


 男は必死に訴える間、「うぐぅぅ」と悔しさと恐怖をこらえていた。歯を食いしばる様子をみれば、その者が見てきただろう光景が、いかに悲惨なものか伺い知れた。


『わたしだって…戦時下で幾人もの惨状をみてきた。目を当てられぬほど…人と思えぬほどの変わり果てた姿を――』



(あ……これは……五月の記憶??)


 「わたくし」じゃなくて「わたし」

 くわえて、戦時下といえば

 「西宮五月」しかいない……


 …………。


 (五月、答えない、の巻……)

  記憶のシーンはつづいた。


 すると今度は、老婆が現れた。


 腰が曲がり、ずいぶんと小柄だが、さっきの男性と同様、身なりをきちんと整え、品のある佇まい。


 そして、この老婆もまた、着物も肌もすべてが灰色で、異様な光景は同じだ。


「あぁ、あなた様はもしや――」


 あぁ、あぁ、あぁ…、手を拝むようにしてその場に座ると、手を地につけた。


(また人違いだ……)そう思った。


「あの…っ」


 お人違いです、と伝えようとすると、うしろから別の老婆の声――。


「一時的に結界を張っておるから平気じゃ」


 ふり返ればやはり老婆が立っていた。


 こちらもたいそう小柄で、前かがみ。その上、花嫁の角隠しほど大きな白い布を目深まぶかにかぶっていて、顔の表情は読みとれない。


 しかし、前から来た全身グレーの老婆は、かまわず口上を始めた。


「もう、わたくしめの命はもとより残りわずかと存じます。今さら乞う命もございませぬ身。されど、神の使いとして頂いた命ゆえ、消えゆくまで萬鳩のめいを全うしたく存じます」


 背が小さい上に、さらにひれ伏せば、老婆の身体はますます小さく感じた。


 しかし、弱々しい姿とは対照的に、腹からの声は、彼女の生き様を見るような強さがあった。


 決して侮ることのできない

 命をかけた言葉だと思った――。



 *   *   *


『アレは……コレだったのか……』


 そう五月がつぶやくと、今度はわたしに伝えてきた。


『あの時のことは、この時のことだったのよ』


(……いや、分からんし)


『戦時下って言うんだし、この声の感じからして、五月でしょ?』


 確証を得たくて、確かめたくなった。


 ところが、その答えを本人から聞くまでもなく、前世の西宮五月がみた映像、そこで老婆から聞いた話が、まるで自分の記憶かのように、このあと映し出されていく。


 まるで記憶の継承のように――…


 「前世の」とはいえ

 前世のわたしが

 冥魔界での記憶だ……


(あぁ、やはり頭がもげそうだ)

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