第28話 矛先(ほこさき)

「あなた……その世話役が、わたくしだと知っていたの?」


 和穂は確かめずにはいられなかった。


 目の前にいるのは脳みそ人骨模型にかわりないが、眉を吊り上げて答える白絹銀后の姿が目に浮かんだ。


「知ったのはここへ来てからだ」


(……??)

 ここって冥魔界のこと?


 わたしの心の声には、ふんっと息を吐き捨てたあと、彼女はこう続けた。


「世界線を移動できるすべを得たからな、あとで調べがついたまでだ」


(世界線を移動!?……って……タイムスリップってこと?)


 わたしの心を読めているだろうに今度はスルー。話の相手は和穂だ。


「もっとも、調べていたのは別のことだがな」


 あの時の世話役が

 お前だと知った時は

 心底反吐へどがでた

 

 どこぞの侍女だったら

 まだ良かった


 后になったわらわが

 后にもなっていないお前に

 役目を取られたのだ


 お前さえいなければと思ったさ

 やっと上り詰めたらこのザマだ

 馬鹿にされるのもほとほと飽きた


「実はすべて嘘だった」の次は

「実はすべて無駄だった」だ


 父…あの男だけならまだしも、

 八咫烏まで、そして、

 山神まで――


 カラスの世話役のせいで

 山神の人払いのせいで



 …………スイッチはここで押されたのかもしれない。


 皮肉にも、自分たちの日頃の労をねぎらった山神の優しさが、これまでの労を台無しにされたかのように、オセロの面は裏目に出たのだから。


 憎しみの矛先は、

 意外な方向にも向いていた。



「それから――あの女、タマヨリだ」



 何の力もないただの人間が、山神の寵愛を受け、まわりから手厚く世話され…それでいて八咫烏はおろか、山神にもない力を持っている。


 再起不能…瀕死の状態に

 追い込む力はあっても

 そこから再生させる力など

 われらには持ち合わせていない


 ただの人間のくせに

 ただの女がすべてを

 手に入れている気がした


 こいつがすべてを…

 ひとり占めしている

 

 タマヨリの女に

 すべてをもってかれた

 

 自分はまた蚊帳の外

 お払い箱ならぬ、お払い鳩か


 くっくっくっく 

 ならばいっそ、になればよいではないか!


 奪って自分のものにすれば

 自分がその座につけば

 それで済むこと


 だから奪ってやったのだ

 山神の首も、ぜーんぶな


 あっはっはっは

 これも血筋かのぅ?

 わらわの中に流れる半分のな。


 

 ………………。

 

 ドロドロになった白絹銀后の想念が、溶岩のようになだれ込んでくる。

 

 和穂は、じっとりと流れて出るその赤黒いうみを、静かに眺めているようだった。



「あなたは…それで山神を殺し…果ては三千年至福世界の国王になろうとしたのね」


「あぁ、そうだ」


 そう言うと妙に得意気になった。


「あの男も手ぬるかったということだ」


(あの男? ……サラの父のこと?)

 すると、なおも上段から見下ろすように話を続ける。


「鳩の世界だけではだめだ。天下泰平とは、天下をとらねば実現できぬ。ならば――金鳩のつぎは、神の座を狙えばよい。萬鳩豊楽ばんきゅうほうらくのみならず、万民豊楽ばんみんほうらくの世界を、われらがつくればよい」



 そう思わぬか

 そう思って何が悪い

 そう思わせたのは貴様らだぞ



 ――物言わぬ声まで聞こえてきた。



「それを護衛筆頭だか元頭もとがしらだか知らぬが、わが夫、武智金皇の首を斬りやがった。……そう、お前のよぉく知る『澄矢』という男がな」


「澄矢が斬る前に、金鳩はすでに死んでいた――…」


 慌てて口をはさむ和穂の様子を見て、クツクツと笑いだした。



「そんなことは、最初から知っている」



「え?」

(え?)


 和穂もわたしも同じ気もちだ。


 それを面白がるように更に続けた。


「夫を殺された悲しみや恨みでこうなった――お前なら思いそうだな、反吐へどが出る」


 言い捨てた後、なおも吐き捨てた。



 だますとはこういうことだ

 騙されるとはこういうことだ

 手ぬるいとはそういうことだ



 そして、和穂との話はもう済んだとでも言いたげに、矛先はまたジリジリと、その方向を変えた。



 西宮とはなぁ

 これも何かの縁かのう


 【西風ならいふけば奈落の底】

 まんざら外れてもいないということか



「で、奈落の底はどうだった? 西宮の――五月さん」




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