第27話 寝耳に水、ニアミス、カラス

「山神」と「神の使い」


 神の使い▶萬鳩は山神さまの世話役

 神の使い▶八咫烏は山神さまの警護役


 同じ神の使いとして、仲良くしていた

 ……わけでもない……


 大昔は、それを自分たちの役割分担と思って平穏無事に暮らしていたと聞く。


 だが、どうしても身の回りの世話役のほうが、下位に思える――少なくとも、萬鳩にはそう見えていた。


 役割的に「女房役」で補佐っぽいからそう思えたんでしょう?…と言っても、萬鳩からすれば、ただの人間の小娘にしかみえない玉依姫を工面するために、人間界との仲介から輿入れの世話まで…「なぜ萬鳩だけがこんなことを」という感情を持たせてしまった節は否めない。


 それでも「神の使い」たるもの

 長きにわたり、役目を果たしてきた。


 人間界も様相も変わり、「玉依姫」になることを純粋によろこぶ者は少なくなり、「供物」「生け贄」のように扱われ、山に捧げられる者も、事実あった。


 それでも神の母であり、妻である

 人間の玉依姫は、必要なのである


 神が、そして世界が存続するために――


 地上にある最高神

 人間の最高巫女

 世界は和合神により成り立つ


 先代の金鳩からは「山神は気性の荒いところがあるから気をつけよ」と言われた。


 ところが、好転はここにもあった。


 自分たちが金鳩、銀鳩になる頃、山神はずいぶんと柔和になったというのだ。


 なんでも、最近になって輿入れしてきた玉依姫とはずいぶんと相性がいいようで、最初こそいろいろあったが、今はたいそう仲睦まじく、昔の山神を知る者はみな、「まるで別神べつじん……」と目を丸くするのだという――。


 われわれもその御姿をみた。



 *   *   *


「山神さま、畏れ多くも先代金鳩宮より次代を拝命いたしました折、御身に仕え奉るよろこび、神恩しんおん感謝のご挨拶をさせていただきとうございます」


 そそうの無きよう幾度となく予行してきた甲斐あり、金鳩らしく威厳を保ちつつ、かつ、神の使いらしく滅私奉公の忠義を表現してみせた。


「あぁ、よいぞ」


 山神の声は、拍子抜けするほどに気楽な口ぶりだった。


 そしてなにより、想像以上に若々しく、見目うるわしい青年がそこにいた。


(これが……山神?)正直そう思った。


 頑固じじいか気難しい仙人を想像していた身としては、豆鉄砲をくらった鳩だ。


 金鳩である武智金皇、銀鳩である白絹銀后、夫婦そろって挨拶を済ますと、まだまだ驚きはつづいた。


「わたしの母で妻だ。真帆という。くれぐれもよろしく頼むぞ」


 山神がうれしそうに紹介するのは、至ってフツーの人間で、自分たちの豪華絢爛けんらんな正装が間違いだったかと思うほどに、シンプルな装いだった。


 ただ、そのあでやかな黒髪と、まだ少女らしさの残るほんわかとした笑顔を目にすれば、その華やかさこそが彼女の衣装だと思わせるものがあった。


 見とれるわれらを見て、そりゃそうだろうとご満悦になった山神は、「自分は早梅はやめと呼ばれている」と言う。


 山神と玉依姫へ、初お目見えのご挨拶にあがったはずだったが、ふたりを見れば、若い夫婦のところへやって来た年寄り夫婦のように、自分たちが見えてしまった。


 それからしばらく、平穏な毎日がつづいた。


 公務は激務であったが、これまでのことを思えば、全うに生きている気がした。


 あの日が来るまで――



 *   *   *


「武智金皇さま、神域でなにやら雷が落ちたらしいのです。なんでも山神さまの逆鱗に触れた者があるそうで――詳しい事は分かりませぬが、とにかく神域へ」


「……わかった、白絹はどこに?」


「神域ですが、無事です。雷が落ちたのは男山側だそうで、銀后さまは鳩宮の三木の中庭におりましたゆえ」


「そうか、よし、すぐ参る」


 男山側、つまりは八咫烏のほうに被害があった。聞けば、人間界に里帰りを許された玉依姫が帰ってこないことが発端だという。


 詳細は分からないが、とにかく山神の怒りが雷となり、電光石火のごとく辺りを焦がしたのだと――


 金烏は無事だが、護衛の者が幾人か瀕死の重傷を負い、死人が出ているかまでは不明だが、出ていてもおかしくない閃光だったという。



 *   *   *


(この話って……もしや)

 

 双荒山に行った時に、護衛筆頭だった澄矢から聞いた……アノ事件?


 彼は金烏の若宮をかばって山神の呪いを受けたと言っていた。それで左腕と左脚の半分を失ったのだと……。


 その後、玉依姫は神域に帰ってきて、誤解は解けた。だが、山神の怒りの呪いを至近距離で受け、瀕死の重傷を負ったのは澄矢――その命を救わんと、自ら神域に参上して金烏とともに、山神と玉依姫にこの呪いを解いてもらえないかと懇願したのが――和穂だった。


 この時、澄矢の命を救ったのは……

 

 意外にも

 ただの人間であるはずの

 真帆だった。


 傷を追わせたのは山神だが、山神である早梅がどんなに念じても、その呪いを受けた傷は治せずにいた。このまま息絶えるのを待つしかないのか…と絶望しかけた時、真帆が澄矢の肌に触れた。


 すると、虹色のオーラがあたり一帯を包み、傷が癒えはじめた。

 

 周囲はもちろん、山神、そして真帆自身、その不思議な力におどろいた。


 結局それが何だったのかは分からないが、「これこそが玉依姫、さすが母上」と山神は子どものように喜んだ。


 そして、澄矢が快復するのを見ると、ひょんなことから真帆の面倒をみるよう山神に言われた和穂――。


 澄矢の命を救ってくれるなら何でもすると、その時に懇願したからしかたなく――というわけでもなく、和穂はそれを快く引き受けた。


 周りの八咫烏は、何があるか分からないのに危険すぎると、盛大に反対した。


 しかし、人間だという玉依姫と、彼女から早梅と呼ばれる山神――彼らの姿、やり取りを目にした和穂には、そこまで思えなかった。


 むしろ恩義に報いたい想い、そして、少しばかりの好奇心もあった。


 実際に山神にとってはただ純粋に、たったひとり神域にやってきた若い人間の妻に、気心の知れた女人がひとりでもいれば嬉しかろう――本当にただそれだけの想いだった。



 *   *   *


 すでに仲睦まじい仲になっていた早梅と真帆だが、日を追うごとにますます夫婦らしく親密になり、ただの人間だった真帆も、母らしく妻らしく、甲斐甲斐しく山神の世話をつとめた。


 若い新婚夫婦のようでもあり、和穂との関係も良好で、とても幸せな空間ができあがっていた。


 そんな折――、

 八咫烏の姫君が、神域の奥宮で世話役をしている、と聞きつけた金鳩・銀鳩は心穏やかではない。


 山神の警護役のカラスが

 玉依姫の世話までするとは

 寝耳に水だ――


「山神の早梅さま、お世話役ならば、なんなりと萬鳩に御申しつけくださいませ」


 急ぎ駆けつけたが、山神はそんな心中を知るよしもない。


「ん? ……あぁ、真帆の世話をしている烏のことを言っているのか」


「はい……あぁ、いえ……しかし、世話役を拝命しております身としては、烏にその役までさせてしまっては申し訳が立たず……」


 金鳩にとってそれは「それでは萬鳩のメンツ丸つぶれです」と抗議したい気もちを、山神の手前、角を立たせないために必死に抑えた言い方だった。


 しかし、その慎重さは、山神には「ただの遠慮」に映っていたのかもしれない。


「構わぬ。そう堅苦しく考えなくてもよいぞ。そうだ、そなたら、休息も必要であろうに。暇をとって良いぞ。鳩宮の者にもそう伝えられよ」



「…………はい」



 *   *   *



「――なんという屈辱か!」



 これまで仕えてきた金鳩、いや鳩宮衆はなんだったのか。

 烏が世話役するからもういいだと――!?


 ……良かれと思って言った山神のほとけ心も、萬鳩にとっては空気を読まないおに心に見えてしまった。


 さんざん献身的に世話をしてきたのに、別にいてもいなくても良かったかのような物言いだと、ギリギリと歯が鳴るほど悔しさをにじませたのは、金鳩――ではなく、銀鳩だった。


 あっちへいけ、こっちへいけ

 ああしろ、こうしろ

 だけど実は全部ウソでした

 

 ――そんな世界はもううんざりだった。


 これまでの過去を、糸のようにグルグルと巻きつけた銀鳩の怒りは、憎悪の念を深くしていった。


 そして、その糸車の暴走に引きずり込まれるように、金鳩もまた、自分の中に鬱積していたものを、山神に向けていった。


 やっと見つけた矛先のように――



 *   *   *


 金鳩と銀鳩が、山神に急な用件で来ることになったと聞いて、真帆とともに神域の奥宮に控えていた『一羽の烏』

 

 二羽の袖がふれあうことはなかった。


 あのとき会っていたら

 運命は変わっていただろうか

 

 それともこうして

 ニアミスで終わることも

 運命というのだろうか



 『カズホとサラ』


 『和穂と白絹銀后』



 抗えない運命もあるのだと


 互いに知るために――



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